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ゼーン ~戦火に咲く灰色の花~  作者: ちゅーおー
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第19話

視点:バレーノ




がやがやと騒がしい町並みを走り抜ける

目の端に映る人々は、不思議そうに俺を見た

だがそんな様子は気にならない


先日は初めて見た光景かのように心踊った世界も、今はまったく違って見える

何も目に止まらない

ただ前を見て走った


俺には助けなくちゃならない人がいるんだ


中心にそびえ立つ大きな城の周囲には湖があり、そこにかけられた4つの橋によって城下町は4つの地区に区分される

この城下町は主に商業で成り立っていた

その中でもこの北地区はさまざまな商業が盛んだ


無論、そこには奴隷商業も含まれる


俺はただ地面を蹴り、まっすぐにその商業を取り締まる人物の屋敷を見据えていた


頭にある思いがよぎる


何十年も奴隷としていた場所…

怖くないと言えば嘘になる


ただ顔色を伺う白黒のような世界

他に何も見えなかった世界


そこに戻った時、俺はどうなるのだろうか


頭を振り、嫌な考えを振り切る


なにがあろうと、あの二人を助けると決めたんだ

そのためならなんだってしてやる


人混みをかき分け走り続ける

今はもう聞こえなくなったアムンストの声が耳の中で響いている

その声は、西地区の中でまだ途絶えていないだろうか


俺はピタッと立ち止まった

そこで初めて、思っていたより自分の息が荒くなっていることに気がつく


口を手の甲でおさえて、息を落ち着かせる

そしてきっと目の前にそびえる屋敷を見上げた


町長の屋敷―


入り口に立つ門番が俺に見覚えがあるのか、怪訝そうに見ている


俺は深呼吸をして、まっすぐに門を見つめた

鉄の格子でできているその門は、それほど高くない


かつての俺なら絶対に思わなかった考えが浮かんだ

胸騒ぎがする

だが少し…ワクワクもする


俺は門へ向かってダッシュした

門番がさっと前へ出て槍を構えるが、すばやくそれをすり抜ける


そして地面を強く蹴り、鉄の格子を掴む

その手に力を入れ、ぐいっと体を持ち上げた


体が軽い

楽々と門を飛び越える


やっぱり俺は普通じゃないんだな―

そう思いながら門の向こう側へ着地した

門番が唖然とする中、俺は再び走り出した


俺が用があるのは、俺の元主だけだ


屋敷の中を全力で走り抜ける

数日前までずっといた場所だ

迷うわけもない


見慣れた使用人も、奴隷も、皆驚いた様子で俺を見る

だが俺はお構いなしに走り続ける

そんな俺を咄嗟に止められる人はいなかった


その勢いのまま、一番奥の大きな扉を力強く開けた

いつもの…古びた書物の匂いがする


大きな本棚に、大きな机に積まれたたくさんの書類―

見慣れたその部屋には、数人の使用人と…俺が使えていた人がいた


その人は白髪にしわの多い顔を上げる

きゅっと体が強張った

そして俺を見や否や、嬉しそうに笑顔を見せる

それを見てふっと力が抜けた


染み付いた感覚に嫌気が差す


聞き慣れた声が聞こえた

「あぁバレーノ!帰ってきたんだね…いい子だ」


…その言葉にかつての俺なら、どんなに嬉しくなったことだろう


だが今は違う


俺はまっすぐに町長を見つめた

「…俺はもう、あなたの奴隷ではありません」


町長はなおも笑顔で続ける

「だがここへ来たということは、帰ってきてくれたということだろう?」


「俺はあなたの元へは帰りません」


そう断言すると、町長の笑顔はさっと消えた

手に変な力が入る


「なら、なんの用だ」

町長の声が低くなる


怖じ気づいちゃだめだ―


俺も負けじと口調を強める

「今日、西地区に派遣した奴隷二人の契約を解除してください」


町長は鼻で笑った

「はっ、あんな低級奴隷ごとき買い取ってやっただけでも感謝すべきなんだぞ?なのにあいつら生意気な顔しよって…なぜあんな物の契約を解除しなくちゃならんのだ?」


無意識に手をぎゅっと握りしめる

「西地区にアムン…怪物が現れました。しかしあの二人はあなたの命令のせいで逃げることができません。だから…お願いします」

俺は頭を下げた


…返答はない


俺はゆっくりを顔を上げる

町長は俺には目もくれず、書類を書いていた


…どうでもいい、ということか


そして町長は顔を上げてあごをさすり、ゆっくりと口を開いた

「ほう…物騒だな。どうりで西地区へ通じる扉が閉まっていたのだな。それはなんとも…気の毒に」


いかにも自分は関係ないと言いたそうなその口調に、俺はピクッとした


町長はにこりと笑う

「お前が戻ってきてくれるならば解除してもいいぞ。お前はいい子だから、これからもちゃんと面倒みてやろうじゃないか」


俺ははっきりと言った

「それは…できません」


「なぜだ?」


「俺には俺の道があります。それはここではありません」


「お前の居場所はここだろう?」


「…それはあなたが歪ませた過去でしょう?」


そこで初めて、町長は眉を潜めた


俺は畳み掛ける

「俺の過去は真っ暗です。物心ついた時からあなたの奴隷であったという過去は偽物でした。ですがあなたはそれを俺にずっと隠してきた…違いますか?」


町長は黙った

ちらりと周囲に目をやると、使用人がわずかに動いている


おそらく武器を手にしたのだろう

穏やかにはいけなさそうだ


そしてそばにある時計に目をやる

2時34分…時間がない


と、町長が静かに口を開いた

「…そうだ。私は50年ほど前にお前を見つけた。ちょうど隣町から帰るときに通った森でな。その時からお前はなにも覚えてなかった。だから好都合だと思って連れて帰って働かせてやったんだ。驚いたよ。何年たっても見た目もなにも年を取らない。これは使えると思ったね」


…この人はやはり人を物としてしか見ていないのか


「それ以前のお前の記憶なんて知ったことじゃない。ただ働かしているうちにお前が勝手に失った記憶に奴隷の記憶を刷り込ましただけだ」


刷り込ました…それは俺が望んだのだろうか

からっぽの記憶よりも、偽物の記憶を埋め込むことを選んだというのか


…今の俺に真実はわからない


町長はまたにこりと笑った

「バレーノ、私にはお前が必要だよ。帰っておいで?失った記憶に悩み、苦しむ必要なんてない。私のところで、大切にしてやるから」

優しい口調で俺に話しかける


…惑わされるもんか


俺には仲間だと言ってくれる人がいる

自分で見つけたい答えがある

ここに戻る理由なんてない


この人と俺はもう関係ない

俺が縛られることはないんだ


「…俺はもう戻りません」


町長の顔が冷たくなる

そして鋭い、低い大きな声で言った

「バレーノ、私に逆らうのか?」


ビクッと体が縮こまりそうになるのをこらえる


負けるもんか

俺は俺だ

もうこの人と俺は主人と奴隷じゃないんだ―


きっと町長を睨み、強い口調で答えた

「えぇ…そうです…!」


町長はため息をつき、椅子に深くもたれる

そして使用人たちに目配せした

すると使用人たちは各々背後に隠していた剣を抜き、俺に近づく

力ずくということか


使用人は全員で四人…怖くはない

アムンストに比べたらどれだけ楽なことか


使用人たちはバラバラなタイミングで剣を振りかざす


なんて単調な動きだろう

短刀を柄にさしたまま帯から抜き、さっと振り落とされる剣をかわす


短刀を習ってまだ全然たっていないが、この使用人たちには十分対応できる

これも人間じゃない証拠か


一人が体制を建て直す前に短刀の柄で頭部を思いっきり殴ると、その人は地面に突っ伏した

強すぎたか…?


と、二人同時に剣を振り落としてきたため、しゃがんでかわし、順番に腹部を柄で殴る

するとうずくまって動かなくなった


最後の一人はやけになって横向きに剣を振ってくる

そこで初めて短刀を抜き、刃筋で受け止め、腹部を思いっきり蹴り飛ばした

その人は町長の机まで飛ばされる


町長は唖然としていた

俺はつかつかとそんな町長に歩み寄り、机に足をかける

そして短刀をまっすぐに町長に向けた

町長は青ざめ、その剣先を見つめる


…さまざまな思い出がよみがえる

この人に捧げたこれまでに、白黒の世界に別れを告げるように、俺は微笑んで言った


「今まで、ありがとうございました」


町長は我に返ったように俺の剣先を避けながら席を立ち、あわてふためいた様子で部屋を飛び出した


そんな人を追うつもりはない

ばっと町長の机の1つの引き出しを開ける


以前入れていたのを見たことがある

奴隷契約書を入れている場所だ

もっとも、ここに俺の契約書は入れていなかったようだが


ここにあの二人の契約書もあるはずだ

それを破り捨てれば、契約は解除される

あの二人を助けられる


だが、目の前の大量の契約書を前に、俺はその手を止めた


あれ…これは…


頭に1つの、疑問が―


俺は…どうしたらいい?




第20話へ続く

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