第15話
視点:バレーノ
静まり返った町で、確かにその声は聞こえた
避難は完了しているはずじゃ…?
俺もプラーミャも立ち止まり、声の主を探す
声の主は建物と建物の間の冷たい影が覆い被さった路地裏にいた
俺と同い年くらいの少年と、10歳くらいと思われる少女だ
同じ髪の色、目の色、顔だちも似ているところから見ると、この二人は兄弟なのだろう
二人とも薄い麻の服を着て、裸足だった
そしてその二人の鎖骨付近には、見覚えのある紋章があった
奴隷―
俺たちはゆっくりと二人のいる路地裏に入っていった
俺が黙ったままでいると、少年が再び
「お前…バレーノだよな?」
と俺に尋ねた
そうだと答え終わる前に、その少年は俺に詰めより、胸ぐらを掴んできた。
突然の出来事に俺もプラーミャも驚いていると、少年は大きな声で怒鳴った
「お前の!お前のせいで!俺たちは…」
少年はそこで黙った
下を見ると、少女が少年にぎゅっと抱きついていた
少年はまだ何か言いたそうだったが、唇を噛み、おとなしく手を離した
俺は何も言えないでいた
少年の表情にはもちろん怒りがこもっていたが、そこには確かに悲しみと絶望も映っていた
息の上がった少年は自分を落ち着かせ、再び俺をきっと睨んだ
「主の一番のお気に入りさんは俺たちの顔すら覚えてないんだな」
そうか、彼らは北地区にいる町長の奴隷か
そう言われると見たことがある気もする
西地区によく物品の運送を任されていた奴隷は何人かいた
その中に兄弟と思われる奴隷がいた…と思う
でも…はっきりとは覚えていない
「お前がいなくなったせいで主は仕事も上手くいかず、更に奴隷にきつくあたるようになった。奴隷たちの仕事も増えて、ろくに眠れなくなった!なのに…」
少年はまっすぐに俺を睨む
「それなのにお前は服も紋章もなくなって…なんで、なんでお前だけ自由になってるんだよ!」
俺は何も言えなかった
背中に冷たい水をかけられたような感覚に陥る
そうだ、なんで俺だけが自由になってるんだ
人間じゃないから?普通じゃないから?
まだ同じ立場で苦しんでいる人がいるのに、俺は…自分が自由になったことをいいことに…
なんだ、結局俺は立場が変わっても、周りのことなんて全然見えてなかったんじゃないか―
その時、ポンと強く背中を叩かれた
プラーミャが俺の前に立つ
少年のほうをまっすぐに見据える
「それが彼の運命だったからよ」
「運命?それは俺たちが更に苦しめる方向へ進むことが正しいのか?!」
「違う。そうじゃない。誰しも与えられた道でまっすぐに進むことが正しいの。彼には他の道があって、彼がそれを見つけただけ」
「なんだよ、俺たちには他の道がないのに、バレーノにだけそんな明るい道があるって言うのか?!」
「…あなたは知らないだけ。今の道だって、まっすぐ進んでいればそれだけで人間は美しいの。バレーノの選んだこの道だって、決して明るいものじゃない。それでも彼は、この道を進むと決めたの。それだけよ」
プラーミャは俺のほうを見ることなく少年の言葉にたんたんと答える
その言葉は全て、俺に向けられたものではないのに…俺の心を包んでくれるようだった
それぞれの道をまっすぐに進めばそれが正しい…か
背筋がピンと延びるような感覚になった
だが少年はなおも怒りが収まることはなかった
「はっ、わかったよ。お前もバレーノと同じ化け物なんだろ?人間じゃねえからそんなこと言えるんだ!」
ピタリと空気が静かになった
プラーミャは動かない
だが間違いなくその表情はひきつっただろう
俺は咄嗟にプラーミャを庇うように立ち、少年を睨んだ
少年は俺のほうを見て怒鳴る
「俺は知ってたぞバレーノ。たまたま主が客人に話してるのを聞いたんだ。お前らは普通じゃない。気味の悪い化け物だ。そんなお前らに人間のことなんてわかるか!」
「お兄ちゃん!」
少年の背後でずっと黙っていた少女が大声で言った
少年ははっと口をつぐむ
俺も、プラーミャも、何も言わなかった
俺は冷静だった
化け物…か
やはり人間からみたら俺たちはそうなのだろうか
少年が本心で全て話したわけでないことはわかった
辛く、苦しい現状で、その原因とも言える俺と、その俺を蔑む要素があるのだから、咄嗟に出てしまったのだろう
だがそれでも、プラーミャにまでその言葉をぶつけるのは筋違いだ
少年はうつむき、ただ一言ごめんと言った
その震えた声が、悔しさを、悲しみを、強く物語っていた
しばらくの間、誰も言葉を発することはなかった
風向きのせいで、沈黙の続く路地裏に物音をたてるものはない
その沈黙を破るようにプラーミャが重い口を開いた
「…避難の指示は出ていたはずよ。どうしてまだここにいるの?」
少年と少女は表情を曇らせた
そして少年がぽつりと言った
「…逃げられないんだ」
「…?どうして?」
少年は静かに続けた
「…主の命令で…西地区の得意先に物品を手渡せと…でも得意先の人たちはもう逃げてしまった…だからまだ命令に従えていない」
プラーミャはなぜ従うのだと言いたそうだったが、俺がそれを止めた
俺には彼らの言葉の意味が痛いほど理解できたからだ
主の命令は奴隷にとって絶対
奴隷の命に関わる命令を除き、その他の命令は契約化される
契約は一度結ばれたら、その後どのようなことがあっても必ず遂行しなくてはならない
それに従わなかった場合、紋章を通して全身に致死量の電撃が流れる
…言うことを聞けない物はいらないということだ
そのことを教えると、プラーミャの表情が再びひきつった
俺は焦る気持ちをおさえ、少年に尋ねた
「いつまでに届けろと言われた?」
「…午後…3時までに」
俺とプラーミャは急いで路地裏から出て近くの店にある時計を見る
…午後1時半
まずい
アムンストをこの地区から引き離すことはできるのか?
それが無理なら、アムンストが西地区を出ることはない
西地区は広いが、二人が見つかるのも時間の問題だろう
…調査を諦めてアムンストを見つけ次第すぐに倒したとしても、避難した人たちがすぐ戻ってくるとは限らない
どうする…どうする?
突然、ぶわっと胸が浮き立つように騒いだ
まさか…!
パッと周囲を見回すと、陳列する建物のある1つの屋根の上に…黒い生き物がいた
アムンスト―
昨日のやつとは違い比較的すらっとした体で、やはり黒く固い鎧のような、うろこのようなもので全身覆われている
そいつが気味の悪い声で叫ぶ
すると背中から黒く骨ばった羽根のようなものが広がり、それを一振りした瞬間―黒い槍のようなものが俺たちめがけて飛んできた
嘘だろそんなことができるのか
俺は動けなかった
体がすくんだように動かない
槍が、まっすぐに、俺めがけて―
と、金属と金属がぶつかり合うような音がした
プラーミャが横から蹴りで槍を近くの建物のほうへ蹴り飛ばしたのだ
槍が建物にめり込む大きな音が西地区に響く
間髪いれずにプラーミャはコートからピストルのようなものを取り出し、真上に向かって引き金を引いた
瓦礫の音に続き、乾いた音がこだました
空に合図のように赤い煙が上がる
アムンストは再び槍を飛ばしてこようと羽根を広げる
俺たちは少年と少女のいる路地裏に逃げ込んだ
そこでプラーミャはまっすぐに俺を見て言った
「応援を呼んだ。多少は私一人でもこの子達を守って戦える。…君はどうしたい?」
俺は二人を見た
あまりの出来事に二人とも震えている
俺は今まで誰にも興味をもたず、自分がこうであればそれでいいと思って、彼らのようにたくさんの人を苦しめてきたんだろう
そんな俺が、今だからできること…自由になったからこそできること―
俺には…なにができる?
俺はプラーミャのほうを向き、まっすぐにその赤い瞳の目を見つめ、答えた
「…北地区へ行ってくる」
プラーミャは瞬き1つせずうなずいた
そして続けた
「気を付けて。決して、答えを間違えないで」
その瞬間は、なにについての答えなのかわからなかった
だがそれを聞き返す時間などない
俺は路地裏を飛び出し、アムンストの雄叫びが聞こえる中、それに背を向け走り出した
第16話へ続く




