第21話 どうぞよい旅を
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軍営に戻ると、フーティアとフーティナは間を置かず、まっすぐヴェルナーのもとへ向かった。
窓の外からは時折、訓練場を駆けていく兵士の足音や、遠くで軍用車のエンジンがかかる低い音が聞こえてくる。
フーティナは聞いた話を最初から説明した――彼らの反戦活動、住民に泊めてもらった経緯、そして昨夜にはすでに立ち去ったという話。
ヴェルナーは口を挟まず、最後の言葉を聞いたときだけ、書き留めていたペンを止めた。
「つまり……」
少ししてから、彼は視線を上げた。
「お二人が聞いた話では、指名手配されている人たちは、昨夜のうちにここを離れたと?」
「はい!」
フーティアはすぐにうなずいた。
「ですから、早く上に報告して、作戦を止めてください」
ヴェルナーは今書き留めた一枚を抜き取り、作戦命令書の隣に置いた。
並んだ二枚の紙をしばらく見つめてから、再びペンを手に取る。
「反戦を訴える民間人……」
ペン先は紙面のすぐ上で止まったまま、下ろされなかった。
「なぜ『敵国のスパイ』などと呼ばれることに……」
フーティアは一歩前に出て、さらに何か言おうとした。だが、後ろにいたフーティナに、そっと腕を引かれた。
フーティアはちらりと振り返る。
フーティナは首を横に振った。フーティアは仕方なく、出かかった言葉を飲み込んだ。
しばらく沈黙が続いた。
ヴェルナーは報告書の末尾に数行を書き加え、元の書類とは分けて置いた。
「この内容は、すぐに改めて上へ報告します」
彼は二人を見る。
「そのうえで、今回の作戦を続行する必要があるのか、上層部に再検討を求めます」
フーティアはようやく、少しだけ胸をなで下ろした。
「今回は、本当にありがとうございました。お二人がいなければ、私はおそらく作戦が始まるまで、何も知らずにいたでしょう」
「私たちも、たまたまわかっただけですよ」
フーティアは少し照れくさそうに頬をかいた。
けれど、ヴェルナーは首を横に振った。
「いずれにせよ、お二人のお仕事は、これで完了です」
そこで、少し間を置いた。
「正直なところ、もう何日か、お二人をおもてなししたかったのですが」
「本当ですか?」
「もちろんです。昨夜は、みんなとても楽しんでいましたから」
フーティアの目が輝いた。
少し身を乗り出したところで、その視線がまた報告書へ戻った。
「でも、今はお忙しいですよね……」
「……おっしゃるとおりです。今は第二支隊全体が戦闘に備えていますから、私もお客様をおもてなしする時間は、あまり取れそうにありません」
そう言いながら、彼はもう一度窓の外を見た。
「それ以上に、上層部から、いつ人が来てもおかしくありません」
フーティアの笑みが少し薄れた。
ヴェルナーは再び二人に目を向けた。
「私の部下なら、お二人を見なかったことにできます。ですが、第二支隊以外の人間が来た場合、同じようにできるとは保証できません」
フーティナがうなずいた。
「ですから、今のうちに離れたほうがいい、と」
「はい」
ヴェルナーは書類を脇に挟み、机の向こうで立ち上がる。
フーティアはもう一言尋ねようと思っていたが、彼が外へ向かおうとしているのを見て、代わりに別れの挨拶をした。
「二日間、お世話になりました、ヴェルナーさん」
「どうぞよい旅を。フーティアさん、フーティナさん」
二人の背後で、扉が静かに閉まった。
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エミールは、廊下の向かい側の壁にもたれていた。
手にはあの写真を持ち、うつむいて見入っている。
扉の開く音に、はっと我に返ったらしく、写真を胸ポケットにしまった。
「お話は済みましたか?」
「はい」
フーティアはうなずき、ついそのポケットに目をやった。エミールが微笑む。
「ヴェルナー隊長に、お二人をスティグマの外までお送りするよう言われました」
「エミールさんは、もう副隊長のお仕事をしなくていいんじゃないんですか?」
フーティアは首をかしげた。
「それに……」
もう一度、彼の胸元を見る。
「早く家に帰って、奥さんのそばにいたほうがいいんじゃないですか?」
エミールはいかにも照れくさそうに、手を上げて後頭部をなでた。
「ヴェルナー隊長にも、そう言われました」
「じゃあ、どうしてまだここに?」
「でも、切符が取れる便は、早くても明後日なんです」
エミールは苦笑した。
「一人で何もせずに二日も待つほうが、かえって落ち着かなくて」
そう言って、応接室のほうをちらりと見る。
「ですから、それまではここにいることにしました。副隊長の仕事はもうほかの者に引き継ぎましたが、使い走りをしたり、書類を届けたりするくらいなら、まだ少しは役に立てますから」
「上からあの命令は出ましたが、ヴェルナー隊長は私の休暇を取り消さずにいてくださいました。今回も隊長の指示でお二人をお送りします。送り届けたら戻ってきます」
フーティアは目をぱちぱちさせた。
「……立派ですね」
「ははは、そんな大げさなことじゃありませんよ」
エミールは手を振った。
「ただ、じっとしていられないだけです」
二人はエミールについて正門へ向かった。
フーティアは一度振り返り、フーティナの袖口をつかんだ。
『本当に行っちゃうの?』
『ひとまず、軍営からは出よう』
フーティナは彼女を引き、前を歩くエミールのあとを追った。
『ここにいたら、彼を余計に困らせるだけ。あとのことは、出てから話そう』
『うん……』
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ほどなくして、三人は軍営を出る車に乗り込んだ。
軍営の輪郭が、背後で少しずつ見えなくなっていった。
道沿いの建物は次第にまばらになり、窓の外もゆっくりと、郊外の畑や背の低い林へと変わっていく。
軍営を出て間もなく、フーティアは前の座席につかまり、半身を座席から乗り出して窓の外を見回していた。
隣のフーティナが、その服の裾をつかんだ。
「ちゃんと座って」
「ちょっと見たいだけで――」
車輪が浅いくぼみを踏んだ。
フーティアがぐらりと揺れたところを、フーティナがそのまま座席へ引き戻した。
「……わかったよ」
しばらくはおとなしくしていたが、すぐにまた、じっとしていられなくなった。
運転席のエミールを見る。
『エミールさん、きっと奥さんのことが大好きなんだね』
『見ればわかるでしょう』
『きっと、喧嘩なんて一度もしたことのない、お手本みたいな夫婦なんだよ』
『どうしてそうなるの?』
『だって、エミールさんはあんなに穏やかだもん』
フーティアは少し考え、もう一言付け足した。
『フーティナも、もう少し私に優しくしてくれたらいいのに』
『……私だって、十分穏やかなほうだと思うけど』
フーティアが振り向くと、フーティナは横目で彼女を見ていた――まったく説得力がない。
フーティアは思わず笑った。
そのとき、ふと一つ思いついた。
「あ、そうだ、エミールさん!」
「どうしました?」
エミールはハンドルをしっかり握ったまま、バックミラー越しに彼女を見た。
フーティアはぱっと背筋を伸ばし、目を輝かせた。
「女の子が生まれたら、名前に『フ』を入れると、すごく可愛いと思います!」
エミールは一瞬きょとんとした。
フーティアは話しながら、また前の座席へ身を乗り出した。
フーティナがそのスカートを引っ張った。
「ちゃんと座って。それから、よその子の名前を勝手に決めないの」
「参考にしてもらおうと思っただけだよ!」
「それは押し売りっていうのよ」
フーティアは顔を手で覆い、しょんぼりとエミールを見る。
「すみません……」
けれどエミールは、むしろ楽しそうに笑っていた。
「構いませんよ。それに……」
少し考える。
「あなたのお名前が、その成功例ですね」
フーティアはたちまち元気を取り戻した。
「ですよね!」
得意げにフーティナを見る。
『聞いた?』
『聞いたわ』
『やっぱり、可愛さっていろんなところに出るものなんだね』
『エミールさんが穏やかな人でよかったわね』
『おや? でも、怒ってるフーティナも可愛いよ』
『……褒め言葉として受け取っておくわ』
フーティアは目を細めて笑った。
エミールもバックミラー越しに二人を見て、つられるように笑う。
「本当に娘だったら、お二人みたいに元気な子もいいですね」
「それなら、きっとすごく可愛い子になりますよ!」
フーティアはすかさず答えた。
「それじゃ、騒がしすぎますよ」
フーティナが隣で淡々と付け加えた。
車内には、またすぐに笑い声が響いた。




