60.真紅の吸血鬼
「吸血鬼の起源に関しては、正直なところ闇の中だ。というよりも、この世界で生まれた者ではないため、分かっていないと言ったほうが正確だろう」
初回は、グライトの街周辺に分布するモンスターの概説。
二回目は、それぞれのモンスターのちょっと突っ込んだ特徴。あと、冒険者ギルドへの登録についても少々。
そして、授業の最終日となる今回は、吸血鬼に関しての講義。
今まで通り冒険者ギルドの会議室に集まって、挨拶もそこそこにマークスさんの鉄仮面授業が始まった。
「この世界で生まれたのではないということは、別の世界からやってきたということになりますよね? いったい、どこから?」
「それも、不明だ」
まさか、地球の吸血鬼が関係しているのか。
本條さんが食い気味に問うが、あっさりと跳ね返されてしまった。
マークスさん、ぶれねえ。
あの本條さんを前にして平然としていられるとか、それだけでひとつの才能じゃない? だから、ギルドマスターなのか。
「元の世界で神の迫害を受け、この世界へ逃げ延びたという伝承もあるが証拠はないな」
「神の迫害……。魔女狩りのことでしょうか? しかし、その程度ならどうとでも解釈できますよね……」
本條さんが指で毛先をくるっとしながら、自分の世界に入る。
完全に無意識の仕草だが、ものすごく絵になっていた。実際、イラストにしてアップしたら超バズりそう。俺だったら、いいね100万回押すわ。
というか、カイラさんもそうだったけど、並行世界の存在は当たり前に受け入れられてるんだな。
まあ、水の精霊とかいたし、当たり前と言えば当たり前なんだけど……。このオルトヘイム以外にも、ファンタジー系の世界が存在するってことになるよな?
ネット以外の世界も広大だ……。
「でも、魔女狩り程度であの吸血鬼が逃げ出すとは思えないんだけど」
メフルザードなら、確実に返り討ちだ。
「それは……。もっと弱い個体だったか……。それとも教会が強力で……いえ、いくらなんでも、それはないですよね」
弱い個体だとしたら、世界を越えられるのかという疑問が残る。さらに、歴史の闇に消えているらしいが、オルトヘイムの吸血鬼の祖だ。いくらなんでも、弱いってことはないだろう。
そして後者の場合、社会の裏に王立国教騎士団とか、十三課とかが存在しているということになりかねず……。
具体的には、ロンドンが危ない。
「余計な口を挟んでしまいました。続けてください」
「迷い込んだ吸血鬼は、ある隠れ里にたどり着いた。そこは、今では存在自体を抹消され名も失われた特殊な思想を信奉していたという」
「特殊な思想? 世界は2D6で支配されているとか?」
「にでぃーろくというのはよく分からないけど、それは思想ではなく妄想ではない?」
となると、弾圧された宗教の信徒ということだろうか?
吸血鬼がその集団を支配したとか、そういうパターンかな?
「その集団は、極めて危険な思想を持っていた。即ち、平等・公共・解放」
「それは……」
「危険というか、随分と進んでいるというか、危険だなぁ……」
世界全体を見たわけじゃないが、思想が進みすぎているというのは分かる。
いるよね。
言ってることは間違ってないけど、現実に合わない人って。
そういう集団って、最終的には自分の正しさを盲信して周囲を攻撃し出すんだよなぁ。
「個人所有を否定し、共同で生産を行うことで、貧富の差は解消され真に平等な世界が訪れるという、まあ、妄言だな」
「それって……」
共産主義じゃないですか。やだー!
「しかし、その集団も理想論過ぎることは分かっていたようだ。人には到達不能で、できたとしても悠久の時がかかると」
その実験、地球で一回失敗してるんですよ。
いやでも、普及する前に限界に気付いたことは評価できるんじゃ?
「ゆえに、彼らは吸血鬼になることを望んだ」
吸血鬼になれば、時間は無限。
血で命があがなえるのなら、農作業も必要ない……いや、違うか。
指導部だけが吸血鬼化しようとしたんじゃないか? 人間が指導するから共産主義は実現しないわけで、そこに人外が絡めばまた異なる結果が出るかもしれない。
それって結局、神権政治と変わんねえよな。
まったく評価できねえよ。思想の限界に気付いたのに、なぜそこを突破しようとしてしまったのか。
「というか、吸血鬼にしろと強要したのでは?」
マークスさんが、その名の通りの鉄仮面でうなずいた。
「流れてきた吸血鬼を捕らえて祭り上げ、幹部たちを吸血鬼へと生まれ変わらせたようだ」
「なにそれこわい」
逃げ込んだ先で、そんな目に遭うとは……。さすがに同情せざるを得ない。
人間こそが最も最も最も恐ろしい。
怪獣映画かよ。
「当初はそれなりに上手くいっていたようだが――」
「外に、思想を広めようとして滅ぼされた?」
「そういうことだ。外からだけでなく、内部対立もあったようだな」
「そりゃ、外から来た最初の吸血鬼のシンパもできるか」
悪人はいなかったはずなのに、この末路。切ないけど、残念ながら当然の結末とも言える。
どんな高邁な思想も、強制しようとした時点で地に落ちるんだ。
だから、納期のために残業や休日出勤を強要してはならない。
……まあ、出ますけどね?
「こうして、思想を持つ吸血鬼は滅ぼされ、そうでない吸血鬼は闇に潜った」
「他者から見たら、思想の有無は区別できないですからそうなってしまいますね」
「ゆえに彼らは秘密主義だ。国の目が届かぬ僻地で君臨するか、街中に狩場を構築しているか。どちらにしろ、表に出てくることはほとんどない」
うんうん、異世界でも仮面舞踏会の掟みたいなのは存在するんだね。
吸血鬼は、闇の中から支配してなんぼでしょ。いきなり昼間に軽く出てくるとか論外。
そういうところなんだぞ、メフルザード。
「彼らは高い魔力を持ち、独自の魔法を行使し、基本的に不死だ。身体能力は人間を軽く凌駕するうえ、多数の下僕を従えていることも多い。もし冒険者ギルドに討伐依頼が来たら、レイドチームを編成することになるだろう」
吸血鬼はレイドボスかぁ。
メフルザードの実力を目の当たりにしているので、わりと素直に納得できる。
もっとも、下僕に対処するためのレイドチームっぽいので、あのレベルのバケモノがぽこぽこいるってわけじゃなさそうだけど。
……いられても困る。
「でも、弱点はたくさんあったわよね」
カイラさんの相槌に軽くうなずくと、マークスさんが指折り数えていく。
「許可されなければ他者のテリトリーに入り込めず、流れる水を渡ることができず、鏡に映らず。火と太陽の光に晒されれば灰となり、心臓に白木の杭を打たれると永遠の生に終止符が打たれる」
この辺は、地球の伝承と同じだな。
記憶操作して弱点のことは抹消するなんて、貴族みたいなことはやっていないらしい。
「ダンピールの吸血鬼ハンターも弱点なんじゃ?」
「それは伝承の類だな」
いなくもないのかな?
どっちにしろ、接触は難しそうだ。
それに確認すべきは、弱点そのものじゃなくて、弱点を克服している場合の対処法だろう。
「弱点を弱点のままにしているのって、ちょっと間抜けな感じがするんですけど?」
「過去の討伐記録によると、確かにいくつかの弱点が無効化されたというケースがあるようだ」
「その場合は、どうしたんです?」
「すべての弱点を克服している者は少ない。よって、他の弱点を突くか、通常の攻撃で弱らせてから改めて弱点を攻めたようだ」
「なるほど……」
レベルを上げて物理で殴れみたいな話になってきたな。
ある意味、当然と言えば当然なんだけど……。
……あ。
天属性の防具が必要な人発見。
吸血鬼は、絶対に欲しがるよな。
となると、そうか。
吸血鬼の高い魔力がポーション作りに適してるみたいな感じだろうか?
聞けばいいか。
マークスさんの目をしっかりと見つめ、俺はふと気付いたように……まあ、事実そうなんだけど、疑問を口にする。
「そういえば、薬師ギルドと吸血鬼って、なんか関係あったりするんですか?」
「……なぜそれを」
思わずと言った感じで問い返し、目を大きく見開くマークスさん。
いつもの鉄仮面は、どこかへ行ってしまった。
……あれ?
もしかして、俺、なんかやらかした?
前回の更新後、多くの評価を頂き一時的に日間ランキングにも入っていた様です。
ありがとうございます。
というか、いきなり評価人数が100を越えてびっくりです。
これからも頑張ります。