第27話 力を貸して
---
フーティアは目を開けた。
昨夜泊まった宿の天井……
でも、さっきまでは街にいたはずだ。
「ヨーゼフさん――」
勢いよく起き上がったものの、視界がぐらりと揺れた。ベッドの縁に手をついて体を支え、頭を押さえて小さく「うぅ」と呻く。
「起きた?」
フーティナは窓辺に座っていた。
ほんの少しだけ開いたカーテンの隙間から、通りの様子をうかがっている。
フーティアの靴はベッドのそばにきちんと揃えられ、上着も椅子の背に掛けられていた。
「南区は? アリスちゃんやヨーゼフさんたちはどうなったの?」
フーティアは布団をめくる。
「まだわからない。あそこはもう軍に封鎖されてる。先にあなたを連れ戻したの」
フーティナはカーテンを閉めた。
「だったら、どうして私を気絶させたの!」
フーティアはベッドの縁に手をついて立ち上がろうとしたが、膝を伸ばした途端、また視界が揺れた。
フーティナが駆け寄って腕を支え、再びベッドの端に座らせる。
「あのとき行ってたら、まだみんなを助けられたかもしれないのに……」
「それで、軍の目の前で魔法を使うの?」
フーティアはベッドの縁を握ったまま、答えなかった。
「むやみに魔法を使わないって、約束したでしょう」
「でも、みんなまだあの中にいるんだよ」
フーティナはすぐには答えなかった。
部屋が静かになった。
フーティアは両足を床につけ、ベッドの縁に座ったままだ。
しばらくして、ようやく小さな声で言った。
「ただ、何もしなかったらって思うと……」
「分かってる。だから、あなたをそのままスティグマの外へ連れ出さなかったの」
フーティアは軍用車の音が聞こえてくる窓のほうへ目を向ける。
「……まだ残ってくれるの?」
「でなきゃ、目が覚めたら一人でまた戻ってくるつもり?」
フーティアは言い返さなかったが、自分を支えているフーティナの手に手を重ね、その手首を握った。
「でも、何も言わずに眠らせるなんて、だめだよ」
フーティナはその手に目を落とし、何も答えなかった。
しばらくして、フーティアが手を離すのを待ってから、水の入ったコップを持ってきて渡した。
フーティアは二口飲んだ。
「……ほんと、変な人」
「今度は何?」
「ちゃんと人の面倒も見られるのに」
「まだ目が覚めきってないみたいね」
フーティアはコップを両手で持ったまま、いつものようには言い返さなかった。
「フーティナ、私たちに何ができるかな?」
フーティナは少し間を置いた。
机の上から新聞を一部取ると、フーティアが持っていたコップを受け取り、代わりに新聞を差し出した。
紙にはすでに少し皺が寄っている。
一番上の見出しが、ひときわ目を引く。
――第一軍団第二支隊に通敵の疑い。指揮官ヴェルナーを解任、隊員全員を調査。
「……ヴェルナーさん?」
フーティアは新聞を少し顔に近づけた。もう少しよく見れば、どこかに間違いが見つかるとでもいうように。
「でも昨日、調査結果を上に報告するって言ってたのに」
フーティナは窓枠に身をもたせる。
「第二支隊は昨日、指揮権を取り上げられた。南区の作戦も昨夜に繰り上げられてる。報告が関係しているのかもしれないし、もっと前から目をつけられていたのかもしれない」
「つまり……報告を出した途端に、捕まったってこと?」
「報告が送られたかどうかも、まだわからない」
フーティアは二秒ほど新聞を見つめると、不意にそれを折る。
「じゃあ、本人に聞きに行こう」
「簡単に言うわね」
フーティナは眉をひそめる。
「今でも、この前みたいに第二支隊の営内へ入れると思ってるの?」
「じゃあ、こっそり入ろうよ」
「……」
フーティアは顔を上げた。
「フーティナ」
その声は、さっきよりずっと小さい。
「力を貸して」
「……」
「ヨーゼフさんたちが今どうなっているのか、分からない」
フーティアは目を伏せた。
「ヴェルナーさんまで捕まっちゃった。ここで何もしなかったら……」
少し言葉を切った。
「私、きっとこの先もずっと、ここのことを考え続けるよ」
そう言って、フーティアは膝の上に新聞を広げた。
折り目がちょうどヴェルナーの名前を横切っている。指で二度ほど撫でて伸ばそうとしたが、どうしても平らにはならなかった。
フーティナは彼女の足元を通り過ぎ、椅子の背に掛かっていた上着を手に取る。
「まずは状況を確かめに行くだけよ」
「うんうん!」
フーティアはすぐに靴へ手を伸ばした。
「危険すぎたら、すぐに戻ること」
「分かった!」
「勝手に魔法を使わないこと」
「分かった!」
「いきなり飛び出して、誰かを助けようとするのも駄目」
靴を持っていたフーティアの手が、一瞬止まる。
「……うん」
フーティナが見ている。
フーティアは慌てて下を向き、靴を履き始めた。
カーテンがまた少しめくられる。遠くの交差点では、検問所のそばにまだ軍用車が停まっている。
「少なくとも、いったい何を探しているのかは確かめないと……」
フーティアが靴を履き終えたところで、目の前に櫛が差し出された。
「髪も」
フーティアは手を伸ばし、ところどころ跳ねた白髪を軽く撫でた。
「わかってるよー」
今度は語尾を伸ばしながらも、素直に受け取った。




