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本日二話目です。
「あの女の事はもう良いですわ。それより、カナン様を謂れのない言葉で傷つけていらした、あの愚かな御子息たちはどうなさいましたの? ここ最近、社交では全くと言って良いほど見かけませんわよ」
レチュナが、スティーナさんの話題はもうたくさん、とでも言いたげに、話の矛先をスティーナさんの取り巻きたちに変えました。
「うちの愚弟は謹慎中だよ。とはいっても、未だに罪の意識は全くと言って良いほど無いけどね。そうとうあの女の影響が大きかったとみえる。時を見て神殿に放り込むと父上が言っていた。事実上の勘当だよ。サリスがあの女に魅了…いや、騙されていただけだと進言してくれたおかげで命だけは助かったんだ。最悪、我が家にも責が及ぶところだったからね。何せ、王太子殿下の暗殺に与していたんだから……」
どこか寂しそうにそういうヒューリ様は、これで良かったんだよ、と苦笑を浮かべていました。
ナジュラス様は、規律の厳しい教会へ預けられるようです。
とは言っても、貴族籍を抜かれて行くのですから、もう侯爵家の庇護は受けれません。相当辛い修行の日々になるのだと思います。
ヒューリ様が「未だにあの女に未練を残しているから、気を付けないといけないけどな」と少し、物騒な言葉を付け足していました。
「こっちは、近衛騎士から王国騎士末端に格下げだ。平民も多くいる王国騎士の中で、かなり厳しく扱かれているらしい。あの女の呪縛から逃れた後は、かなり落ち込んでいたがな。近衛騎士である自分が、王太子殿下に剣を向けることに知らなかったとはいえ協力していたとは…ってね。今は、心機一転、這いあがるために訓練を続けているらしい」
さすがは脳筋、と言葉を続けるノティオ様は、辛辣な言葉とは裏腹に、どこか、安堵したように表情を緩めていました。
おそらく、兄であるウィンロア様が罪の意識を自覚されていない場合、ナジュラス様と同じように勘当させられていたのではないでしょうか。
その他の方々…家名は控えますが、確か子爵家の嫡男様と伯爵家の嫡男様とお聞きしました。
彼らは今回の…公爵令嬢たるわたくしを謂れのない中傷で糾弾した罪で廃嫡になったそうです。今は、領地で謹慎中とか…。
「彼らに関しては、公爵閣下が酷くご立腹だったからね~。僕の出る幕なんてなかったよ。叔母上もだけど……」
僕も相当怒られたからね~…と、ため息交じりで言葉を続けるのは従兄様。
わたくしに傷を負わせたことで、従兄様は相当叱責を受けたと聞きました。
わたくしの両親からも、そして…国王様と正妃様からも―――
「兄上だけではないでしょう? 叱責されたのは…。私の方がもっと手厳しい。なにせ私は、カナンと婚約を解消させる、とまで言われたのですよ」
悔しそうにそう口にするアシト様に、思わず笑みが浮かびます。
お父様に、わたくしとの婚約を解消させると言われたのが、相当堪えているようなのです。
実は、ここだけのお話。
アシト様との婚約を反対してほしいとお父様にお願いしたのはわたくしなのです。
だって、わたくしばかりアシト様の言葉に振り回されるのは嫌ですもの。
少しくらいアシト様が動揺する様が見たかったのですわ。
もちろん、解消するなんて本気ではありませんわよ。
ただ、ほんの少しだけ、アシト様がわたくしの言葉に振り回される姿が見たかったのです。
「でも、カナンが取り成してくれた。公爵を説得し、私との婚約を願ってくれた。こうして、側にいる事を許してくれた」
そう言いながらアシト様は、愛おしそうにわたくしの頭に口づけ、指先に口づけ―――
「この先は、二人きりになった後でね、カナン」
艶めいた言葉と一緒に―――頬…それも唇のすぐ横に口づけたのです。
な…なにを言っているのですか!
アシト様~!
羞恥に目を見開くわたくしの顔は、すでに真っ赤です。
極力平静を装っていますが、先ほどからずっと動揺しているのです。
いったい何なのですか、アシト様!
こんなのわたくし、頼んでませんわ!
向かいでは目を輝かせて、わたくしたちを凝視しているレチュナ。
見てはいけないと顔を背けているのはヒューリ様。
こちらに背を向け、どこか疲れたように嘆息しているのはノティオ様。
そして、従兄様は―――
「さっきから何をやっているんだ? お前たちは……」
振り向き、わたくしたちを見た後、呆れたように思いっきり深いため息を付きました。
「これは、カナンからの罰なんですよ、兄上。傷つけた分、思いっきり甘やかして、愛してほしいと……。それが私への罰だと。だから、こうやって愛でているんです。カナンが私から離れないように、私を忘れないように、他の誰にもその美しい瞳を向けないように、とね」
「ア…アシト…様。あの…もう十分ですわ。本当に…」
た…確かにそう言いましたが、限度と言うものがあります。
こんなんじゃわたくしの心臓が持ちません。
ずっと、耐えていたんです。
こんな人前で甘やかされるなんて、そんなの聞いてませんわ、アシト様!
「駄目だよ、カナン。まだ、甘やかし足りない。これで十分なんて、嘘つきだね。ほら、もっと私の側においで。こうして君を抱きしめているは私だと、しっかり身体で覚えてもらわないと…ね」
わたくしの頬を指でなぞりながら、耳元でそう囁く。
どきっと鼓動が跳ねるのは、今日何回目?
もう、やだ…!
誰ですか、この人!
アシト様の皮を被った別人?
アシト様は、こんな……こんな方ではありません!
「す…すごい…ですわ。アシト様、絶好調…ですわね」
絶好調って何ですか、レチュナ!
お願いだから、そこで顔を赤くしながら呆然としてないで、アシト様を止めてください!
「ああ…まあ、これはカナンの自業自得だね。邪魔者は早々に退散するよ」
「え? 帰るのですか、従兄様!」
「仕方ないだろう? アシトがさっきから僕たちに邪魔だと威嚇してるんだから」
「そんなことは無いです!」
「そうか?」
「いいえ、兄上の言う通りですよ、カナン」
従兄様を見ていたわたくしの顔をご自分の方に向けながら、アシト様はわたくしの目を覗き込んできました。
逸らすことは許さないとでも言いたげに――
「私は早くカナンと二人きりになりたい。貴女を存分に可愛がりたい。だから、無粋な会話をする兄上たちは、邪魔なんです」
だから貴女も、私から目を逸らしてはいけないよ、と言葉を続けるアシト様に、思わず顔が引き攣りそうになりました。
は…ははは。
わたくし、アシト様に、とんでもないお願いを――罰を、与えてしまったのでしょうか?
若干硬直気味のわたくしを他所に、従兄様は、「もう帰るのですか? まだ見ていたいですわ」と言って渋るレチュナの手を引き、ノティオ様とヒューリ様を引き連れて部屋を出て行こうとしていました。
逃げるつもりです。
わたくしが困っているのをほおっておいて、逃げるおつもりなのです。
だって、帰り際にわたくしを見た従兄様のそのお顔が、面白そうに笑っていたのですもの!
アシト様も! これで二人きりだね、と言って嬉しそうに笑わないでください!
「カナン…愛してるよ」
「……っ」
不意打ちのように囁かれた言葉。
赤面し硬直したわたくしの耳元にアシト様が唇を寄せる。
「だから、私から逃げないで…カナン」
吐息交じりにそう囁くアシト様は、皆が退出するのを見計らい、わたくしの首筋に顔を寄せてきました。
もう心臓が破裂しそうです。
恥ずかしすぎて、アシト様のお顔が見れません。
お願いだから、誰か助けて……。
アシト様も、もう、罰は良いですから。
許しますから。
手加減してください!
わたくしの動揺が伝わったのか、アシト様がその口元を僅かに綻ばせました。
「…可愛いね、カナン」
分かってない!
首筋に、アシト様の吐息が触れます。
その唇がわたくしに触れる――まさにその瞬間、
「あ、そうだ! ねえ、アシト」
突然何かを思いついたかのように従兄様が声を上げて、扉を閉める直前で振り返ったのです。
み…見られた―――
動揺するわたくしとは対照的に、従兄様は平然とした様子でアシト様を見ていました。
「なんですか? 兄上」
アシト様が、わたくしの首筋から顔を上げて従兄様に視線を向けました。
どこか機嫌が悪そうなのは、気のせいでしょうか?
「そう不機嫌そうな顔をするな、アシト。君に頼みがあるんだよ」
「…頼み? ですか?」
「…ああ。君がカナンから罰を受けているって聞いてね。それなら僕にも当てはまるんじゃないかと思って…。ほら、僕もカナンを利用して傷つけただろう? だからこの際、僕の分の罰も…君が受けないか?」
利用?
ああ、言っていましたわね。わたくしを利用していたって…。
わたくしとアシト様が早くに出会い、強く惹かれあう事でスティーナさんの予見にある大事な出会いを失くした、と。
それ以外の事は、訊ねても笑ってごまかすばかりで、何一つ教えてくれませんでしたが、従兄様は、わたくしを傷つけるようなことをしていたのでしょうか?
従兄様にそう問われたアシト様は、一瞬驚いたお顔をなさいましたが、すぐに真顔になって従兄様を見ていました。
どこか、従兄様の真意を探っているようにも見えます。
そしてしばらく従兄様の顔を見ていたかと思うと、ふいに何かに気付いたかのように表情を和らげたのです。
「……そうですね。カナンが罰だと言って、兄上に甘やかしてほしいとか、優しくしてほしいなんて言ったら、私の気が狂いそうですからね。引き受ける事に否はありませんよ。けれど、兄上。仮に兄上の代わりに私が罰を受けるとして、その見返りはあるのですか?」
どこか挑発するような口調。
そのように従兄様に言うアシト様を初めてみます。
というより、今のアシト様の言葉は何ですか?
別にわたくし従兄様に罰なんて考えていませんわよ。
というか、従兄様に甘やかしてほしいとか、優しくしてほしいなんて、口が裂けても言えないですわ。だって、そんなことを言ったら、後で何を要求されるか分からないではないですか!
「見返りか? そうだな、見返りは……」
従兄様は僅かに考えるそぶりを見せた後、空色の瞳にどこか切なげな色を宿して、わたくしとアシト様を交互に見てきました。
そして、わたくしに視線を留めると、そのお顔に見たこともないふわりとした優しい笑みを浮かべたのです。
―――従兄様?
その笑みに、一瞬だけ鼓動が跳ねました。
見つめて来るその瞳から、なぜか目が離せませんでした。
けれど、どうしてなのでしょう?
従兄様のその優しい笑みが、なぜか悲しそうに見えるのです。
従兄様は、わたくしを見つめたまま、ゆっくりと、かみしめるように――言葉を紡ぎました。
「……見返りは、私の予見だよ。前世の僕……いや、転生者であるこの私が、君たちの未来を語ろう。この世界に愛された私の予見は最強だよ。良いか、カナン。私の予見では、近い未来、君とアシトは結ばれる。これは……誰にも覆せないこの世界の『理』…だよ」
―――だから、幸せになれ、カナン。
★
穏やかな風が吹く、春。
婚約の解消を願われたあの春季祭の日からすでに二年。
祭りで賑わう王都の教会で、今日、わたくしはアシト様と結婚します。
祝福するようにわたくしの周りに漂うのは、従兄様が大切にしている白いアルトリの花。
精霊が宿るとされるその花に祝われ、わたくしはゆっくりと祭壇前で待つアシト様の元へと歩いて行く。
見守る人々の中に、頬を染め、眩しそうにわたくしを見ているレチュナや親しい友人たちの姿が見えます。
そして、穏やかに笑みを湛える従兄様も―――
従兄様は、わたくしの視線に気付くと、その口元を微かに動かしました。
―――幸せか? カナン。
はい、従兄様。
わたくし…カナンは、今―――とても幸せです。
――おわり――
あとがき
未来を語る従兄様は転生者? これで完結です。
拙い物語にも関わらず、沢山のブクマ、評価ありがとうございました。
そして、読んでくださったすべての方に感謝します。
本当にありがとうございました!
暁月さくら




