34.パーティーに参加する事を決意した第三王女様について
カインズ王国は、大国である。
恵まれた自然環境が存在し、《火炎の魔法師》と呼ばれる最強の魔法師を有する国。カインズ王国は栄えてた国であり、それに伴い国民の数というものもそれなりに多い。
ヴァンの初恋の相手であるナディア・カインズはそんなカインズ王国の第三王女である。
第三側妃である母親は幼い頃に亡くなっており、父親である国王に可愛がられているとはいえ、微妙な立場の王女である。故に、理解ある正妃はともかく、第一側妃と第二側妃からは良く思われてはいない。それも、今は亡き第三側妃であったナディアの母親が、国王陛下の寵愛を受けていたからも理由の一つであろう。
ナディアは美しいだけの王女と認識されていた。
事実、ナディアの誇れるものはそれだけ――という風に見せていた。なぜならただでさえその美しい見目が気に食わないと色々な嫌がらせをしてくる側妃たちである。美しいだけではなく、様々な面で優れていると噂されればもっと面倒なことになると思っていた。
だからこそ、ナディアは基本的に絶対に参加しなければならないパーティー以外には参加してこなかった。何れ父親の決めた男の元へ、他国へと嫁がされるか、貴族に下賜されるかの未来しかないと思っていたのだから、別に周りからの評価などどうでもよかった。
でも、ナディアは一人の少年と出会った。
自分の事をずっと守ってくれていた存在たちの、主であるという少年に。
常識を全然知らなくて、どこか普通とはずれていて、だからこそ可愛い少年に。だけど、誰よりも才能を持ち、強くなる可能性を持っている少年に。
少年が、ヴァンがあまりにも必死だから。
自分の事を守りたいってそういう気持ちを全力でぶつけてきて、相応しくあろうと頑張っているから。
そう、だからナディアは、自分もヴァンにふさわしい守られる存在でありたいと思ったのだ。このままの美しいだけの自分では、釣り合わないと思ったから。
だから、
「――ナディア、今回のパーティーにも参加しないのかね?」
いつもナディアがパーティーに参加しないからとそういう聞き方をしたシードルの言葉に、
「いいえ、今回から参加しますわ」
とそんな風に笑顔で答えたのだ。
王族貴族というものは、パーティーとか夜会とかそういうものをよくやっている。ナディアはそれに必要最低限しか参加してこなかったけれど、そういうのはやめようと思っているのだ。
「今回から、参加?」
「はい」
「それは……あの、ディグの弟子がかかわっておるのか?」
問いかけるシードルの表情はどこか複雑そうである。いや、事実複雑なのだろう。まだ幼い、十歳の娘が男のためにとそんな風に必死なさまをみるのは。
「ええ。お父様。私はあの方に、ヴァン様に守られるに相応しい王女になりたいのです。ヴァン様はあの年で大量の召喚獣を従え、魔法を自在にこなす凄い方です。
私はそんなヴァン様に守られるのに相応しい存在になりたい。ヴァン様に今のままでは私は釣り合いませんもの」
ナディアは一切ためらわずにそう告げた。心からの本心とばかりに、そんな言葉を。
「そ、うか」
「ええ。だってヴァン様は活性期の魔物相手でも活躍できるような方なんですわよ。私はその場でヴァン様の活躍を見る事はかないませんでしたけれど、マラナラ様やほかの方にもヴァン様がどれだけ活躍されたか聞きましたの」
シードルの歯切れの悪い返事にも、ナディアは意気揚々と口を開く。
ヴァンの活躍はナディアの耳にきちんと入っていて、だからこそ先日ヴァンに向かって「ご活躍だったんですってね」といったのだ。そう告げたあとのヴァンの反応を思い出してナディアは口元をゆるませる。
(私と話したいって全身であらわして、召喚獣の方たちとそれはもう仲良さげで、それでいて強い方)
普段のヴァンを見ていれば全然そんな風には見えないけれど、事実としてヴァンは強い。強いからこそ、あれだけの数の召喚獣を従えていられるのだ。
(それに、私の事を守りたいってヴァン様言ってましたわ。本当に可愛い方)
自分より年上の少年を可愛いというのはどうかと思うが、それでもナディアはヴァンの事を心の底から可愛いと思っていた。
「そう、か」
「お父様」
「なんだ?」
今、この場に居るのはナディアとシードルだけなのもあってシードルの口調はなんとも砕けたものである。王様としてというより父親としてナディアと話しているのだろう。
「今回のパーティーには、お兄様お姉様方や、アン様やキッコ様もご参加でしょうか」
「ああ。みな参加する予定だ」
「そう、ですわよね。特にお姉様方たちはパーティーが大好きですものね」
と、言いながらもナディアは内心二人の姉とアン様とキッコ様(側妃)の二人の参加は正直何とも言えない気持ちであった。
あの人たちが面倒だからという理由で今までおとなしくしていたのだ。ヴァンのために頑張ると決めたものの、苦手で面倒だという思いが消えるわけではない。少なからず嫌がらせぐらいはしてくるのは覚悟するべきだろうとナディアは考える。
「ああ。それにレイアードとライナスはナディアの参加を喜ぶだろう」
シードルが口にしたレイアードとライナスというのは、ナディアの二人の兄である。
第一王子であり王太子でもあるレイアード・カインズと、第二王子であるライナス・カインズ。
二人の兄は、姉やその母親たちとは違いナディアの事を可愛がってくれている。二人とも次期国王と、兄の補佐をするための第二王子ということもあって忙しく様々なものを磨いている。
ちなみに、母親が違ったりすれば王太子争いでも起きそうなものだが、二人とも正妃の息子であるし、兄弟仲も悪くなく、そういう事は起こる気配は今の所ない。ライナスはレイアードの補佐をして国を支えたいというのを目標にしていて、王になることに関心が見られないのも一つの理由だろう。
「はい、お兄様方に会うのは私も楽しみです」
同じ王宮の中に住まっているとはいえ、正妃の息子である二人と、母親を亡くしている第三王女では立場が違う。広い王宮の中で、住んでいる場所も離れているし、家族とはいえ時々しか会わない。
平民たちからしてみればそれは信じられない事らしいが、王族貴族の社会ではそういうものである。
「それと今回のパーティーではディグも参加する」
「まぁ、ディグ様が? それなら……」
「ああっと……ヴァンは参加しない。あ奴は才能はあるとはいえ、まだ成果を上げていない。それに、ディグの弟子として参加するにしてもあ奴はまだパーティーに参加できるほど礼儀作法が出来ていないからな。フロノスは参加するようだが」
ナディアが、ヴァンも参加するのではと期待してシードルを見たのだが、その言葉はばっさりと否定された。
ディグは元々貴族の出であるし、フロノスはそんなディグの弟子としてそれなりの歳月を過ごしている。というのもあって、二人の礼儀作法はパーティーに参加しても問題ない程度には出来上がっている。
しかし、つい先日まで平民であったヴァンはディグの弟子としてパーティーに参加するにしても礼儀作法が明らかに足りていないのだ。
「そう、ですか」
ナディアは目に見えて残念そうな顔をする。そんなナディアにシードルはなんと声をかけていいかわからない。
そしてしばらく無言が続き、ふとナディアが顔を上げて告げる。
「お父様、私、ヴァン様がその場にいない事は残念ですけど、頑張りますわ。一生懸命頑張ってきた成果をパーティーで見せて差し上げますわ」
と、そんな風に決意をあらわにするのであった。
―――パーティーに参加することを決意した第三王女様について
(ガラス職人の息子にまもられるに相応しい存在になるために、第三王女様はそうして動き出す)




