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おねえさん、肉野菜炒めを作る

タイトル変えてみました。本文は最後まで書いてあるのでとくに変わらないです。

一時半。大学からアパートへ向かう途中にある中規模スーパー『マルセイ』。


 自動ドアを抜けて青果コーナーへ進むと、野菜の値札を真剣な顔で見つめている山葉さんがいた。


 服装は講義の時と同じ、上品なブラウスとフレアスカートだ。生活感あふれるスーパーの蛍光灯の下でも、彼女の放つオーラはやはり際立っている。


「山葉さん」



声をかけると、彼女はこちらを振り返り、あの芯の抜けた柔らかい顔へと戻した。


生協の女神としての『完璧な笑顔』から、少しだけ俺に見せる『素』の顔へと切り替わる瞬間。


「お疲れ。早いね」


「あの、スーパーで落ち合うって、一体……」


 俺が率直に尋ねると、彼女はカートを引き寄せながらあっけらかんと言った。


「んー。一緒にお昼ごはん食べようと思って。だから、鈴木くんの好きなのとかも一緒に買ったほうがいいでしょ」


「お昼? 山葉さんが作ってくれるんですか?」


「そ。いや、いつもコーヒー淹れてもらったり、カレー作ってもらったりしてるし、あたしも料理くらいできるからさ」


 生協の女神の手料理。それは食べたい奴がたくさんいそうだ。


 俺が面食らっていると、山葉さんは少しだけ視線を逸らし、ポリポリと頬を掻いた。



「……あと、今日は無性に肉野菜炒めが食べたい気分なんだけど、一人分作るの面倒じゃん。野菜も絶対余るし。だから、半分こしよ」



 理由がちゃんと「自分のため」なのが、彼女らしくていい。変な恩着せがましさがない分、俺も素直に「お言葉に甘えます」と頷けた。



 買い物が始まった。


 俺たちは並んでカートを押し、通路を進む。


「野菜炒め、何入れたい? キャベツと玉ねぎは確定として」


「俺は、ピーマンとかキノコ類が入ってると嬉しいですね」


「おっけー。じゃあしめじと、ピーマン……あ、こっちの袋の方が安い」


 山葉さんは素早い手つきで野菜を見定め、次々とカゴに入れていく。外見は手の届かない高嶺の花なのに、特売品の赤札を見つけて「ラッキー」と小さく笑う姿は、なんだかとても家庭的で地に足がついている。


「肉は豚バラでいい? こま切れより脂があったほうが美味いし」


「賛成です」


 会話のテンポが小気味いい。二人で今日食べるものを相談しながらスーパーを歩くこの状況。なんだか、休日に夕飯の買い出しをしている同棲カップルか新婚夫婦みたいじゃないか。


 そんなベタな錯覚に陥り、俺は一人で勝手に鼓動を早めていた。すれ違う主婦や学生が俺たちをチラリと見るたびに、『隣の美女と俺、どういう関係に見えてるんだろうか』と自意識が暴走する。


 だが、山葉さんはそんな俺のソワソワなど気にも留めず、「もやしは二袋いこ」と迷いなくカゴに放り込んでいた。


 買い出しを終え、二人でアパートに戻る。


 調味料や調理器具が揃っているからという理由で、調理は俺の部屋で行うことになった。


「お邪魔しまーす」


 慣れた様子で部屋に上がり込むと、山葉さんはブラウスの袖を肘まで捲り上げた。


「エプロン、貸しますよ」


 俺が普段使っている無地のカフェエプロンを渡すと、彼女は首からそれを掛け、後ろで紐をきゅっと結んだ。


「お、どもども。じゃ、早速作ろっかな」


「あ、俺も何か手伝いますよ。野菜洗ったりとか――」


「いーからいーから」


 俺が手を伸ばそうとすると、山葉さんはひらひらと手を振って遮った。


「今日はあたしが作るって言ったっしょ。鈴木くんはお客さんなんだから。そこ座ってて」


 そう言って、彼女はリビングのローテーブルの前に置かれたソファを顎でしゃくった。



淡々とした、なのに有無を言わさぬ響きに押し切られ、俺は大人しくソファに腰を下ろす。



 俺の部屋のキッチンは、単身用のアパートには珍しく、小さなカウンターがついた対面式だ。古い二部屋の壁をぶち抜いて広いワンルームにリノベーションされた訳あり物件なので、外観のオンボロさの割に無駄に広くて設備がいいのだ。いつもなら俺がキッチンに立ち、プロジェクターの映像を眺めながらコーヒーを淹れる場所。


 だが今、俺の視線の先には、カウンター越しにキッチンに立つ彼女の姿がある。


 細い腰のラインを強調するエプロン姿。見慣れた俺の城に、見慣れない『女神』が立ち、俺のために料理をしている。そんな異常事態を特等席で見せつけられ、俺はどうにも手持ち無沙汰で、落ち着かずにそわそわと膝を揺すってしまった。


 だが、調理が始まると、俺は彼女の手際の良さに素直に驚かされることになった。


「まな板借りるね」


 ざくざくと小気味良い包丁の音が響く。野菜は少し大きめに、でも火が通りやすいように均一に切られていく。俺がアヒージョだのシャクシュカだのを作るときのように、いちいちレシピを確認したり分量をきっちり量ったりするような神経質さはない。だが、雑なようでいて、無駄な動きが一切ない。


 フライパンに油が引かれ、豚バラ肉が炒められる。色が変わったところで野菜が一気に投入され、ジュワァァッ! という派手な音と共に、食欲をそそる匂いが狭い部屋に充満した。


 ごま油と醤油、それに少しのニンニク。


 俺が気取って焚くお香や、自家焙煎のコーヒーとは全く違う、暴力的なまでの『生活の匂い』。だが、それがたまらなく胃袋を刺激する。


「はい、おまたせー」


 ほどなくして、ローテーブルに二人分の大皿が並べられた。炊飯器からよそった白飯と、山のような肉野菜炒め。


「いただきます」


 一口食べて、俺は思わず目を見開いた。


「……美味しい」


「でしょ」


 シャキシャキとした野菜の歯ごたえと、少し濃いめに味付けされた豚肉の旨味がたまらない。白飯が無限に食える味だ。そして何より気になったのは、そのバランスだった。



「これ、普通のお店で食べる肉野菜炒めより、全然肉が多いですね」


 俺が言うと、山葉さんは得意げに鼻を鳴らし、箸で豚肉をふりふりと揺らした。


「この方が絶対おいしいと思う。ってか、普通の肉野菜炒めって、ほぼ『野菜炒めの肉添え』じゃん。肉を探しながら食べるの、ストレスだし」


「確かに……言われてみれば、その通りですね」


「自分で作るときくらい、肉は主役張らせないと」


 そう言って、山葉さんは大きめに切られたキャベツと豚バラ肉を一緒に口に運び、幸せそうに目を細めた。豪快に食べているようでいて、彼女の箸先は一欠片の野菜も取りこぼさないし、咀嚼音一つ立てない。その矛盾した上品さが、俺の目にはひどくアンバランスに映った。


 が、それはそれとして真面目に美味い。


 俺の作る小洒落た料理――見栄を張ってスパイスから調合するカレーなんかとは対極にある、欲望に忠実で、合理的で、抜群に美味しい家庭の味。


「鈴木くん、食べるの早いね。ご飯おかわりする?」


「いただきます。これ、本当に箸が止まらないんで」


「たーんとおあがり」


「なんでおばあちゃんなんですか」


「なんとなく」


 よそ行きの緊張感など微塵も感じさせない、無防備に崩れた頬。


 窓の外からは少し湿った初夏の風が吹き込み、部屋の中はごま油の香ばしい匂いに満たされている。


 肩を並べて食べる昼食は、驚くほど穏やかで、満ち足りた時間が流れていた。


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