悲報
ベルノ商工会の偉い人と会談したあとだったと思う。
陛下のご崩御を隠すべく、表向きの動きはいつもどおりに。
だが王妃殿下は内々の差配に忙しい。
嫡流の殿下は全員不在。
代わりにアデライド、ドミニク両殿下がご公務に出られることも増えた。
庶流だからな。
後継者レースになりかねない仕事には手を出さない。
そうでない代打は増える。
という仕事を終えて帰り、ホッとひと息の昼下がり。
「ドミニクとトゥルネーさまはまだ帰ってらっしゃらないのね」
「そのようで」
「じゃあ2人には悪いけど、お茶にしましょう!」
で、準備をして、天気がいいから庭に出て。
さぁ飲もう、ってタイミングだった。
「フリードリヒ殿下が、デュートリッヒにて、
ハインリヒ殿下の手により、あえないご最期!」
「……は?」
なんだって?
フリードリヒ殿下が?
どうしたって?
最後?
何が最後?
殿下として扱われるのが?
ご親征の戦いが?
最期?
手により
ハインリヒ
「あつっ」
「あっ、ごめんなさい」
足先に感じた熱で我に帰る。
あぁ、よく悲報訃報に触れて
『持っていたグラスを落として割る』
なんて話を聞くが。
逆にアデライド殿下は硬直して、ポットを持ったまま。
ただ、驚いた際に手の中でズレたんだろう。
ポットが傾いて、注ぎ口から滝のようにハーブティーが落ち、
跳ねた雫が私の足まで跳んできたようだ。
騎士のころのように鎧を着ていたら、感じなかったかもしれない。
とりあえず殿下を椅子に座らせる。
「君」
「はい!」
振り返れば、侍従の青年はまだ片膝ついてそこにいる。
今は見たことがないほど息を切らしているが、普段は私も馴染みの顔だ。
だから知っている。
彼はジョークを言うようなタイプではない。
もっとも、そういうヤツでも言わないレベルの不謹慎さとは思うが。
「他に何か、詳しいことは知っているのか」
「その」
彼は私ではなく殿下を見る。
『彼女の前で話していいのか』
そんな葛藤がある。
対してアデライド殿下は、黙して深く頷いた。
『お話しなさい』
と。
彼はこの話を、マルグリット殿下の密使から聞いたらしい。
顛末をまとめると、こういうことだそうだ。
まず一行は
ハインリヒ殿下
その付き人たち
マルグリット殿下
付き人たち
フリードリヒ殿下の傅役であるドイブラー卿
50名ほどの護衛騎士団
という構成だった。
で、ルートとしてはルッツ=エール経由。
これには元より、ハインリヒ殿下が一度自領に寄りたい意向もあった。
しかしそもそも、白十字王国は山が多い。
山間を縫うような、道幅が狭まく見通しが悪い道も多い。
そういうところは山賊に襲われやすいのだ。
連中は山があればそこかしこにいるが、アンヌ=マリーは遍在しない。
ということで、大都市を繋ぐ大通りを選ぶのは当然だった。
つまり、
この時点では誰も、ハインリヒ殿下の計画には気付かなかった。
動き始めたのは、ルッツ=エールでの宿泊を終えたところから。
ハインリヒ殿下が言い出したのだとか。
『我々はいち早く兄上に報せなければならない』
『1日遅れるごとに10の、100の政務が滞るのだ』
『1分1秒でも早ければよく、急ぎすぎるということはない』
『また、1分1秒でも遅れれば、それは遅きに失するのだ』
『ゆえに「治安がいいから」と、タラタラ大筋をなぞっていたのでは遅すぎる』
『ここは多少は難ある路でも、真っ直ぐ突っ切るべきだ』
と。
もっともらしい話だが、実際はそうでもない。
多少迂回しても平地を走ったほうが、あえて難所を登るより早いものだ。
だが幸いにして(結果不幸を招くが)、無理なレベルの高山はないこと。
何より、中央の、城の中で生きる人々には
あまり平地と登坂の違いがイメージできなかったこと。
それらの要因で、一行はハインリヒ殿下の勢いに押し切られた。
おそらく陛下の死が思考力を奪っていたのもあるだろう。
プロの軍人でも、動揺や興奮で判断を間違えるヤツは多い。
だから、
『しかし山道では山賊どもが、という可能性もある。
騎士団の人員を追加しよう。
前線に置いてくれば、増援にもなる』
という意見にも、誰も異議は唱えなかった。
その後の顛末を考えたら、根回ししていたんだろうな。
都合500名の、ハインリヒ殿下の息が掛かった騎士団が加わることとなった。
かくして運命の日。
ついにご一行はデュートリッヒに到着した。
あぁ、すでに起きてしまったことでも、結末は知っていても。
どうしても救いを求めてしまう。
今すぐ逃げてほしい。
唯一天が微笑んだことは、マルグリット殿下の体調不良だった。
激しいショックからの、休む間もない長旅だ。
体力が落ちていたのだろう。
殿下は熱っぽさを感じたらしい。
それで、これから強行軍でベルノへ帰るフリードリヒ殿下に感染すまい、と。
報告にあがるのを遠慮なされたのだ。
この話を持ってきた男は、マルグリット殿下の近習だ。
だから『現場』を見ていない。
殿下が休んでおられる客室の隣に詰めて、疲れたふくらはぎを揉んでいたとか。
そうしてぼんやり休んでいるとことに、
『いやあああああ!!』
殿下の悲鳴が、壁越しに伝わってきたらしい。
慌てて部屋に飛び込んでみれば、そこには
シーツを被って震える丸い塊となった、おそらくマルグリット殿下。
力なく座り込んだり、壁に手をついたり、卒倒すらしている女性の近習たち。
そしてデュートリッヒ城に勤めるメイドがいた。
彼女もまた、床に両膝をついている。
殿下へのご報告に身を低くしている、というよりは、脚が力尽きたようだ。
駆け付けた男たちに思わず振り返った顔は、その場の誰より
青白く、瞳孔が開いていたという。
その顔は如実に語っている。
彼女が一番ショックを受けていること、
話を聞いただけの人とは違い、
それを見たことを。
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