異界育ちの娘 5
「ディニー、今日は領民たちの所へ行こうか」
「うん」
ディニーはその日、ヴァンとナディアに連れられて、領地を見て回ることにしていた。
異界からこの世界へと帰還した翌日のことだ。昨日は戻ってきたばかりというのもあり、家族で交流をした後は休んだのだ。
ディニーは異界で育っていた間、ヴァンがその場で作ったベッドで眠っていたものの、この世界であるようなふかふかのベッドで眠るのは初めてだった。公爵家のベッドは眠り心地が良かった。ふかふかのベッドで一人で眠り、不思議な気分でディニーは目を覚ましたものである。
そして目が覚めて、ディニーは両親に連れられて領地を見て回ることにした。
昨日のうちにこの世界に残っていた召喚獣の一部とも対面を終えていた。ただ、王都や他の場所にいっている召喚獣たちとはまだディニーは対面していない。
「お父さん、お母さん、私、領地を見て回るの楽しみ」
ディニーの世界は、何処までも狭かった。彼女が知っている世界は異界だけで、知っている人間は両親だけだった。だけどこの世界には沢山の人間がいるのだ。初めてあった兄二人に、この屋敷に仕える人たち。それだけでもディニーにとっては大きすぎる変化で、不思議な夢心地に居る気持ちだった。
「ナガラードとアレキセイも一緒に行きましょうよ」
「はい。俺は是非行きたいです!!」
「え……、俺は……」
ナディアの言葉に、ナガラードとアレキセイは答える。ナガラードはすぐに行くと断言しているが、アレキセイはやはり反抗期気味なのか、渋っている。
そんな中でアレキセイは、ヴァンに睨まれて「い、行くよ!!」と慌てて声をあげるのだった。
そのままサモナー一家は領地に出るのである。ちなみにスノウも一緒である。
サモナー一家が領地に顔を出した時、それはもう領民たちは盛り上がっていた。
「サモナー公爵様!!」
「ヴァン様、ナディア様、おかえりなさい!!」
「そちらが噂の娘様ですか!! なんてかわいらしい」
ヴァンは元平民なのもあり、元々行方不明になる前から領民たちとの距離が近かった。だからこそ、こうして行方不明から帰ってきても領民たちはヴァンたちによく話しかけるのだ。もちろん、貴族と平民という身分の差は当然あるが。
「八年間も留守にしていて申し訳なかったわ。皆が元気そうで私は嬉しいわ」
ナディアがそう言って微笑めば、周りは見惚れるような表情をする。ナディアの美しさや優しい笑みは、領民たちの心もほっこりさせるようなものなのだ。
そんな中でディニーは沢山の人たちが周りにいることに戸惑った様子で、スノウの後ろに隠れている。やはり人間と関わって来なかったディニーにとっては、人よりも、異形の姿を持つスノウの方が安心するのだ。
スノウはディニーとは昨日会ったばかりだが、ヴァンとナディアの子供ということですっかりディニーのことが気に入っていた。そして後ろに隠れるディニーが可愛いなと思う。
スノウにとっては、この領地は故郷ともいえる場所である。スノウという異形の存在を受け入れてくれて、スノウに当たり前のように笑いかけてくれる。——そんな場所は他にはない。スノウの存在は有名になっているものの、やはり他領からやってきた人々はスノウの姿を見るとぎょっとするのだ。信じられないものを見る目でこちらを見つめるのだ。
「ディニー、怖い?」
「……少し。こんなに大勢の人、はじめてだから」
ディニーは召喚獣を恐れない。ディニーはヴァンのことも恐れない。だけれども、こうして人に囲まれるのは初めてで、少しの恐怖を感じていた。
こういう恐怖を感じるのは初めてで、ディニーはなんとも言えない気持ちである。
「大丈夫。ディニー、此処の領地の人たちは皆、優しいよ。私の事も受け入れてくれて、皆優しいの。それにね。ヴァン兄の娘に何かしようなんて誰も思わないから。もし虐められたら言ってね? 私も全力をもって解決するために手伝うから」
スノウはこの領地に住まう人々の事を、身をもって知っている。この領民たちが優しくしてくれた。そして手に入れた穏やかで優しい生活。スノウはヴァンの元にいることになって、それから異形の化け物としてではなく、人として生活が出来るようになった。
だからスノウは自信をもって、ディニーに告げる。
大丈夫だよと、安心してと。
優しく笑いかけるスノウに、ディニーは安心して、領民たちの前へとデル。
そして――、
「私、ディニー・サモナー。えっと、初めまして。お父さんとお母さんのおさめる地にこれてうれしいです。これからよろしくお願いします」
視線にさらされ、ドキドキしながらディニーはそう口にする。
そんな言葉を聞いた領民たちはパチパチパチと拍手をして、笑顔を浮かべるのだった。その笑みを見てディニーも安心して笑った。
――異界育ちの娘 5
(異界育ちの娘は領民たちの前に立つ)
 




