第18話
視点:プラーミャ
静かな町に不気味な声となにかが壊れる音が絶えず響く
この町の普段の様子では到底聞こえることのない音
でも私は聞きなれている音
私にはこんな音がお似合いだ
アムンストは羽根の槍が再生しては私に向かって飛ばしてくる
咄嗟に判断しなくてはならないとはいえ、端的な技でやられるほど私はやわじゃない
軽々とかわして進んでいく
徐々にアムンストの雄叫びに怒りの感情が読み取れてきた
ハビアンに言われたことがある
私はどんな時でも冷静に物事を判断し、的確な道を選ぶことができると
褒められているのか、この間のようにもっと感情を出せとたしなめられているのかわからないが、間違っていないと思う
相手の様子を伺う
このアムンストは知能型ということもあり、かなりの知性があるようだ
攻撃を繰り返すうちに私が次に着地する所、走っているうちに当たる所を読んで槍を飛ばしてきている
…こんな点に瞬時に気づけることが私の長所なのだろう
ハビアンに言われないと、私はこれが長所だと気づきもしなかっただろう
メディウムにいなければわからなかったこと…そんなことが増えるのは、少し嬉しかった
私も規則通りに動かないように、周囲の建物を利用して縦横無尽に動きながら距離をつめる
問題はこの先だ
アムンストは空を飛んでいるほうが私に有利だとわかっている
このまま距離をつめても、上手く攻撃はできないだろう
どうしようかな…
攻撃を避けながら考える
と、アムンストは両翼の槍を同時に飛ばしてきた
避けようと身構えるが、どちらも私のいる場所からそれた方向に飛んでいく
まさか―
一瞬ひやりとする
が、その槍はどちらも私の横の建物の上部に突き刺さる
ほっとした
二人にはまだ気づいていないようだ
疲れたのだろうか?
アムンストも疲れた様子を見せることはある
だがまだこのアムンストはそんな様子には見えない
それは空を静かに飛びながら、こちらをじっと見つめている
…なにか企んでいる?
ふっと、地面が暗くなった
いや、私の周囲に―なにかの…影?
パッと上を見る
すると、巨大な瓦礫が私めがけて降ってきていた
…なるほどね
わざと槍を二本とも近くの建物の上部に突き刺して、崩したのか
それも私の頭上めがけて落ちるように計算して
下部を突き刺してもその建物の場所で崩れるだけで、私を巻き込むことはできない
それを考えて上部のみを狙ったのだとしたら…
だがさほど動じたりはしない
とりあえず避けようとしゃがみ、右腕に力をいれた
普通ではないこの腕は並の人間よりもはるかに力があるため、地面に亀裂が入る
そしてそのまま地面を蹴り出した
同時に右手で押し出すと、地面に水平に飛び出せる
無事地面が明るい所まで抜け出した
背後で大きな音と、鈍い風が吹く
結構大きな瓦礫だったのか
振り返ると、その大きな瓦礫をはじめ、私が通ってきた道は地面も建物もひどい様子だった
あちこちに槍によって空けられた穴があり、地面は亀裂が入り、レンガがえぐり出され、壊れた建物の瓦礫が散乱している
普段の騒がしい町並みとはうって違うであろうその様子は、私には見慣れたものだった
この何十年もの間にアムンストとはたくさん対峙してきた
アムンストのタイプにもよるが、建物の多い地区で戦う場合にはこの様子は避けようがない
が、今回は少し違う
…この様子を見ている人がいる
私の位置からあの二人は見えない
今頃普段聞くことのない凄まじい音におびえているのだろうか
様々な理由でアムンストと私たちが戦う時に人間が居合わせたことはあるが、逃げられないなんて事情はほんの数回だけだ
その度に私たちはなんとか彼らを守りつつアムンストを倒してきた
…その人間たちは最後には皆私たちを恐れ、逃げるように去っていった
そんな様子の彼らを、どうして助けられたと言えるのだろう
私たちが新たな恐怖となっただけじゃないか
だがもう慣れてしまった
今回の二人だってきっと変わらない
私は彼らを本当の意味で助けることはできない
アムンストの雄叫びでふと我に返った
らしくない―
考えても仕方なのないことを考えてどうするんだ
私はどう思われようと、彼らの命を助けたい
それだけじゃないか
アムンストのほうを振り返る
近くの建物の中で時計を見つけた
2時9分…バレーノはもう北地区にはついただろう
そこでバレーノは決断を迫られる
わかっていた
私は彼に重い決断が降りかかることをわかっていて彼を見送った
この影で生き、影で人を助ける私たちの立場を、彼はきっと痛感する
罪悪感はあるが、これしか手はなかった
いづれ知るべきことならば、今日知ってもらう
彼の決断を無下にしないためにも、私は戦わなくてはならない
あの二人を助けるのは、彼だ
私はその手助けができればいい―
地面を数回蹴り、走り出す
今度はすぐに近くの高い建物の壁に飛び移り、素早くよじ登る
アムンストは案の定、雄叫びをあげ私が登る先に再生した槍を飛ばしてきた
―こんな時、いつも不思議と胸騒ぎがする
私は…この状態にワクワクしている?
高揚感に近いこの気持ちは、私の体の内側の力を最大限に押し出してくれる
右手に力をいれる
思いっきり自分の体を持ち上げ、アムンストの目測よりさらに上へ飛んだ
勝負は一瞬―
飛んできた槍の根本に足をかける
バレーノに向けられた槍を蹴り飛ばしたときに槍の固さはわかった
力を強くいれても問題はなさそうだ
一瞬で体制を整え、強く、蹴り出した
そのまま驚いた様子のアムンストに向かって飛ぶ
そして宙で一回転して思いっきりアムンストを蹴り落とした
アムンストは大きな音をたてて地面に叩きつけられた
同時に土煙があがる
届いた
ほっと胸を撫で下ろす
建物の上に着地した瞬間、間髪入れずにまた蹴り出す
槍を再生させる時間も、飛び出す時間も与えない
一気につめる
まっすぐにアムンストに向かい、その急所を貫くために右足を振りかぶる
もらった―
次の瞬間
―っ!?
振りかぶった右足に鋭い衝撃がはしった
後ろに飛ばされる
着地しようとするも右足に激痛が走り、そのまま転がった
すぐさま起き上がり、足を見る
太ももに大きな傷があり、血がみるみる流れていた
まるで…槍がかすめたかのような―
アムンストの気味の悪い声がした
まるで笑っているようだ
パッと顔を上げる
土煙がおさまり、アムンストの姿が徐々にくっきりとしていく
槍は片方はまだ再生しない
もう片方の槍も、叩きつけられた状態で出せるとは思えない
いったいなんで…
土煙の中のアムンストは、まだ体制をきちんと立て直してはいない
その羽根はやはり折り畳まれていた
槍が飛ばされた様子はない
…羽根からは
くっきりと姿を現したそれを見て、私は言葉を失った
その片方の手首付近には…小さな鋭い槍が生えていた
もう片方の手首に槍はない
と、目の前でその槍が再生する
それは、つい先程その手首から槍がなくなったこと―槍を飛ばしたことを物語っていた
…そうか、なぜ羽根にだけ槍があると決めつけていたんだ
我ながら驚きの盲点に動けずにいると、アムンストは素早く体制を立て直し、バッと飛び出した
慌てて腕を使いかわそうとしたが、アムンストは私には目もくれずあっという間に羽ばたき、私が通ってきた道へ飛んでいく
―まさか!
立ち上がると鋭い痛みが右足を襲う
だがそんなこと気にしてはいられない
アムンストの後を追って走る
空を飛ぶ生き物と足を怪我しながら走る生き物…スピードには明確な差があった
なんでもっと速く走れない?!
走れ!速く!速く!
頭で思っていても足は言うことを聞かない
あぁ、私はバカだ―
少女の甲高い悲鳴が聞こえる
だめだ、これじゃ、このままじゃ―
アムンストは気づいていたのだ
二人がいることも、私が二人から離そうとしていることも
だから敢えて私を離して、羽根以外の槍も隠して攻撃していたのだ
もっと確実に、絶望のなかで人間を殺すために―
なんとか二人の姿が見えた
二人は路地裏から出でアムンストから逃げ出そうとしているが、空を飛ぶ怪物から逃げるすべはもうない
アムンストは黙って二人をみつめる
まるで手中の獲物が最期の悪足掻きをするのを見ているように―
お願い、もっと速く、速く!
助けないと、助けないと、私は、これ以上誰も…誰もっ!
頭の中だけが焦りに包まれる
だが体はその焦りに答えてはくれない
目の端に映った店の時計は、2時15分を示していた
まだ時間はある
まだ、まだ戦える!
だから―
アムンストは気味の悪い雄叫びを上げ、羽根を大きく動かす
「嫌だぁっ!!」
無意識に伸びた私の手は、虚しく宙を切った
第19話へ続く




