第23話 第二支隊、全員職務停止
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どれくらい眠っていたのだろう。
最初に夢の中へ割り込んできたのは、低い轟音だった。何か重いものが、通りを走っていくような音。
続いて、叫び声。入り乱れる足音、車のクラクション、遠くの誰かの叫び声が混ざり合い、次から次へと、静かだった朝をかき乱していく。
フーティアは眉を寄せ、寝返りを打った。
「ん……」
ドン、ドン、ドン!
不意に扉が叩かれた。
フーティアははっと目を開いた。
その一瞬、まだ軍営の客室にいるとさえ思った。
けれど、次の瞬間――
ドンドンドンドン!
昨日の軍営の朝よりも、ずっとせわしない。
ノックというより、扉を殴りつけているようだった。
フーティアは勢いよく起き上がった。
「誰――」
言い終わる前に、扉のそばに立つフーティナが目に入った。
フーティナはもう起きていた。
もう服まできちんと着ていた。ただ、白髪だけは少し乱れていた。
フーティアが目を覚ましたのを見ると、すぐに人差し指を唇に当てる。
「しっ」
フーティアは呆気に取られた。
扉の外から、知らない男の声がした。
「軍の立ち入り検査だ! 開けろ!」
眠気が一気に吹き飛んだ。
ベッドを降りようとしたときには、フーティナがもう片手を上げていた。
指先から、金色の淡い光が広がる。
薄い霧のような光が、二人の体をさっとかすめていった。
フーティアはうつむいた――自分の手が見えなくなっている。
布団にはまだ体の形が残っているのに、自分の体はまったく見えなかった。
『透明化?!』
『ベッドと壁の間へ。ゆっくり』
フーティアは布団の端をめくって足を床に下ろし、ベッドの縁に手をつきながら、身を縮めて狭い隙間へ入り込んだ。
次の瞬間――バン!
衝撃とともに、部屋の扉が勢いよく開いた。
フーティアはびくりと肩をすくめた。
数人の兵士が次々と入ってきた。
たった二日で見慣れた第二支隊の制服とは違い、彼らの胸には、見たことのない徽章が一つついていた。
拳銃を握る者もいれば、警棒を持つ者もいる。入るなり余計な言葉は一切交わさず、手分けして洋服だんすやベッドの下、トイレを調べ始めた。
一人はベッドのそばまで来て、フーティアのすぐ隣の布団をめくった。
フーティアは息を止めた。
見えていないとわかっていても、少しずつ部屋の隅へ身を寄せ、縮こまっていった。
――近すぎるってば!
あと一歩でも横に来たら、きっと足を踏まれる。
フーティアは膝をぎゅっと抱え、大きく息をすることもできなかった。
フーティナは扉のそばで、じっと動かずにいた。
兵士が向きを変えた拍子に、その袖がフーティナのほうへ振れる。
フーティナは肩を引き、壁にほとんど触れるほど身を寄せて、ようやく袖をかわした。
「誰もいない」
「次の部屋だ」
「急げ」
兵士たちは、来たときと同じように、あっという間に出ていった。
足音が再び廊下へなだれ出し、すぐに隣の部屋でも扉を激しく叩く音が響いた。
その音が遠ざかるまで待ってから、フーティナは魔法を解いた。
フーティアは床に座って膝を抱えたまま、しばらく呆然としていた。
「今の人たち……」
フーティナはもう窓際まで歩いていっていた。
外を一目見ただけで、眉をひそめる。
「服を着て」
「どうなって――」
「私にもわからない」
フーティナはカーテンを閉めた。
「下へ行ってみよう」
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宿の一階は、すでに大混乱になっていた。
カウンターの前には、何人もの客がひしめいている。主人はしきりに何かを説明していたが、まともに耳を貸す者はいなかった。
荷物を引きずって外へ駆け出す人もいれば、入口に立って遠くをうかがう人もいる。
フーティナについて宿を出たフーティアは、思わず足を緩めた。
昨日は静かだった通りが、まるで別の場所になっていた。
数台の軍用車が大通りを走り過ぎ、その車輪が土埃を巻き上げている。
交差点には急ごしらえのバリケードが置かれ、二人の兵士が通ろうとする人を一人ずつ調べていた。
遠くには、連行されていく人々の列も見えた。
軍服は着ておらず、武器も持っていない。ただ両手を頭に載せ、兵士に怒鳴られながら、通りの端を歩いている。
通り沿いの店は、大半が閉まっていた。
慌ただしく戸に鍵をかける人。子どもを抱えて反対側へ走る人。
街角に集まって話していた数人も、軍用車が来るのを見るなり散っていった。
どこからともなく、いくつもの声が飛び交っていた。
「南側は全部封鎖されてるぞ!」
「昨夜から人を捕まえてるんだ!」
「何百人も捕まったらしい――」
「こんなところに立ってないで、早く行け!」
フーティアは呆然と立ち尽くした。
無意識に、昨日調べた地区のほうへ目を向ける。
――道の先には、軍用車が横一列に並んでいた。
フーティナが手を伸ばし、トランクを引いて足早に通り過ぎようとした男を呼び止めた。
「すみません、何があったんですか?」
男は慌てて足を止め、持っていたトランクを脚にぶつけた。
いかにも面倒そうな顔をしていたが、近くの兵士を見ると、すぐに声をひそめた。
「二人とも、まだ知らないのか?」
「知りません」
「昨夜、軍がいきなり南区に入ったんだ!」
フーティアの胸が、ずしりと沈んだ。
「南区?」
「あの『スパイ』たちが隠れてるところだよ!」
男はそちらを指さした。
「防諜作戦だとか言って、夜中に一帯を囲んじまったんだ。一軒ずつ人を捜して、あの人たちを助けた人は、みんな捕まって連れていかれたらしい」
フーティアは口を開いた。
「でも……」
すぐには、声が続かなかった。
「あの人たちは、もうここを離れたのに」
男がきょとんとした。
「何だって?」
「あの、つまり――」
フーティナがフーティアの腕をつかみ、さっと引いた。
「何でもありません。ありがとうございます」
男も、それ以上尋ねる余裕はなさそうだった。
「とにかく、早く離れたほうがいい。こんなろくでもない所で、今日あと何人捕まるかわかったもんじゃない」
そう言い残し、トランクを担いで足早に人混みへ消えていった。
フーティアは動かなかった。
通りの先を見つめたまま、けれど頭に浮かぶのは、もう軍用車でも兵士でもなかった。
ガラス瓶の中の飴。淹れたてのお茶。そして、笑いながら背後へ近づいてきて、お詫びに飴をくれた小さな女の子。
――また一緒に遊ぼうね!
フーティアはゆっくりと、スカートの裾を握りしめた。
「……どうして?」
答える声はなかった。
フーティアは道の先の軍用車を見つめ、不意にフーティナの隣から踏み出した。
すぐに手首をつかまれた。
それでも足を止めなかった。引っ張られたフーティナも、一歩前へ出た。
「どこへ行くの?」
「あそこ」
フーティアは彼女の指を握りしめていたが、視線はまだその肩越しに、塞がれた道へ向けられていた。
「今?」
「ヨーゼフさんとアリスちゃんが、まだあそこにいるんだよ!」
「捕まったかどうかもわからないでしょう」
「だから、見に行くんだよ!」
フーティアは力を込めて手を引き抜こうとしたが、フーティナは離さなかった。
「フーティア」
「離して」
「行って、何をするつもり?」
フーティアは一瞬、呆気に取られた。
「もし捕まっていたら?」
「助ける」
「どうやって?」
「……」
「兵士たちの中へ飛び込むの?」
フーティナは彼女を見据えた。
「それとも、いきなり魔法を使うつもり?」
フーティアは答えなかった。
けれど、その表情がすでに答えを示していた。
「昨日、私に何て約束した?」
「でも――」
「ここにいるのは第二支隊じゃない!」
珍しく、フーティナの語気が強まった。
「軍の目の前で魔法を使ったら、もう『何人か助ける』だけじゃ済まなくなるわ」
フーティアは唇を噛んだ。
「でも、魔法はこういうときのためにこそ――」
「フーティア」
「何もかも放っておくなんて、できないよ!」
とうとうフーティナの手を振り払った。
フーティアの声に、近くの数人が振り向いた。
フーティナは同時に、横目で通りの入口を見た。
巡回中の兵士二人がこちらに気づき、近づいてきている。
フーティナは再びフーティアを見た。
フーティアはまったく気づいていなかった。
フーティナはもう一度手を伸ばして彼女を引き止めようとしたが、フーティアは身をかわし、すでに通りの入口へと踏み出していた。
「せめて見に行かせて! もしアリスちゃんたちが、本当に――」
巡回兵の視線が人混みを越え、二人に向いた。
フーティナはもう何も言わなかった。
フーティアの言葉が途切れた――不意に、目の前が暗くなった。
「フ……ティナ……」
全身から力が抜けた。
フーティナが手を伸ばし、その体を受け止める。
「……馬鹿」
フーティアには、もう聞こえていなかった。
淡い魔法の光が彼女の周囲に広がり、眠りに落ちた少女は、たちまち魔法空間へと収められた。
その直後、背後から兵士の声がした。
「おい!」
フーティナは振り返らなかった。
「そこの君、ちょっと待って」
足音が近づいてくる。
「ただいま身元の確認を行っています。ご協力を――」
フーティナがそっと手を上げると、空気にほとんど見えないほどの波紋が広がった。
次の瞬間、フーティナの姿が忽然と消えた。
近づいてきた兵士は、はたと足を止めた。
「……え?」
後ろから同僚が追いついてきた。
「どうした?」
「さっきまで、確かにここに人がいたんだが」
「どこに行った?」
兵士は誰もいない道端を、数秒見つめた。
同僚が路地の入口を指さした。
「あっちへ行ってみよう」
通りの入口を風が吹き抜けた。
誰かの捨てた新聞が風に巻き上げられ、地面を何度か転がって、最後には脇の路地へ吹き込まれた。
紙面の隅には、踏まれた汚れがついていた。
それでも、一番上に大きく印刷された一行は、まだはっきりと読めた。
遠くから、新聞売りの子どもの声が、人々のざわめきを縫って届いた。
「号外――!」
その声は、だんだん近づいてきた。
「第一軍団第二支隊で、重大な内通スキャンダルが発覚!」
「指揮官ヴェルナー、敵国勢力と結託した疑いで職務を解かれ、調査を受ける!」
「第二支隊の将兵全員、職務停止――!」
新聞が再び風にあおられた。
ばさりと音を立てて、一枚めくれた。




