おねえさん、俺の主観で超かわいい
すみません…6/7の投稿ですが、下書きからの投稿順を間違えました。
今は訂正済なのですが、31話と32話を逆にしてました…6/7夜から6/8夕方までに読まれた方は、本来の31話を飛ばして読まれてしまっていると思います…
妙な静けさの残る広場。
俺はパタンと文庫本を閉じ、ベンチから立ち上がった。
少し前を行く彼女の背中を、一定の距離を保ちながら追う。
初夏の日差しが、アスファルトの表面で白く乱反射していた。
ウェイ先輩を広場に置き去りにした山葉さんは、真っ直ぐにメインストリートを歩いていく。
黒のオーバーサイズTシャツから覗く華奢な肩と、クラッシュデニムのショートパンツから伸びる白い足。歩調に合わせて揺れる、鮮やかなブルーのインナーカラー。すれ違う学生たちの視線が、磁石に吸い寄せられるように彼女へと向き、そしてざわめきと共に背中を見送っていく。
その中で、ロックな装いで歩くめちゃくちゃな美人という山葉さんの姿は、どうしても異彩を放っていた。
すれ違う男子学生たちが振り返り、女子学生たちがヒソヒソと耳打ちをする。
先ほどの広場では堂々と胸を張っていた彼女の背中が、今はほんの少しだけ硬く、窮屈そうに見えた。ブーツの足音も、心なしかさっきより少しだけテンポが速い。
慣れない種類であろう視線のシャワーに、やはり多少の居心地の悪さを感じているのかもしれない。
そんなことは多分知る由もないであろう声が聞こえてくる。
「お疲れーす。ねえ、いま暇? これから駅前行くんなら、一緒に行かない?」
すれ違いざまに、流行りのオーバーサイズのシャツを着たマッシュ髪に黒マスクの二人組の男が、ごく自然なノリで山葉さんに並走し始めた。フィクションにありがちなナンパ男というよりは、令和最新型のチャラ男な感じがする。
彼らの目は『生協の女神』に向けられるような、遠慮がちで下心のある視線ではない。派手な格好の女に対する、距離感の近い雑な絡みだ。
「てか、服めっちゃオシャレっすね。どこのやつ? よかったらこの辺でカフェでも――」
「は? ……あー、ちょっと用事あるんで」
山葉さんは歩みを止めずにかわそうとしたが、男の一人が横にスライドして進路を塞ぐ形になった。悪気はないのだろうが、結果的に行く手を遮られている。
彼女の細められた瞳に、はっきりとした嫌悪感と、ほんの少しの戸惑いが浮かぶ。
俺の足が、ピタリと止まった。
助けに行け。頭の中の何かがそう叫ぶ。
だが、足がアスファルトに縫い付けられたように動かない。
あんな風に人目につく場所で、見知らぬ男たちに割って入るなんて、普段から必死に余裕を取り繕っているだけの俺にはハードルが高すぎる。一歩でも踏み出せば、かろうじて保っている薄っぺらいメッキが、無惨に剥がれ落ちてしまいそうだった。
ポケットの中で、拳を強く握りしめる。掌にじっとりと嫌な汗が滲む。
山葉さんが、面倒くさそうに小さくため息をつき、自力で男をやり過ごそうと口を開きかけた。
――深夜のベランダで分かち合ったコーヒーの温度。俺の部屋でだけ見せる、隙だらけでだらしない表情。
山葉さんなら、自分で彼らをバシッと追い払うこともできるだろう。それは知ってる。
でも。
せっかく俺の言葉に乗って、窮屈な仮面を外してくれたのだ。こんなことで彼女に「やっぱりやめとけばよかった」なんて、少しでも嫌な思いをしてほしくは、ない。
気づけば、俺の足はアスファルトを強く蹴り出していた。
歩幅を早め、男たちの横をすり抜けるようにして、山葉さんの隣に並び立つ。
そして、考えもなしに、体の横に下ろされていた彼女の左手を、自分の右手で強く握った。
「えっ……」
山葉さんが小さく息を呑む音が聞こえた。
指先から、ひんやりとした彼女の体温が伝わってくる。俺の右手は、多分、小刻みに震えていた。
「すいません」
俺は、男たちの怪訝そうな視線を真正面から受け止めながら、できるだけ低く、平坦な声を作って言った。
「この人はこれから、俺と約束があるんで」
俺の言葉を肯定するように、隣から小さく、微かな声が聞こえた。
「……うん」
その消え入りそうなほどしおらしい声に、思わず視線を向けてしまう。
彼女と、とても近い距離で目が合う。
また、初めて見る山葉さんの表情だった。
溢れ出す何かをそっと包むようにして胸に手を当てて、俺を見つめる瞳は、濡れた輝きを放つようで。
俺は、少しの間見惚れてしまった。
男たちはそんな山葉さんと俺、そして繋がれた手を見て、一瞬きょとんとした。
「あ、え? ……あー、マジすか。連れの人? ごめんごめん、お邪魔しましたー」
彼らは特に食い下がることもなく、軽く手を挙げてあっさりと道を譲った。
俺は拍子抜けしつつも、握った手をぐいっと引き、そのまま歩き出した。
背後から何か声が聞こえた気もしたが、振り返らなかった。
ただ前だけを見て、繋いだ手に少しだけ力を込める。
少し遅れて、コツ、コツと、厚底ブーツの音が俺の足音に重なるようについてきた。
普段なら「急に何」とからかってくるか、茶化すようなことを言いそうなものだが、彼女はそれ以上何も言わない。俺の斜め後ろを歩くその足音は、先ほどのように広場に響き渡ることはなく、どこか遠慮がちで控えめだった。
繋いだ左手を通じて、ひんやりとしていた彼女の指先が、じんわりと俺の体温に馴染んでいくのがわかる。
そして、俺が込めた力に呼応するように、きゅっと、小さな力が握り返してきた。
なんとなく、手を放し難くて、そのまま歩いていく。
昨夜の方がよほどとんでもないことをしたはずなのに、ただ繋いだだけの手が汗ばむ。鼓動が早くなり、彼女に対する緊張感と高揚感が高まるのを感じる。
力を緩める。小さくて華奢なてのひらを、宝物のようにそっと包む。
誰だあの派手な美人は、何だあの横の男は、まったくお似合いじゃねー、という視線が集まるのがわかるけど、下は向かない。かなり恥ずかしいのだけど、山葉さんにそんな気持ちを悟られたくないから。
キャンパスの喧騒を抜け、人通りの少ない裏道に入ったところで、俺は歩調を緩めてチラリと隣を見下ろした。
青いインナーカラーを揺らす彼女は、わずかに俯き加減で、足元のアスファルトをじっと見つめていた。
さっきの男に向けたあの冷ややかでトゲのあるオーラは完全に鳴りを潜めている。薄っすらと朱に染まった耳たぶと、大人しく俺の歩幅に合わせてついてくる小さな肩。
いつもは俺をからかって遊ぶ余裕たっぷりの年上のお姉さんが、今はまるで、はぐれないように必死に腕にしがみつく子どものようだった。
「……ありがと。鈴木くん」
俯いたまま、顔を真っ赤にして、ポツリとそう口にした山葉さん。
そのあまりのギャップに、俺は先ほどまでの焦りとは全く違う、どうしようもなく甘くて厄介な眩暈に襲われる。
今更だけど、ホントに今更だけど……綺麗とか、カッコいいとか、なんかエロいとか以前に……この人、滅茶苦茶可愛いな、とか思った。
明日で完結(一部)です。




