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第10話「タマゴサンドは恋の味」

 スタビリスと外の世界であるフリューリング大陸との境界線に一台の二輪車両が止まっていた。


 本体はバイクのように後ろに一人乗れるスペースがあるだけでハンドルも二輪車のそれと酷似している。ただバイクと違う点を述べれば記憶の中にある現実世界のバイクと比べてタイヤはかなり太く大きい。おそらく荒れた大地でも走れるようにとの配慮だと思われた。

 前方にライトはついているが当然のごとく屋根はない。しかし今日は澄んだ青空が広がる晴天だから屋根の必要性はないと思えた。


 その黒く染色された車両に俺と後ろにプリム。そして前にノアトークンが着座している。座っているといっても椅子などではなく前側のほんの僅かに空いたスペースに腰を下ろさせ、落ちないようにベルトで俺の体に縛り付けているだけだ。


 プリムは「準備する」と言ってキッチンへ姿を消した後、肩からバッグを吊るしバイクに乗り込んでいた。


 車両はゆっくりと加速し境界線を越え衛兵の近くまで移動するとそこでタイヤの動きが止まった。追従するように羽ばたいていたハピネスが俺の肩へと舞い降りる。


「見送りはここまで。無事戻ってきてね。戻りそうなタイミングになったら連絡して。万が一の為にここでウォルフに待機させるわ」


 彼女はウインクするように片目をつぶってみせると白い翼を羽ばたかせ、スタビリスの街がある方角へと飛び去っていった。俺は赤い体が小さくなっていき視界から消えたのを確認すると前を向く。


 現実世界では当然、運転免許は持っていない。しかしあれば役に立つだろうと原付免許だけはすでに取得していた。今乗っている車両は原付免許で乗れる50ccとは当然違うが、要領は同じだろうと楽観的に考えていた。


 不思議だったのはそれを知らないはずだろうプリムから「バイク乗れるの?」という疑問が「飛び出さなかった」ことだ。

 彼女は俺が運転する車両を一目見て、何の疑いを抱く様子もなく後部座席に腰を下ろした。まるで俺にバイクの運転歴があるのを知っているかのようだった。


 ゆっくり加速していく前方に黒い影がちらつきはじめる。明るい陽射しが燦燦と降り注ぐ中、まるで取り残された夜の闇とも思えるそれはプレイヤーキラーの姿だ。ざっと視界に映った姿だけでも四体いる。しかし奴らは分裂するからその倍。八体はいると考えたほうがよさそうだった。

 プリムが体を近づけ後ろから語り掛ける。


「PK対策はどうするの?」


「決まってんだろ。NPCなら遠慮はいらねぇ。轢き殺す。……ノア。上位魔法障壁(ハイマジックウォール)発動」


 その言葉とほぼ同時に一瞬、黒い車両を包み込むかのように透明な球体が生み出される。あらゆる外的要因をはじき返す魔法障壁だ。

 シーリスの声が響き渡る。


『上位魔法障壁展開。目的地であるリブレリーアまでこの車両だと約二十分で到着しまス』


「いくぞ。しっかり捕まってろよ」


 アクセルを捻ると同時にエンジンが唸りを上げる。タイヤがけたたましく回転し大地を蹴った。


 加速したと同時に複数のプレイヤーキラーがナイフを手に迫る。しかし凶器と化した鉄の塊とそれを覆う魔法障壁によって襲いかかる黒い影は全て弾き飛ばされ宙を舞った。


 いくらNPCとはいえ人型のオブジェクトをはね飛ばすのはいい気分にはならない。だがここで止まればこちらの命に関わってくる。

 下手をすれば徒党を組まれ車両を動かすことすらできなくなる可能性もあった。そうなれば俺も後ろにいるプリムも死ぬ。

 展開される魔法障壁により車両の走行が妨害されることはなかったが、プレイヤーキラーの体がぶつかるたびに車体は揺れた。


 背中にプリムの抱きつく感触がある。彼女の温かみを感じながら俺はそれを失わないように前だけを見据えアクセルを捻った。

 最後の一人を跳ね飛ばした後、視界が開ける。草原を抜け森林地帯へと俺達は駆け込んだ。


『プレイヤーキラーエリアを通過しましタ。ここから先リブレリーアまでは安全地帯となりまス。飛行型ムービングオブジェクトだけご注意くださイ』


 シーリスの言葉に俺はほっと胸をなで下ろした。


 魔法障壁を解除すると全身を駆け抜ける風が霞色の髪をなびかせた。道は森林を切り開くように続いている。周囲の木々が生み出しているのか爽やかな森の香りが鼻の奥をくすぐった。


 森林浴もたまにはいいだろうと俺は速度を緩める。バックミラーを見ると後ろに座るプリムが美しい桜色の髪を押さえながら、まるでドライブを楽しむように駆け抜けていく森林を眺めていた。


 森林地帯を抜けると廃墟と化した街並みが見えてくる。どうやらここがリブレリーアらしい。街並みそのものはドイツやフランスを思わせるスタビリスとは違い、より現代に近い。道路が配備され信号機のように点灯がついたオブジェクトが灯りをともすことなく佇んでいた。


 廃墟を駆け抜ける中、背中にプリムの柔らかい感触を覚え後ろを一瞥した。彼女は微笑みを見せ俺の背中に抱きついている。限定クエスト受諾前に浮かべていた怒りの表情は影も形もなく、まるで暗雲が過ぎ去った後の青く澄んだ蒼穹のような爽やかな笑顔だった。


「何だよ。さっきまであんなに怒ってたじゃねぇか」


「怒ったなんて言った覚えはないよ? それに女心と秋の空って言うじゃない」


「あんたの場合は秋の空どころか山の天候だよ!」


「いいからぶっ飛ばせ」


「まかしとけ。俺のドライビングテクニックを見せてやるよ」


 怒りが収まるのなら理由はどうあれいいことだ。俺も彼女の怒った表情よりは笑顔のほうがいいと思った。

 調子がよくなってきた俺はアクセルを捻り加速すると車両はタイヤを鳴らしながら交差点を曲がっていく。直進車線にはいった時、後ろからプリムの声が耳に響いた。


「コーナリングが甘い。アウトインアウトのライン取りがうまく取れていない」


「うるせぇ!」


 彼女の鋭い指摘に俺は声を張り上げた。




 リブレリーアの図書館は廃墟の中に佇んでいた。

 窓は割れ、崩れた壁から陽の光が差し込んでいる。本のマークが刻まれた看板が乾いた音を立て風に揺れていた。二階建てと思われる四角い建物で見上げるほどの高さに「リブレリーア図書館」と書かれた大きな看板が斜めにぶら下がっている。


 いかにも崩れそうな様相を呈しているがシーリスの解析によると建物そのものの強度は高く、また支柱はしっかり天井を支えているようで崩壊の危険はないとのことだった。


 慎重に中へと足を踏み入れる。足場は所々、崩れていて本やら壁の一部が散乱している状態だった。俺は先導しながらプリムの手を掴み比較的歩きやすい場所へと誘導していく。ノアトークンは相変わらず無表情で俺のズボンのすそを掴み追従していた。


 瓦礫の山を乗り越え天井から柔らかな陽が差す広い場所にたどり着くと周囲を見渡す。至る所に崩れた本棚や落ちた本が散乱し、目的の資料を見つけるには苦難の道のりに思えた。クエストによると手に入れる資料は「ノアの調査書」と記載されている。


 シーリスに検索を頼んでみたが答えは「できませン」だった。シーリス自身が「想定外」と言い切った限定クエストだ。場所とクエスト内容以外は彼女でも把握できないようだった。


 仕方なく俺とプリムは手当たり次第に落ちている書物や本棚を漁り始める。一時間ほど探索した後、膨大な量の書物を前にして途方にくれた俺はため息を吐き出しプリムへ話しかけた。


「きりがねぇ。ちょっと休憩しよう」


 頷くプリムと共に座るには丁度いい瓦礫の上を軽く掃除しそこに腰かけた。俺とプリムに挟まれるようにノアトークンも座っている。

 おもむろにプリムは肩から下げたバッグから何かを取り出した。それは長方形の容器だった。


「お弁当持ってきた」


「何だよ。ピクニック気分だったのか?」


「腹が減っては戦はできぬって言うしね。それに丁度お昼だし」


 彼女は手際よく手を拭く湿ったナプキンと小さな水筒を取り出し俺に手渡す。容器の蓋を開けると中にはサンドイッチが入っていた。トマトとベーコンにチーズのサンドとタマゴサンドだ。それを目にしてそう言えば「アイツ」もトマトとチーズのサンドイッチが好きだったことをふと思い出した。


 手を拭きタマゴサンドを受け取る。見るとプリムが顔をほころばせながらトマトとチーズのサンドイッチを口に入れていた。


 視線を手にするタマゴサンドに移し一口、噛んでみる。口の中に広がるその味に俺は言葉を詰まらせた。

 表面を軽く焼いたトーストに粒こしょうを混ぜたタマゴサラダを挟んだサンドイッチ。これは現実世界で俺が大好きだった味そのものだった。


 タマゴサンドなんてありふれた食べ物だ。プリムがそれを作って持ってきても何も不思議に思う所なんてない。しかしここまで俺の好みを忠実に再現すると話は別だった。


「……なぁ。何で俺の好きなタマゴサンド。あんた知ってんの?」


「たまたまじゃないかな」


「お前さ。……凛愛(りお)じゃないよな?」


 彼女のサンドイッチを口へ運ぶ手が止まる。ゆっくりとアメジストの瞳が俺を見つめた。碧眼と紫眼が混ざり合う。無言の時が流れる中、プリムの表情は微笑みを形作った。廃墟を照らす陽光のように柔らかく暖かい笑顔だった。


「そう。キミの一応彼女さん。凛愛(りお)って言うんだ。いいことを聞いた」


 その言葉を耳にした途端、俺の胸に去来するものは「しまった」の四文字だ。「ふふふ」と軽く笑うと彼女は再びサンドイッチを口へ運び始める。どこか満足そうなその表情に俺は詰め寄った。その動きで間に挟まるトークンが斜めに押されて板挟みになる。


「さっきの言葉は忘れろ」


「無理かな。もう覚えた」


「くそっ。殴ってでも忘れさせるぞ!」


「ほう。キミは女を殴るような男なのかな?」


 プリムの言葉を受け、俺はゆっくり彼女から離れていく。視線を逸らすとタマゴサンドを口へ含ませた。


「……殴るわけねぇだろ。殴るなら物を殴れ。それなら痛いのはお前だけだ。男を殴ったら殴られた相手も殴ったお前も同じ痛い思いをする。ただし女は殴るな。何故なら殴ったお前より殴られた女は数十倍痛いからだ」


 俺はそこまで口にすると頭の中に母親の姿を思い描く。女でありながらたくましく強い人だった。今頃、いなくなった俺を探しているのだろうか。

 寂しさが胸にこみ上げてくる中、俺は再び言葉を続ける。


「俺の母さんの言葉だ。だから俺が殴る時は自分の身を守る時と守らなきゃならない存在を護る時だけだ」


 俺はそこで口を閉ざすと自らの拳を見つめる。空手を習っていたのもその為だった。自らを産み育ててくれた母親と天使のような笑顔を見せてくれる「アイツ」……凛愛を守るためだ。そして今はその彼女に変わってプリムを守っている。まさに地獄に舞い降りた天使なのだから。


 (つばめ) 凛愛(りお)。確かにあいつとは成り行きで一緒にいる感じもあった。でも今ならわかるような気がする。会えなくなってはじめて気が付くこともある。やっぱり俺は今、あいつに会いたい。


 雲が横切ったのか一瞬、途切れた陽の光が再び図書館の中を照らす。光の帯により神々しいまでにプリムの純白の姿が光り輝いた。彼女は無言で俺の話に耳を傾けていたかと思うとおもむろに言葉を紡ぐ。


「……もし、私がキミの彼女さんだとしたら、キミはどう思うの?」


「はっきり言って嫌だ」


「どうして?」


「この世界は危険だ。すでに一人死んだ。俺はそんな世界にアイツにいて欲しくない」


「そう」と短く答えプリムは俺に微笑みかけた。凛とした花のように可憐な笑顔。守るべき者と重なるその表情はデジャヴを感じさせるものだった。一瞬、凛愛に見えたプリムの顔に驚き俺は目を疑った。


「私ももしキミが彼氏なら嫌だな。理由は一緒。早く元の世界に帰らないと駄目だね。……というわけで秘密兵器を持ってきました」


 彼女はバッグから何かを取り出した。興味深く覗き込む俺の目に映ったものは小さなイチゴのショートケーキだ。

 先程プリムは秘密兵器と言った。イチゴのショートケーキが? 確かにみずみずしいイチゴに甘いケーキの組み合わせは女子にとって秘密兵器となり得るかもしれない。


 何を隠そう俺も実は好物だ。しかしどう見ても一個しかない。ただ単に自分の食後のデザートを取り出しただけにしか思えない彼女の行動に俺は眉をひそめる。しかし俺の予想を覆し彼女はそれをほおばるわけではなく、中央に無表情で鎮座するノアトークンの目の前に差し出した。


 普段、こちらから何かアクションを起こしても微動だにしないトークンが何故かイチゴのショートケーキから視線を逸らさない。物欲しそうにじっと見つめている。その様子を見てプリムはトークンに微笑みかけた。


「調査書を見つけてくれたらこれをあげる。一個しかないからね」


 突如、トークンの体が動いた。

 黒いツインテールの髪を揺らし小さな体は散乱する本を掻き分け、瓦礫を撤去しある一点を目指すように邁進していく。その光景はまるでトリュフを探す犬のようだった。


 不要と判断されたであろう本が宙を舞い彼女の周辺は投げられた本で山になっていく。そして数十分後、書物の山からひょっこり可愛らしいかつ無表情な顔を突き出したかと思うと俺達の前へノアトークンが戻ってきた。


 その右手には何かの資料らしき紙の束が握られている。表紙には「ノアの調査書」と書かれていた。


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