英雄の弟子の母親はかく思う。
ヴァンの母親は、息子が英雄の弟子になっていることを未だに夢のように感じる。第三王女と懇意の仲になってたりするらしいが、正直ヴァンは実家に中々帰ってこないため実際どういう状況なのかは分からない。
ただ、彼女の息子が確かに実績をつみ、英雄への道を駆けのぼっているのは確かなことだった。
息子が英雄などというものになっているのもあって、彼女とその夫の環境はそれなりに変わった。しかし、目立ったことは起こっていない。それが、息子のおかげであると彼女は知っている。
なぜなら、息子の召喚獣らしき動物の存在が周りで確認されているからだ。
(――――昔から、変わった子ではあったけど)
ヴァンの母親はそんなことを思う。思い起こせば、昔からヴァンのことをかわった子供であったと感じる。
―――幼い頃から他人に興味を抱かない不思議な子供であった。
幼馴染にも、知り合いにも興味がなさそうで、家族である私たちにもそこまで関心がないような子供だった。とはいえ、関心が低いとはいえ、こちらを家族と思っていることは事実だった。
興味はないけれども、大切にはしてくれている。関心はないけど、家族とは思ってくれている。誰にも関心を特にもたずに、幼馴染のビッカとも流されるままに仲良くしているように見えた。ただビッカはヴァンのことを好いていたし、このまま流されるままに変な相手と結婚されるよりも全然いいと思っていた。だからビッカとも仲良くするようにいっていたし、そのままビッカと結婚していくだろうと思っていた。そして、家を継いでいくだろうと思っていた。
(……それが、英雄の弟子か。弟子になってこのままガラス職人の家は継がないだろう。その事は不満はないけれど、あの子にあんな才能があったなんて全然気づかなかった。あの才能にもっと早く気づいていられれば……でもそもそも私たちがあの子の魔法の才能とかに気づけというのが無理な話だけど)
ヴァンは不思議な子供だった。不思議な子供で一切その才能に気づかせなかった。普通なら魔法の才能があれば暴走を起こしてすぐにそのことが悟られる。自分が他と違う事に気づいたら、何か出来ることに気づいたら何かしら行動を起こす。だけど、ヴァンはそれがなかった。
(一度帰ってきた時だって変わらなかった。英雄の弟子になっても全く変わらなくて、今までと変わらないといった態度で、あの子は……もしかしたら昔から私たちが知らないだけで魔法が使えたのかもしれない)
そうとさえ思うようになったのは、一度帰った時にも全く変わらなかったから。英雄に引き取られる前と引き取られた後が変わらない。一切ぶれないというのは普通ではない。
でも普通ではなかったからとしても、彼女にとって、ヴァンはたった一人の息子だった。
(ヴァンは私の息子だ。そのことは変わらない。時々こちらには帰ってきているし、私たちのことを家族と思っているからこそ私たちに何も被害がいかないようにしてくれている。それならそれでいい)
英雄になろうが、英雄にならまいが、たった一人の息子。家族のことをなんだかんだで案じて何かしてくれている息子なのだ。
「……王女様と仲が良いっていうのが、流されて押しかけられてるでなければいいけど」
『ヴァンのお母さん、ヴァンは王女様大好きだよ?』
「ひゃっ」
思わず彼女は自分のつぶやきに返ってきた声にそちらを向けば、一匹の黒い猫が居た。
「ね、猫…? あ、あの子の、召喚獣?」
『正解。俺は《ブラックキャット》のクラさっ』
「そ、そうですか。それで大好き、とは」
『文字通り! ヴァンは王女様大好きだから俺らと契約してるし。それに一回実家帰ってきたのも王女様へのプレゼント作りだし』
クラは面白そうに声を上げている。
《ブラックキャット》のクラはその日のヴァンの実家の警備の召喚獣の一人だった。たまたま、何やらつぶやいているヴァンの母親を見つけて声をかけたのであった。
「そう、なんですか」
クラの言葉に彼女は驚いていた。驚いていたが、同時にほっとしていた。
(あの何にも興味を示さなかった子が、ちゃんと誰かを好きになれたのかい。興味を持ったという噂だけでも喜ばしいことだと思っていたけど、ちゃんと好きになれたのか。でも……王女様が相手だと平民のヴァンじゃどうしようもないだろうし、そのうちあの子は失恋することになるのか)
興味を抱いているという事実に喜ばしいことだと思っていた。でも所詮噂だから実際どうなのだろうと思っていた。だけど、本人の召喚獣がヴァンがナディアを好きなことをいっていたことに彼女はほっとしていた。ちゃんと自分の息子が、何にも興味を持たない息子が人を好きになれたのだと。
それと同時に、国王がナディアとヴァンの結婚を進めていることも知らない彼女は息子は失恋するのだろうかと心配をするのであった。
―――英雄の弟子の母親はかく思う。
(英雄の弟子の母親は、英雄の弟子になろうと息子のことをなんだかんだで心配しているのであった)




