幼馴染の少女は新しい恋をする。
つい先日、王都内で起こっていた誘拐事件を解決した『火炎の魔法師』の弟子であるヴァン。姓のない、ただのヴァンという少年。
さて、王都内には誘拐事件の被害者となっていたヴァンの幼馴染の少女ビッカは自宅へと帰されている。
自宅へと帰ったビッカは、親に散々抱きしめら、泣かれた。無事で良かったと。
そのように抱きしめられて、泣かれて。その結果、自分がどれだけ危険な目に合っていたのかを改めて自覚してビッカは、もし助けられることがなかったらどうなったのだろうかと急に怖くなった。
それと同時にヴァンとその姉弟子であるフロノスに助けられたことという事実にほっとする。
久しぶりに会ったヴァンは本当に、ビッカのことを一切見ていない。ビッカに興味がない。――自分のことをただの幼馴染としか見ていない。
そのずっと、目を背けていた事実をようやくビッカは実感した。
(ヴァンは——私のこと、見てない。全然他人に興味がないヴァンは私の事少しは特別に思ってくれていると思っていた。でもそうじゃなかったんだ)
ようやく思い知った事実。――思い知って、そしてすとんと、その事実が心に落ちてきた。
(私はヴァンとずっと一緒に居て、ヴァンと結婚できるんだと思い込んでた。だけどそうではなかったんだ。ヴァンとはずっと一緒には居れないし、多分……英雄の弟子になってしまったヴァンとはほとんど会えないんだ。ううん、一生会えないかもしれない。あれだけ凄い召喚獣を従えていて、ヴァンは本当に……びっくりするぐらい、私が想像出来ないぐらい凄かったんだ)
認めたくなかった事実。思い知りたくなった事実。ずっと目を背けていたけれど、恐ろしい事件に巻き込まれて実感した。
(―――ヴァンはお姫様のこと大好きだって噂だけど、上手くいけばいいなって今は思う。でもヴァンって変なところで色々考えてないから大好きでも結婚とか考えていないのかもしれないけど)
ビッカはなんだかんだいって、ヴァンのことを理解している。だからこその気持ちだった。ヴァンは人に対して興味を持たず、自由に生きている。そして変なところで考えることをしなかったりする。だからこそ結婚とかについて一切考えてないのではないかなどと思っていた。
(そうだったらいざお姫様の結婚問題が上がった時ヴァンは色々大変かも。まぁ、でも——私にはもうかかわりがないことかもしれないけれど)
ふと、そんなことを考えながらビッカは家の中でおとなしくしている。
あの誘拐事件以来、中々外に出かけようという気がしなくなっていた。もう問題は解決しているのは分かっているが、まだしばらくは親も心配するのもあり一人で出かけることはないだろう。
ビッカの両親は、誘拐事件から助けられてからヴァンのことを全然口にしなくなり、寧ろ恋人が欲しいなどということを言うようになっていたので、その事実には安心していた。
(んー、ヴァンと結婚するんだってずっと思ってて他の人のこと全然見てなかったけれど他の人のこと、見ないと。結婚したいし、子供も欲しいし)
この世界では結婚する平均年齢は少なくとも女性ならば18歳ぐらいまでである。それ以上で結婚するものもいるが、平民は特にそのくらいで結婚していく。
ビッカの年齢はヴァンと同じ十三歳。
まだ結婚する年齢ではないが、結婚相手は見つけておきたいというのが正直なことであった。
(本当……ヴァンと結婚するんだーってずっと思ってたからなぁ)
誰か結婚適齢年齢中に相手が見つかればいいなぁと思うビッカであった。
さて、そんなことを思いながら黄昏ていたビッカはその数日後、母親と共に出かけていた。十三歳にもなって母親と手をつないで歩くことは恥ずかしかったが、攫われてしまった事実があるので諦めて手をつないでいる。
(……まぁ、それでからかってくる男の子もいたけど、ああいうのとは結婚したくないなぁ)
十三歳で母親に手を引かれていたビッカは近所に住んでいた男の子にからかわれてしまった。それを受けて正直そういう男とは結婚したくないなぁというのがビッカの感想であった。
そうして母親と一緒に買い物に出かけた。
「新しく王都に越してきた一家が可愛い雑貨屋さんをやっているのよ」
ビッカの母親は誘拐されたビッカを元気づけるために雑貨屋さんに連れて行ったのである。そして雑貨屋さんに顔を出した時、ビッカは一つの出会いを果たす。
「いらっしゃいませ」
そう声をかけてきたのは、雑貨屋さんの息子である少年だった。その少年の姿を見た時、ビッカは思わず見惚れてしまった。
(か、かっこいい……)
そして優しく声をかけられてしまっては、ビッカは思わず落ちてしまった。
(ああ、この男の子と一緒に居たい!)
と思い込んだビッカはそれから雑貨屋さんに通い詰めることになったのである。
―――幼馴染の少女は新しい恋をする。
(幼馴染の少女は事実を実感して、その後新しい恋に落ちた)




