106.王宮での不穏な動きについて 3
カインズ王国の第一王女であるフェール・カインズは美しい少女である。
水色の髪と青い瞳を持つ、将来が楽しみになるような王女様。
フェール・カインズと、その母親であるアンの外見はよく似ている。一目見ただけでもそれが親子だとわかるほどに。
だけれども、その二人の間に家族らしい絆などといったものは皆無である。
そもそも、フェール・カインズは王族である。王家に生まれた一番初めの姫である。一般的に王家に生まれた子を、その親が面倒を見るということはまずほとんどない。
例に漏れず、アンはフェールの面倒を見ることはない。
ましてや、母親であろうとも彼女はしていない。
アンにとって重要なのは、母親であることよりも、女であることである。
アンはフェールに対して母親としては接してこなかった。フェールにとってアンは母親と認識すべき存在であるが、その性格を知れば知るほどさめた目で見てしまっていた。
フェールとて、自分が一番美しいと、自分よりも美しいナディアがいやだとそんな風に考えていた。甘やかされ、第一の姫として望むものを全て手に入れてきたからこその我侭である。それで暴走してしまった一件もあるので、フェールがいえたことでもないかもしれないが、アンは二十歳以上も年下の少女に対し排除をしようとしているようなそんなほめられたものではない行為をしている人である。
アンはナディアの母親であるミヤビを嫌っていた。
そして、ミヤビの忘れ形見であるナディアの事も嫌っていた。
ナディアが日に日に美しくなっていくのを見て、そしてナディアが日に日に力をつけていくのを見て黙っていられるような人ではなかった。
アンは、キリマの母親であるキッコのように単純な性格でもない。
それをフェールは理解しているからこそ、余計に警戒していた。
アンはそこまでわかりやすくは動かない。フェールがナディアと仲良くするのは後でナディアをだますためと言い訳に使ったが、それが偽りであるということもわかっているのかもしれない。
アンはフェールにナディアを害するような指示は発さない。
だけれども、それはそれでフェールは不安に思っていた。
フェールはだから、信頼できる兄の下へやってきた。
「ナディアがそれで危険かもしれないのかい。それは守らなければならないね」
「……そうなのです。ヴァンの召喚獣が常に控えていますから問題はないと思うのですが、お母様が静かなのが余計に不安になってしまいましたの」
フェール・カインズにとって、王太子であるレイアードは弱音を吐ける数少ない存在である。フェールがやらかしてしまったときだって背中を押してくれた尊敬できる兄、それがフェールにとってのレイアードである。
……最も相談された本人は、
(フェールが私に相談をしてくれるなんて。それにしても不安そうな顔のフェールはあまり見ないけど、かわいいなぁ。それにしてもヴァンがいない隙にナディアをどうこうしようとしているか……。私のかわいい妹に手を出すなら幾ら父上の側妃だろうと許せないね)
そんなことを考えていた。この王太子、妹の前ではかっこよくありたいとそんな残念ぶりは出さないが、とんでもないシスコンである。
「レイアードお兄様、私は……、お母様もキッコ様も罪を問われても仕方がないと思っております。あの二人はずっとナディアに嫌がらせをしてきていました。ここ最近では危険なこともおおかったと聞きます。全てヴァンの召喚獣が対処をしてて、だからナディアは本来危険な事でも無事でいる。だけど、ヴァンが居なかったら、ヴァンの召喚獣たちがナディアの傍に居なければ、ナディアは死んでいてもおかしくなかったのだと、私は理解できるの」
それだけ危険だったのだ。表面上、危険そうに見えていなかったとしても。それだけ、ナディアは危険な可能性があって、だからこそヴァンはナディアの傍に召喚獣を置いている。
自分の母親がナディアを嫌いな事をずっと知っていた。フェール自身も美しい妹の事を好きだと思っていたわけでもない。どうでもいいと思っていたのだ。半分だけでも、血のつながっていた妹に対してだとしても……。
レイヤードやライナスだって、王太子とその弟という忙しい立場なのもあって、幾ら妹思いだったとしても王宮でひっそりと生きようとしていたナディアがどういう目にあっていたか、実際に知っていたわけでもない。国王であるシードルだって、ナディアを可愛がってはいたが、危険な目にあっていたことを正確に把握していたわけでもなかった。
タイミングよく、アンとキッコの嫌がらせが悪化していた時期にヴァンは召喚獣をナディアのもとにやった。全てを対処した。それもあって公になっていなかったというだけであり、ずっと危険だったのだ。
「……私はお母様がナディアを嫌っている事をずっと知っていましたわ。でも、ナディアの事を気にもしていなかった。どうでもいいと思ってた。でも今は妹だって認識しています。虫のよい話だってはわかっていますけど、でも私はナディアを守る手助けをしたいと思いますの。
お母様は、私に直接的にナディアを害するような事はいっていません。でもだからこそ不気味ですの。お母様は……ナディアに何かしようと色々と動いているのかもしれません。私は、どうするべきでしょうか」
「そうだね、ある程度はヴァンの召喚獣たちが居たとしても危険かもしれないね……。私はフェールが、妹たち思いになってくれて嬉しいよ」
レイアードはそういってフェールの頭をなでる。
「フェールは……ナディアの傍にいてあげてくれ。こちらで動くから。そしてナディアを助けてやってくれればいいよ。ナディアは今まで表に出てこなかったからわからないことが多いだろうから。荒事は私たちに任せてくれればいい」
「……はい」
フェールはレイアードの言葉位頷くのであった。
――――王宮での不穏な動きについて 3
(第一王女は不安から王太子へと相談をする)




