66.第一王女様と王太子様について 1
フェール・カインズ。
美しきカインズ王国の第一王女様が殺されかけた事、そしてそれをヴァンの召喚獣たちが救った事はすぐに噂として広まった。
メウは、罪に問われる事を受け入れ、そのまま命を散らしていった。
メウの双子の妹へのフェールの扱いが原因であったのと、結果的にフェールは無事であったことから死罪は重いのではないかといわれていた。でも、メウは自分で死を選んでそのまま死んでいった。
そして、そんなことになったフェール・カインズは、人を近づける事をやめて部屋に閉じこもっていた。
「フェール、何を閉じこもっているのです」
母親にそんな声をかけられても、フェールは反応を示さない。何度声をかけても出てこない娘に、アンは「そんな娘知りませんわ」などといってこなくなった。
側妃であるアンは自分本位な側妃である。フェールの事も娘としては特に関心はないだろう。
(……殺されかけるなんて。私が望みをかなえられるのは当然なのに)
ベッドの上からフェールは動かない。枕をぎゅっと握って、不安そうな表情を浮かべるフェールからは普段の様子は見られない。
フェールの中では常識が揺らいでいる。
自分が、一番だという常識が。そのために周りを踏み台にするのは当然だという常識が。
(私は皆に愛されているのに。そのはずなのに、殺されかけるって。私を殺したいと思っているだなんて)
そんな認めたくない事実が、フェールの心を揺らしている。
自分は愛されているとそう確信していた。自分以上に素晴らしい者はいないとそんな風に考えていた。だけど、なのに。
(どうして。なんで)
何度も何度もわからないと、認めたくないと首を振る。
(それに、あのナディアの言葉……)
そして、次にナディアから言われた言葉について思考する。
(”フェールお姉様、あの人の行動についてよく考えた方が良いですわ。このままだったらまた同じことが起きます”って。私は……)
わからなくて、どうしたらいいのかわからなくて。
そしてまた殺されるのではないかという思考にも陥って。
フェールはうずくまったまま。
たった一人の室内。
だけど、コンコンッとノックがされる。
「フェール様」
「何よ、一人にしてといっているでしょう!」
「……レイアード様が来ています。通していいでしょうか」
その言葉に、思わずフェールは固まる。
フェールにとってレイアードは、甘やかしてくれる兄だった。時々しか会う事は出来ないけれども、自分の話を聞いてくれる兄だった。
「………帰して」
でもそんな兄にも会いたくないほど、フェールは色々考え込んでいた。
「フェール」
でも、ドアのすぐ傍からレイアードの声が聞こえた。
「……レイアードお兄様」
そう、レイアードの事を呼んだフェールの声はいつものように自信に満ち溢れているわけでもなく、弱弱しかった。
それに、扉の外にいるレイアードは驚いた表情を浮かべる。
「フェール、あけてくれ。話をしにきたんだ」
「……じゃあ、レイアードお兄様だけなら」
そうなんだかんだで口にしたのは、レイアードの声で、レイアードが自身を心配しているというのがわかったからだ。
そして、レイアードならば自分の中にあふれ出ている疑問に答えてくれるのではないかとそんな風に思えたからだ。
レイアードが、部屋の中へと入る。
部屋へと足を踏み言えたレイアードは益々驚いた表情を見せた。それもそうだろう。自信にありふれていた妹が、うずくまって枕を抱きしめて不安そうな表情を浮かべているのだから。
(……フェールがこんなになっているなんて。いや、でも可愛いな。こんな不安そうな表情を浮かべているフェールも)
そしてそんなことを考えるのはシスコン故である。
「フェール」
「……レイアードお兄様、私はわからないのですわ」
近づいてきたレイアードにフェールは声を発する。
「わからないって?」
「私は第一王女ですわ。この国の、第一王女。私が欲しいものは手に入るのは当たり前で、私が気に食わないって人を辞めさせるのも……当たり前ですわ。今まで、そうでしたもの。でも、それが理由で、メウは、あの子は私を殺そうとしました」
弱弱しい表情のまま、枕を抱きしめたまま、視線をレイアードに向けてそう告げる。
「………私に求められるのは幸せなことだと思っていますの。だって私ですもの。私がやめさせた侍女だって、少なからず私の、傍に仕えられたというだけで幸せだと、そんな風に思っていました」
それはフェールの中での常識だった。フェールの我儘が通るのは当たり前で、フェールの願いがかなうのは当たり前。それが常識の世界で生きてきた。
「……私の、当たり前は、メウにあれだけ憎まれるようなことだったのですの?」
そう問いかける。
なんだかんだで殺されかけたことがよっぽどショックだったのだろう。周りが全て自分の味方だとでもいうような優しい世界で生きてきたフェールである。一度事が起きればそれなりに不安定になる。
「そう、だな」
レイアードはそれに肯定の言葉を口にするのであった。
――――第一王女様と王太子様について 1
(第一王女様と、王太子様は会話を交わすのである)




