158.幼馴染の少女と王女の友人の少女の会話について
さて、誘拐されてしまった者達は王都から少し離れたシザス帝国の密偵たちの隠れ家の中にとらえられていた。
その中には、ヴァンの幼馴染であるビッカやナディアの友人であるイクノ・オーランの姿も見えた。
男女別に分けられ、被害者たちは同じ場所に押し込められていた。
これから自分はどうなってしまうのだろうか、そんな不安で彼らは一杯であった。
そんな中で、ヴァンの幼馴染のビッカはヴァンが助けてくれるのではないかと期待していた。そのことをとらわれている中でも口にしていたが、誰も信じていなかった。というのもさらわれているのは全て王都で生活をしている者達であり、『火炎の魔法師』の弟子であるヴァンが幼馴染の少女と会おうとしていないというのも広まっていたし、何よりそのヴァンはナディア・カインズという第三王女のことを大切にしているというのも広まっていた。
イクノ・オーランに関しては、間近でヴァンとナディアのことを見たことがあるのもあって余計にヴァンの幼馴染であることが事実であろうとも、ナディア以外をヴァンが大切にするとは思えなかった。
(……私は仮にも貴族だから私がさらわれたことで王宮魔法師の方々も動かれることはあるかもしれないけれど)
イクノ・オーランは、貴族の娘である。その命は、平民の少女達よりも大切にされる。また、第三王女の友人という立場でもあるのだから、どちらかというとビッカを助けにくるというよりもイクノ・オーランを助けに王宮魔法師たちやその弟子であるヴァン達は来るだろう。
「きっと助けが来るのだから、皆、希望を持ちましょう!」
イクノはこの前向きな少女——ビッカのことを共にとらえられている中で好ましくは思っていた。浚われて、とらわれて、そんな風に絶望的な中でただ一人希望に燃えている。あきらめていない。それは人によっては愚かだろいうかもしれない前向きさ。だけど、こういう場面においてその前向きさは救いだった。
(……私たちは、浚われた身だけど大切にはされている。このまま傷つけられることなくどこにつれていかれようとしているのか。私をさらった時は本当に一瞬だった。多分、魔法。凄い魔法の使い手がおそらくいる)
それを考えて、イクノはぶるりと体を震わせてしまった。
「震えているのですか? 貴族様、大丈夫ですか? 大丈夫よ!! きっと助けはくるから」
「……ええ」
前向きで、楽観的なビッカの言葉。それにイクノは頷く。
「貴方は……ヴァン様の幼馴染なのですよね」
「ええ、そうです。ヴァンに会ったことがあるの?」
イクノが貴族というのは分かっているからか、最初は少し丁寧に話しかけていたが、ヴァンという名前を聞いて一気に親近感がわいたのか思わずため口になってしまうビッカだった。
「ええ。私は……ナディア様の友人の一人だから」
「王女様の……? ヴァンはどうなの? ヴァンは全然かえってこないの」
「ヴァン様は……とてもナディア様と仲良しですわ」
「嘘よ!!」
「嘘? どうしてそういうのですか?」
ヴァンの幼馴染であるビッカが、声をあげたことにイクノは不思議そうな顔をする。実際にヴァンとナディアは仲が良い。見ていて恥ずかしくなるぐらいに仲が良い二人の仲を嘘という意味が分からなかった。
「だって……ヴァンは人に興味を持たないのよ。流されやすくて、人に言われるままに動いたりして。誰かに執着とかもしなくて」
「そうだったのですか?」
イクノは驚いた。イクノが見ているヴァンはナディアの側に居るヴァンでしかない。ナディアの側にいないヴァンがどのように過ごしているか、どのような態度なのかというのをイクノは知らなかった。逆にビッカは、ナディアの側に居ないヴァンしか知らない。
だからこそ、二人の認識は大きく異なる。
「でも、ナディア様の側にいるヴァン様はナディア様のことを本当に大切に思っていますわ。流されるとかそういうのではなく、自分の意志で。私が見る限り……ヴァン様はとても、ナディア様に興味を持っております」
「……本当に?」
「ええ、本当ですわ。ヴァン様はとても、ナディア様を好いておられます。いいえ、あれは愛してるといえるかもしれないです」
少ししかナディアとヴァンと触れ合ってこなかったイクノにも、そのことがわかるぐらいヴァンはナディア・カインズという王女様を大切に思っている。ナディアのことを大切に思っているのを知っている身からしてみれば、寧ろ誰にも興味を持たないヴァンというのが本当に分からない。
「………そう、なんだ」
「どうしたんですか」
「私、ヴァンは流されやすいから、流されているだけかと思ってた。ヴァンは人に興味がないから。でも……そこまで、王女様のこと大切に思っているの……」
ビッカはその事実を改めて実感して、少しだけ落ち込んでいた。ヴァンは流されやすいから流されているだけで、幼馴染の自分のもとに戻ってくると思っていた。いや、思い込みたかったというべきか。ビッカはヴァンと幼馴染としてずっと仲良く過ごしていくと思っていたからこそ、本当にその道が分かれてしまったのだなとようやく実感していたのだ。
落ち込んでいるビッカに、イクノが声をかけようとした時、その場に大きな音が響いた。
――――幼馴染の少女と王女の友人の少女の会話について
(さらわれた場所でガラス職人の息子の幼馴染と、第三王女の友人は会話を交わした)




