134.『火炎の魔法師』と『雷鳴の騎士』の弟子同士の模擬戦について 4
ザウドック・ミッドアイスラは、目の前の少女を見据える。
灰色の髪と、赤い瞳を持つ少女---フロノス・マラナラを。
(……ヴァンには俺は手も足も出なかった。フロノスはヴァンの姉弟子。あいつほど規格外じゃないって言っていたけど、油断は一切出来ない)
ザウドックはそう思う。目の前の存在は、ディグ・マラナラの弟子。ヴァンの姉弟子。油断は一切出来ない。先ほど負けてしまって、今度は負けたくないとそんな風に思ってしまう。
ザウドック・ミッドアイスラは、今まで同年代でまともにやりあえるような相手はいなかった。それは当然のことと言えば当然である。彼は、『雷鳴の騎士』の弟子であり、その技を受け継いでいる者だ。そうそう彼を倒せる相手が同年代でいるわけではない。
「私は、ヴァンと違って手加減なんてやっていられないから召喚獣を召喚させてもらうわ」
フロノスはそういって、魔力を練る。そして詠唱を唱える。
「我と契約を結びし者、我の呼びかけに答え、その姿を現さん」
ヴァンはいつも適当な詠唱で、自分が契約している召喚獣を呼び出しているが、普通はそんなことは出来ない。召喚獣との付き合い方とは慎重に行うべきことなのである。
おかしな詠唱で呼び出すなんていうことをすれば大変なことになるのが当然の結果なのだ。
そしてフロノスの呼びかけに答えるようにその場が光り始める。
『んー、ミィに用なの? フロノス』
眠たそうな声と共に現れたのは、一本の鋭く伸びる角を持つローズ色の巨大兎。フロノスの召喚獣であるミィレイアの出現だ。
「召喚獣か……」
ザウドックは、フロノスが呼び出した召喚獣を前につぶやく。
(ルクシオウスは召喚獣を呼び出す才能は持ってなかった。召喚師としての才能はない。俺も……まだ召喚したことがないからわからないけれどまだいない。その点で、不利っていえば不利なのか。召喚獣を連れたヴァンの姉弟子相手に、俺がどれだけやれるか——分からないけれど、やるだけやる)
ザウドックにはもう油断はない。
ヴァンに負けた後だからこそ、彼は油断を一切失っている。
ザウドックは魔法剣を出現させる。その魔力を感じ取って、フロノスは緊張感を走らせる。
(……ヴァンは簡単に処理していたけれども……正直私はあれを対処するのは難しい。本当にあの弟弟子はどれだけ規格外なんだか)
フロノスはそう思いながらも、魔法剣を見据える。
「ミィ!」
『ん? あれ、敵?』
「模擬戦だから殺しちゃ駄目よ」
『えー、ミィ、そういうの苦手なのに』
召喚獣のミィレイアは、人間と契約したのは初めてであり、正直手加減というものが出来る自信もなかった。そもそも召喚獣は基本的に圧倒的な力を持ち合わせている。手加減をしないとすぐに人が死んでしまったりするのである。
ミィレイアはえーっといった声を上げるが、フロノスに「お願い。殺しては駄目よ」といわれて『じゃあミィ頑張る』と答えるのであった。
ザウドックは出現させた魔法剣を手に、フロノスへと向かっていく。
フロノスは、ただの長剣を手に軌道を見極めて、避ける。
「ミィ!」
『うん!』
ミィレイアはフロノスの声にこたえる。そしてミィレイアはザウドックへと向かっていく。鋭くとがった角。向かってくるそれを見て、ザウドックはすぐさま行動をする。魔法剣を、ミィレイアへと振り下ろす。大振りのそれは、ミィレイアによけられる。
《ローズホーンラビット》は鋭い角と、素早い動きが特徴的な召喚獣である。フロノスが乗れるほどの大きな兎。それをザウドックはなんとか相手にしている。ザウドックはこれまで召喚獣と対峙したことはなかった。ザウドックに足りないのは経験である。魔法剣という力を持ち合わせていても、経験が足りない。
経験することは、大きな財産だ。経験した事実があれば対処できることも、経験したことがなければ対処の仕様もない。
(……思ったより、動きが速い。こいつだけじゃなく、フロノスもいるし。どうにかしなければ。二連続で負けるとか、そんなの嫌だ)
このまま、突っ込んでくるミィレイアの対処をしているだけではいずれ負ける。フロノスがこちらに向かってこようとしているのも視界に映る。
(このままやられるのは駄目だ)
そう考えるからこそ、少し無茶をしてでも行動に出ることにした。
(まだ、フロノスはこの召喚獣との連携が上手くできてないように見える。だからこそ、フロノスが俺に追撃が出来てない)
それを冷静に分析し、そこが好機だと考える。
「燃え盛る火炎よ、我の前に出現せよ!」
《雷鳴の騎士》の弟子だが、だからといってザウドックが雷属性以外は使えないということはないらしい。火属性の魔法もそれなりに使えるようで、その場にいくつかの火の玉が生まれる。
ミィレイアを囲うように現れたそれにミィレイアは一瞬戸惑う。その隙を、ザウドックは見逃さない。その魔法を器用に操りながらも、フロノスへと向かっていく。魔法を操りながら行動を出来るというのはある意味才能であり、それが出来るだけでも流石英雄の弟子であると言える。
振り下ろされた魔法剣と長剣がぶつかり合う。ただの長剣と、魔力により形成された魔法剣ではその強度も異なる。フロノスは徐々に押されていく。フロノスの手の中の長剣が大きな音を立てて、折れる。
そこにザウドックが留めとばかりに追撃をしかけるが、フロノスは足を振り上げて、ザウドックの手に持つ魔法剣の柄の部分を蹴り上げる。
そして魔法剣はそのまま、ザウドックの手から蹴り飛ばされた。武器を吹き飛ばされて、ザウドックは隙を作らされてしまう。そこで、フロノスは半分にかけてしまった長剣の先を、ザウドックの首元へ向ける。
「―――これで、終わりよ」
「……降参だ」
フロノスの宣言と共に、ザウドックは悔しそうに降参の宣言をするのだった。
―――『火炎の魔法師』と『雷鳴の騎士』の弟子同士の模擬戦について 4
(『火炎の魔法師』の弟子フロノス・マラナラと『雷鳴の騎士』の弟子ザウドック・ミッドアイスラの模擬戦は、前者の勝利に終わる)




