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悲しむ暇が命を分ける

 メイドは語る。


 先ほどの報告の繰り返し。

 すでに聞いた面々が出だしで察して、悲鳴をあげて顔を背けるなか。






 彼女はキッチン部所属のメイドらしい。


 その役割は調理だけでなく、食材や備蓄の管理にも及ぶのだが、



 どうやら職権濫用、というか不正で、


 ちょくちょく地下の食糧庫から保存食を持ち出し、実家に送っていたらしい。



 その是非を問うのは今ではないとして。


 つい先ほども彼女は、


「どうせ年末の余りものだし、いいよね?」


 とシュトーレンを盗みに入っていたのだという。



 そして、まんまと誰も気にしていない救世主生誕祭の菓子をゲット。

 一旦私室へ置きに戻ろうと廊下へ出たとき、



 1階へ続く階段から、こちらへ誰かが降りてくる足音がした。



 それも複数人。何やら会話も聞こえる。


 マズい。

 いわゆる銀蝿(ぎんばい)行為がバレては大問題になる。

 直で奥にある地下牢へ放り込まれるまであるだろう。


 彼女は咄嗟に倉庫へ引き返し、入り口の角でしゃがみ込んだ。

 地下倉庫は閉じ込め防止のため、扉が付いていない。

 隠れなければ存在がバレてしまう。


 まぁ普通は作業しているフリか、奥に引っ込んでやり過ごすと思うが。


 だが、これが功を奏することになろうとは。


 そのまま息を殺して様子を窺っていると、



『まったく、こんなことしちまって大丈夫なのかよ』



 聞こえてきた声は、なんとも具体性に欠ける、


 ゆえに好奇心を煽るものだった。



 彼女が廊下の様子へ意識を向けると、より鮮明に会話が聞こえてくる。



『やっちまったモンはしょうがねぇよ』

『むしろオレぁ、コソコソ隠してねぇでアピールしたらってよ』

『とにかくどうすんだろうなぁ。どうなるんだろうなぁ』



 男が3人といったところ。

 もはや


『隠れなければ』

『見つかりたくない』


 という警戒はどこへやら。


『隠す』

『どうなる』


 なんて言葉に釣られ、ドキドキしながら待っていると、



 ついに男たちが目の前の廊下に差し掛かる。


 浮ついてすらいた彼女の目に飛び込んできた光景は、



 このときの衝撃は、声を上げなかった自分を褒めたいくらいだという。


 それと同時に、声もないのは当然だった気もするとか。



 現れたのは、まず1人の若い男。

 何やら後ろ向きで歩いている。


 その手が不自然に伸ばされているのを見て先を追うと、


 誰かの脇に差し込まれている。


 力なく垂れ下がった腕。

 低い位置で、床と並行に浮いた上半身。


 誰かを持ち上げ、運んでいるらしかった。


 それだけならまぁいい。


 この先は地下牢だ。

 誰ぞ()()()()()ヤツが放り込まれるんだろう。


 問題は、


 運ばれている人間の様子を見るに、どうやら意識がないこと。


 その背中から赤い雫が垂れていること。


 血に染まった部分以外は青く、金糸で飾った服に見覚えがあること。


 そもそも、



 力なく目を閉じた青白い顔が、




 フリードリヒ殿下のそれであること。











 報告がここまでたどり着いてしまった。


 別に聞かなければ殿下が生きていらっしゃる、なんてことはない。


 私と殿下なんて、年末から北方のご親征まで。

 半年にも満たない付き合いでしかない。


 言い方は悪いが、クレッケル卿ほど役に立ってくれた覚えもない。


 もちろん異性としてロマンスを感じたこともない。



 それでも。


 それでも、胸の中に寂寥(せきりょう)感があるというか。


 むしろ大事な何かを失った感覚がある。


 庭に吹いた風が、胸の穴を撫でていった気がした。



 だが、そんな感傷を目から溢している場合ではない。


 話はまだ終わっていないし、私には傅役としての立ち場がある。











 死体もロクに見たことがない彼女。

 それが殺されたものであり、


 よりによって殿下であり。


 当然最初は声もない。

 体も強張って動かない。


 だがそのおかげで


『でも、こんな事件があっても、オレたちの名前は歴史に残らねえよなぁ』

『ただの死体運びだしな』

『せいぜいハインリヒ殿下と少しのお偉いさんくらいだろ』

『刺す役でもやりゃ違ったか』

『オレむしろ殿下殺しで歴史に刻まれたかねぇよ』

『それが悪名か英雄かも、今後のハインリヒ殿下次第だな』


 運ばれる殿下と運ぶ2人の男。

 あとは地下牢の鍵を持った男が通りすぎていく。



 やり過ごせた。



 もし角に隠れず、倉庫整理のフリでもしていたら。

 普通に見つかり、目撃者として同じ地下牢に眠らされたかもしれない。


 その恐怖から解放されたか。

 あるいは引き返してきた場合を想定したか。



 彼女は打って変わって、

 地下から出る階段へと走り出した。






 その後彼女が逃げ込んだのが、マルグリット殿下のお部屋ということだ。


 一刻も早くお伝えせねばと思ったのか。

 男たちの会話から


『ハインリヒ殿下が首謀者』


 と結論づけて、ここしか対抗する力がないと判断したのか。


 どちらにしろ、彼女がもたらした報告によって、


「おそれながら、殿下。

 このことは何か、ハインリヒ殿下とご相談されていたり……」


「そんなわけないでしょう! ふざけないで!」


「ははっ! でしたら、



 一刻も早く脱出いたしませんと、殿下のお命も危険であるかと」



 マルグリット殿下は九死に一生を得た。






 その後ご一行は着の身着のままでデュートリッヒを飛び出し、



 マルグリット殿下は北方方面軍へ助けを求めて東の前線の方へ。

 場合によっては、神聖鉄血帝国への亡命も視野に入れるらしい。



 一方で、この事態をいち早くベルノへ、王妃殿下へお伝えせねばならない。


 ということで彼が駿馬を駆り、一人こちらへ戻ってきたのだという。











「使者は道中、


『フリードリヒ殿下には謀反の疑いがあった。

 ゆえにハインリヒ殿下が陛下の遺命より、これを討ち果たした』


 と吹聴するのも聞いたと申しておりました!」

「なんとも用意周到だな」


 報告が終わって我に帰るも。

 それはそれで唖然としてしまう。


 陛下の急なご最期も、毒でも盛られたんじゃないかと思うレベルだ。

 いや、侍医曰く急ではないのだが。



 だが今は科捜研の女になっている場合ではない。


 隣を見れば、アデライド殿下が硬直している。

 呆然と、椅子と一体化して木像になってしまったかのようだ。


 泣かなくてよかった。

 私が泣いている場合ではないんだ。



 こういうときこそ殿下を支え、お守りするのが私の使命なのだから。



「殿下。急ぎましょう」

「何、を?」


 脳まで木というか、石になってしまったのかもしれない。

 殿下の返事はあまりにも脊髄の『反応』であり、思考が機能していない。


 だが向こうは兵の調達から虚報の流布まで、スムーズに計画が進行している。

 ということは、だ。



「全てが用意周到に仕組まれています。



 我々も今すぐ逃げ出さなければ、手遅れになってしまう」

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