お義父様の才能
徐々に方向性が見えなくなってきていますが、楽しみにしてくださっている方がいれば、長らくお待たせして申し訳ありません。
あと数話で完結の予定です。
僕は、前ブラッドストーン男爵家当主。
僕が当主だった時の男爵領の経営は、可もなく不可もなく、平凡だった。趣味は、庭で花を育てること。園芸だ。
それが──
息子のエリオットが男爵家当主になり暫くすると、辺境のアベンチュリンでの田舎暮らしを命じられた。
そして気付くと、ブラッドストーン男爵家の当主が、娘のジョセフィーヌになっていた。
息子は新しい貴族家を興した。
しかも──
娘が当主の座に就くと、男爵領は急激に発展した。
その勢いは、フロント殿が子爵領の経営をしていた頃を凌ぐ。
ジョセフィーヌを子爵家から追い出したフロント殿の兄フローレンス殿は、ジョセフィーヌの領地経営の才能に気付かなかったことを後悔しているそうだ。
僕自身も、こんな風になるなんて考えていなかった。
僕は、花が好きなだけの平凡な男だ。
そして妻は、世話好きでお節介な女だ。
アベンチュリンの別荘は、辺境の田舎の地にあるだけあって、広い庭付きの屋敷だった。
一緒にきてくれた者達は、アベンチュリン出身の者ばかりだったので、土地勘の無い僕達は、とても頼りにさせてもらった。
まさか、引っ越してきた初日に、庭先で熊に出会うなんて思わなかった。しかし、元軍人の彼らは四人で協力して、あっさりと熊を狩ってきた。彼らの作った熊鍋は、悶絶する味付けだった。
翌日には、現地の料理人を雇った。
一緒に来てくれた者達には悪いが、使用人や護衛として、料理以外のことを担当してもらえるよう頼んだ。
彼らは『いやぁ、俺たちの料理は壊滅的って、周りによく言われてたんで、何となく料理は向いてないんじゃないかなって思ってたんですよ』と笑っていた。
いや、君らの料理は食材の無駄遣いだから!全ての素材を殺していく勢いでスパイスを振りすぎだから!食材に謝れ!
料理に関しては二日目に解決したが、次の問題が出てきた。
この土地では、農作物が育ちにくいのだという。
山脈から流れてくる河川が近くを通るので水は問題なく、日当たりも悪くないのに、実りが少ないのだそうだ。
だから、田舎なのに食材が高い。土地の多い地方の方が食材を安く買えると考えていたのに、これは誤算だった。
そのような土では、趣味の園芸が……種を蒔いても、花達が枯れてしまうのではないか?
不安を抱えつつ、ブラッドストーン男爵領から持ち込んだ花の種を、一年目は慎重に育てた。花の種類によって、相性のいい土が異なるから、様子を見ながら土の調整をした。
結果、問題なく育った。
何故、農作物だけが育たないのかを調べることにした。
野生動物が怖いので、馬に乗り、護衛を連れて、幾つかの畑を回った。
ん?昨年と同じ場所に、同じ作物が植えられていないか?
「ねぇ、この辺って、ずっと同じ作物が植えられてるの?」
気になったので、護衛に声を掛けた。
「そうですねぇ。俺が子供の頃から、毎年、同じ野菜が同じ場所に生えてます」
「収穫量や病気は?」
「やはり収穫量は多くないです。あと、病気になったら、その畑は数年間なにも植えず放置します」
ふーん……。連作障害じゃない?
昔、綺麗に花が咲くからと、同じ土を使い続けていたら、花が病気になった。たまたま機会があって王宮の庭師に聞いたところ、同じ土で同じ植物を育て続けると病気になりやすくなる、と教えてもらった。それを、連作障害というらしい。
「この近隣の畑を管理する人達に、次から、育てる作物の場所をずらして種を蒔くよう伝えて」
「はい?伝えるだけでいいんですか?」
「うん。たぶん、畑の畝をずらすだけで解決するよ」
「はぁ……」
翌年、早々に結果が出た。
アベンチュリンの畑では、例年より多くの収穫があったのだ。
多くの農家の人達からお礼を言われた。
昨年の私の助言を聞いて、畝をずらすだけなら……と、アベンチュリンの全ての農家の人達が、野菜を植える場所を変えてくれたらしい。
普通は反発して、今までのやり方を変えられない。
息子の指示で、強引に隠居させられた貴族の言うことを聞くなんて……、なんて素直な人達だ!
「植物によって必要な土の栄養が違うから、毎年違うものを作ると、栄養不足による収穫量の減少を防げるんだ。病気にもなりにくくなるよ」
趣味の園芸で得た知識が、たまたま役に立った。
お陰で、アベンチュリンで野菜を買うことがなくなった。
農家の皆さんが、日替わりで新鮮な野菜を届けてくれる。
「でも、上手く育たなかった野菜もあるんですよ……」
「あぁ。それは、野菜の種類……えーっと……葉っぱの形が似ている野菜の土だったんじゃないですか?」
「…………!?そうです!そうです!」
「では、同じ栄養を必要とする野菜だったのかも知れません」
「成る程!じゃあ、次は葉の形に気をつけて植えてみます!」
翌年には、ほぼ連作障害はなくなった。
収穫が十分な量になると、農家の人達は心にも余裕が出来たのか、野菜の味にこだわり始めた。
食べてみて美味しかった株から種を取るようにしたり、与える水の量を変えてみたり、色々と試行錯誤していった。
野菜作りに興味が出てきた私も加わり、甘い実を付ける品種と病気になりにくい品種を掛け合わせて、新たな品種を作ってみたりした。
アベンチュリンに移住して三年目。
妻が子供達をぞろぞろと連れてやって来た。
「ねぇ、この辺で蜂蜜は作れないかしら?」
大量に安定供給するなら、養蜂だけれど、まだアベンチュリンには養蜂の技術がない。養蜂を始めるなら、最初に蜜蜂を集めなくてはならないし、蜜蜂が蜜を集めるための花だって必要だ。
「どうしたの?」
「子供達に甘いものを食べさせたいの」
……成る程。僕の次のアベンチュリンでの課題は『養蜂』か。毎日、好きで土を弄っているけど、いちおう僕も貴族なんどけどな。
でも、男爵をしていたときに比べれば、好きなことをして過ごせるし、自由だ。養蜂は、ドルイッド領でやっていたはずだ。ドンハルは元気にやっているかな?とりあえず、手紙を書いてみようかな。