190.外交に向かう第三王女について
カインズ王国の第三王女であるナディア・カインズは、ヴァンとのデートから二週間ほど経過した頃、トゥルイヤ王国へ向かう馬車の中に居た。
同じ馬車の中には、ナディア付きの馬車に加え、カインズ王国の英雄である『火炎の魔法師』ディグ・マラナラの姿もある。召喚獣に乗って向かえば移動時間を短縮できるものの、ディグは英雄と言えども召喚獣を常に出しておけるほどの魔力は持ち合わせていなかった。以前遠征した時にヴァンは召喚獣と馬車を交互に使っていたが、そんな真似が出来るのはヴァンだからである。
馬車の中のナディアは緊張した面立ちを浮かべている。それも当然と言えば当然であった。ナディアは今回国外に出るのは初めてである。これからのヴァンとの未来のためにも、外交をきちんとこなしたいとナディアは思っていたが、緊張してしまうのも無理もない話であった。
そんなナディアの側には当たり前のようにヴァンの召喚獣がいる。その馬車は王族専用の馬車のため通常の馬車よりも広いとはいえ、全ての召喚獣たちは収まりきらないので馬車の中には《ファイヤーバード》のフィアだけがいた。
心配性なヴァンは今回も自身の召喚獣のうち七匹をナディアの護衛として連れて行っていた。
他の六匹の召喚獣たちは馬車の周囲を姿を隠して存在している。明らかに過剰防衛であるが、ヴァンとしてみれば大好きなナディアが危険な目に遭うのは避けたかったようだ。
『ナディア様、何も心配はいらないぜ。俺達がナディア様を守るから』
「それは心配していないわ。本当にいつもありがとう。危険な目に遭ったらというのは何も心配してないの。ただ私は国外に出るのは初めてなのよ。だから少しだけ上手く出来るか不安なの」
『ナディア様なら大丈夫! 一生懸命頑張ってたんだから』
「ふふ、ありがとう、フィア」
ヴァンの命令の元、常にナディアの側に控えているフィアはナディアがどれだけ努力をしているか知っていた。ヴァンと邂逅する前はおとなしく目立たないように過ごそうとしていたが、ヴァンに出会ってからはヴァンに守られるのに相応しくありたいと努力をしていた。その努力をフィアはずっと近くで見ていたので把握していた。
「俺も心配しなくていいと思いますよ、ナディア様。これから向かうトゥルイヤ王国はカインズ王国の友好国で、滅多な事は起こらない。それに外交とは言っても友好国と交流を深めるためのものなのでそこまで緊迫したものでもありません」
「……そうですわね。今回はトゥルイヤ王国の首都に二週間ほど滞在するのですよね?」
「そうなります。その間、トゥルイヤ王国でおもてなしがされるでしょう。ルクシオウスも王都には居ますし、面倒な王侯貴族はもしかしたらいるかもしれませんがそれ以外に問題は起こらないだろう」
トゥルイヤ王国の王都には『雷鳴の騎士』ルクシオウス・ミッドアイスラとその弟子であるザウドック・ミッドアイスラもいる。ルクシオウスの話題を振られて、ナディアはフェールからの手紙を渡さなければと思い浮かべた。
(フェールお姉様からの手紙は、ちゃんとあるわね。良かった。あとはフェールお姉様からの伝言を伝えないと)
ナディアはそう考えながら笑みを零した。
カインズ王国の第一王女であるフェール・カインズと、『雷鳴の騎士』の弟子であるザウドック・ミッドアイスラは着実に仲を深めていっている。その事実がナディアには嬉しかった。
(ザウドック様はフェールお姉様のことを私に聞かれるでしょうね。フェールお姉様のことお話しなければ。フェールお姉様はザウドック様のこと嫌ってはいませんもの。出来たら上手くいってほしいものだわ)
そう考えたあと、ふともう一人の姉の事を考える。
(キリマお姉様はディグ様の事を好いていて、今も……求婚まがいの事をよくしていらっしゃる。断られても何度も何度も向かうのは凄いと思うわ)
第二王女キリマ・カインズの思い人はナディアの目の前にいるディグ・マラナラである。そのため今回外交でディグが一緒に行くという事を聞いたキリマは随分ナディアの事を羨ましがったものであった。
「ディグ様は……キリマお姉様の思いにこたえる気はないのですか?」
「……急になんですか?」
ディグは突然、キリマの事を聞かれて何とも言えない表情を浮かべていた。
「いえ、少しだけ気になったのです。私とディグ様がこうして二人で話すことはまずありませんから」
侍女たちがいるが、それは人数には含めない。ナディアがディグと話す際には大抵ヴァンかフロノス、もしくは国王であるシードル・カインズが居た。だからこそ、こういう機会は滅多にない。
「……キリマ様のことはそういう目では少なくとも見れないですね。俺からしてみればキリマ様は子供ですし、俺は誰か一人に縛られるつもりはありません」
「そうですか……」
ディグははっきりと口にする。子供にしか見えないキリマ。そして誰か一人に縛られる気はないと。
(でも人の心に絶対はありえないでしょうし、もう少し経ってみれば何かしら変わるかもしれない。それを期待しているからこそキリマお姉様は諦めないのでしょう)
そんな風に考えているうちに、最初の宿泊地である辺境の街にたどり着いた。
隣国の王都への道中はいくつかの街を経由しながら進む日程になっていた。
――――外交に向かう第三王女について
(第三王女は隣国への道中の馬車の中で外交への不安を感じている)




