32 レオン視点 2
「これは頂けません」
固まっていたアリスは、顔を引きつらせてダイヤを突き返してきた。
まあ、気持ちはわかる。
花びらと同じくらいの大きさだ。いったいどれだけの価値があるかわからない。おいそれともらっていいものではないのは誰が見てもわかる。
「絶対もらえません」
もう一度、言ってダイヤを押し返てくる。
「それは無理だよ。これは私があげるんじゃない、薔薇がアリスにもらって欲しいんだよ。だってそうだろ、私があげたのは花びらだ。返すなら花びらにして欲しいね」
少々強引だが、宝石の力を使えるのは本人だけだろう。
言い方は悪いが、宝石ごと彼女を取り込まなければ戦力として意味がない。
好意だけではないと、察しているのか、アリスは手のひらの宝石を嫌そうに見つめている。
俺は自分も今ここで、花びらを宝石に変えられるか思案する。
持っただけでは、花びらのままだった。
手のひらに載せればいいのか?
妙な高揚感から、考えなしにもう一枚花びらをちぎりたくなる。
いや、まずは宝石を手にした彼女が、無事に過ごせるかちょっと様子を見たほうがいいか?
呪いがかけられているとも限らない。
人でなしなことを考えながら、「ごめんね」とアリスに心の中で謝った。
アリスのことは嫌いではない。むしろ好意すら感じる。
絶世の美女ではないが、きれいに整った顔は、笑うと誰もが振り返るだろう魅力がある。何より、かもし出す空気が綺麗だ。
今までは下心がにじみ出ている、よどんだ気の令嬢ばかり周りにいたので、どんなに顔が綺麗でも心落ち着くことなんかなかった。ましてかわいい人だと思ったことはない。
側にいると、無性に落ち着くのは彼女自身が浄化剤のような存在だからなのか。
本当はこのまま友情を深めたいところだが、それ以上に好奇心を押さえることができない。
これからどんなことが起きるのか?
退屈で、平凡な人生を送ることだけ考えていた人生に、風が吹くような気がしてワクワクしてしまう。
ごめんねアリス。
心の中でもう一度謝った。
俺は見てみたいんだ、おとぎ話の現実になるのを………。
爽やかに笑って、俺は出口へと向かう。
アリスは仕方なく、とぼとぼと後に続いた。
「今日はいいものを見せてもらったよ。百年以上この花園は誰も立ち入っていなかったんだ。存在すら疑われていた。ガラスの薔薇のことも、すべておとぎ話かと思ったけど、本当だったようだね」
誰もがおとぎ話だと思っていた『ガラスの薔薇』。
まぎれもなく今までの俺は、王家の家系図に一行乗るだけの第二王子というわき役だった。
でも今日からは違う。暇つぶしだった毎日が終わるのだ。
「私がこの薔薇園をどうして見つけたか知りたい?」
アリスはブンブンと首を横にふる。
「聞いておいた方がいいよ、その宝石の力もね」
俺は意味ありげにダイヤを指差して、ウインクした。
本当はダイヤの力が何なのかいまいちわからない。言い伝えはおとぎ話になるだけあって具体性に欠けていたのだ。
今は思わせぶりに言っておいて、後でアリスから聞きだそう。
知らず知らず、笑いがこみ上げる。
とりあえず、次の約束をしないと。
無理やり、シールドの補強と庭師を押し付ける。
「私が!」
不服そうにアリスが声を上げる。
「うん、だって私がいつもこの辺りうろうろしていたら目立つだろ。一様ここの存在は秘密だから」
アリスは嫌そうだったが、さすがに王子のお願いを断れなかったのか、しぶしぶ了承してくれた。
アリスが薔薇園を出た後、俺はシールドが掛け直されるのを待って外に出た。
これだけの広さのシールドをいとも簡単に掛け直し、しかも強化されたのか、まったく気配すら感じられなくなっている。
もしも、見つけたのが俺じゃなく、彼女が先なら、俺はここを見つけられなかったかもしれない。
相当の魔力量を持っているはずだが、1年生で入学者のトップは俺だった。
確か、平民で2番を収めた生徒がいると言っていたが、彼女だろうか?
それにしても、どう見ても俺より魔力量が多いのに、2番とは測定で手を抜いたのか?
俺の顔も知らないとは、いくら平民でもこの国の人間じゃないのかもしれない。
入学式での挨拶をするまえに、王族の控室に行く。
そこには会いたくない人物がいた。
「お久しぶりです、兄上。マリー様もご機嫌麗しゅう。ますますお綺麗になりましたね」
心にもないことを自分で言っていて、気持ち悪くなる。
「ああ、お前も元気そうだな。留学先から帰って来ないかと思っていたよ」
にやにやと笑い、目の前の椅子を進めてくる。
何か自慢話でもあるのか?
「お前はもう聖女にあったか?」
「聖女ですか?」
留学先から帰ってしばらくたつが、聖女が現れたという話は聞かない。
「お前と同じクラスのリリィだ。まあ、お前にはわからないだろうが、あの女は聖女だ。手を出すなよ」
何の根拠があってなのかわからないが、自信ありげに言う。
昔から、こいつは気味の悪いところがある。
頭はよくないくせに、妙に勘が働くのか。
政治的な敵を見分け葬り。自分の有利な人間をそばに置いていた。
今まではこいつが何をしようと関心はなかったが、これからは違う。
それに、聖女にはちょっと確かめたいことがある。
それにしても、さっきまでの清々しい気分が台無しだ。
早く教室に行って、アリスがいるか確かめないと。
入学式で挨拶をしていると、アリスを見つけた。
マリーも側にいることから、同じクラスだろう。
一安心したが、確認するとなんと2番で入ったのはアリスではなく、アリスの友人だった。
しかも、あいつが聖女だといった女はアリスの知り合いらしく、目配せしているにもかかわらず、知らんぷりして他人のふりをしている。
まったくもって怪しい。
俺は影を呼んで、アリスだけでなく周りの人間も探らせることにした。




