ひとつ負けるたび
フューガ・フォン・ミュラーの一人称で始まった本作。
最近三人称が多すぎる。
誠に申し訳ない。
だがひとつ言い訳をさせていただくなら。
「ぐおぉぅ……」
トレッリの一人称的内面描写など、誰も興味はないと思うのだ。
それに、アデライド・ドミニク両殿下にすら与えられていないものだ。
トレッリの活躍など、フリードリヒ殿下やクレッケル卿未満である。
そんな彼が今何を考えているかというと。
第一の即物的な感覚は
『すごく胃が痛い』
なのだが。
第二というか、その原因は
『頭が痛い』(慣用表現)
である。
その原因の原因といえば、もうお察しだろう。
本日の敗戦の報告である。
いい加減ハインリヒが怒ることにも慣れた方がいいのだろうか。
それとも慣れたら人として大切な何かを失うのだろうか。
それは分からないが、
『ご天気ひとつで殺されかねない』
というトレッリに、安全圏からどうこう言うものではないだろう。
そういえば、たびたび出るこの『ご天気』なる言葉。
今更の説明になるが、本当の天気ではなく
『王のお気持ち、お考え』
のことである。
それでも進まねばならない。
報告に上がらねば、その方が命はない。
普通の天気の方は夕焼けが美しい。
そこに賭けるしかない。
賭けても意味はない。
というか、血のように赤い空はおそらく縁起が悪い。
半ば体を壁に預けるようにして進むトレッリ。
壁に掛けられた松明から火の粉が飛んでくるのも、気にする様子はない。
それにしても、今まで敗戦や失敗の報など山ほどしてきたろうに。
何を今日はそんなに苦しんでいるかと言えば、
「申し上げます」
「おう」
トレッリが要塞・城主の間に入ると。
ハインリヒは玉座にて、足組み頬杖で彼を待っていた。
そろそろ夕飯だとか浮つく様子もなく。
隣のシュトラッサー卿と雑談していた形跡もなく。
椅子にドカリと座り、部屋の入り口へ正体し、じっと見据え、
トレッリが現れるのを待ち受けていた。
これ自体はいい報せを待ち侘びる人だってそうするだろう。
機嫌が窺える仕草ではないが。
下手に機嫌いいところから逆さまに落とす方が怖いこともある。
何より、
(圧が強い)
それだけでトレッリには大問題である。
さすがに王者の放つプレッシャーそのものには慣れた方がいいと思うが。
だが、トレッリの頭痛の種はこれではない。
ハインリヒが閻魔のように待ち構えているなど、彼には知りようもないのだから。
なのでこの程度で止まってはいられない。
奏上文を読み上げようとしたところで、
「負けたらしいな」
サラッと。
しかし報告の芯を先制されてしまう。
「あ、ええ、はい、ええ」
『見透かされている』という更なる圧。
単純に言うべきことを失った空白。
トレッリのしどろもどろが加速する。
まぁ、考えるまでもなく。
昼間の敗戦が今まで王に伝わっていない方が問題なのだが。
ではなぜトレッリが今更報告に上がるのか?
「で、どう負けたんだ」
詰まってしまった彼に代わり、ハインリヒから諮問する。
なんなら、これこそがトレッリの
『死にそうなほどの腹痛』
の原因と分かっているかのように。
分かったうえで弄ぶかのように軽く。
もっとも、ハインリヒがトレッリの体調を崩して知っているべくもないのだが。
トレッリは震える手で書簡を広げる。
が、その内容が頭に入らない。
文字が暗号に使われる知らない記号か、幾何学模様か、現代アートか。
とにかく脳が情報として処理してくれない。
ほんの少しの眩暈で、視界がブレているのも原因かもしれない。
なのでトレッリは事前に読み込んだ記憶遠頼りに報告する。
「ヒアリングした内容にはよりますと、その、
『味方主力部隊の寝返りが相次ぎ、前線が瓦解した』
とのことで……」
「ほう」
ハインリヒのリアクション、気配は特に変化がない。
それが怖い。
もちろん直接怒鳴られたり過激な言葉を連発される方が怖い。
それは当然である。
が、そうならなくても怖いのがハインリヒという男の面倒さである。
にしても、本当の面倒さは
(なぜ怒らない?)
トレッリの疑問こそが真理だろうか。
本来なら確実にキレ散らかす、
『自身を裏切ったヤツがいる』
というシチュエーションに、急に怒らなかったりするのだ。
母親の投降すら許さなかったくせに。
トレッリの腹痛の種は、ここに集約されているというのに。
人物としての一貫性がない。
初志貫徹できないとかではなく
『性格が急に別人のようになる』
対話する際の傾向対策が一切意味をなさない。
わざとやっているかのようだ。
だが、縮こまるトレッリと違って。
シュトラッサーは知っている。
「おいシュト爺。寝返ったヤツがいるってことは、だ。
敵側と連絡を取っているヤツがいるってことだよな?」
「土壇場で裏切る可能性もなくはありませんが。
密に段取りを組んでいる場合の方が多いでしょうな」
「おう」
ハインリヒは満足そうに頷く。
こういう、あえて調子がよさそうに振る舞うときほど
「てことは、だ。
まずはソイツらを粛清するところからだよな」
更なるマジギレのタイミングまで、爆発を取っておいてるにすぎないのだと。
『あのときオレはキレるのを、寛大な心と自制心で我慢した』
『それが踏みにじられた今こそ、声を張り上げて大噴火する権利がある』
と、謎の許しを自身に与えるための前振りであるのだと。
『酒やら性行為やらを毎日するより、欲求を溜めてやった方が快楽が強い』
みたいなことに似ているだろうか。
ただ、シュトラッサーはハインリヒとの付き合いが長い。
ある意彼が持つ怒りのエネルギーに麻痺した男では感じにくいかもしれないが、
「そうだな。連中の中心のひとり、フューガ・ミュラー。
アイツは長らく南方方面軍にいたんだったな。
内通者がいるとすりゃ、そこの可能性が高いか。
まず手始めに、ソイツらを拷問しろ」
すでに邪悪なものが漏れ出ている。
【お知らせ】
毎日投稿を続けていました本作ですが、別サイトでのコンテストに投稿する作品を
執筆している関係で下書きのストックがなくなりました。
どうか広いお心で、しばらくお待ちください。
1ヶ月もお待たせはしない予定です。




