第1話
砂海を往く巨大な砂上船『サンドアーク』。
甲板から見渡す限りの黄金色を見つめていると、はるか遠方に、世界三大都市の一つ『エジプティア』の巨大な城壁が姿を現した。
目的地を視界に捉えつつも、俺は甲板の片隅に腰掛け、背嚢から取り出した精密ドライバーとスパナをせっせと動かしていた。数日前、催眠魔法を使う魔物との激闘で、右腕のガントレットを派手に破損しちまったからだ。
「チッ、排気弁のネジまで歪んでやがる。いくら緊急出力とはいえ、熱効率の計算を過信しすぎたな……」
ボヤきながら微調整に没頭していると、頭上から場違いなほど爽やかな声が降ってきた。
「君のゴーグルとガントレット、実に興味深い機構だね。エネルギーの分散処理が独特だ。……君も学者かい?」
見上げると、そこには明るい茶髪を後ろで一つに結んだ、いかにも育ちの良さそうな青年が立っていた。背中には、厳重に布で包んだ長物を背負っている。
「違う。……だが、似たようなもんだ。俺は職人兼――第二の勇者だからな」
「第二の勇者? ふふっ、面白いね君」
青年は俺の突飛な肩書きにも嫌な顔一つせず、楽しそうに微笑んだ。
「そうだ! 何かの縁だ、お近づきの印に」
彼が差し出した掌の上には、干からびた小さな種。そこへ彼が水筒から水を一滴、ちょんと垂らす。
次の瞬間、種が凄まじい勢いで脈動し、芽吹き――一瞬で美しい一輪の砂漠の花へと急成長した。
「すっげぇ……!? マジかよ、どんな理論だそれ!? 細胞分裂の速度とエネルギー変換がイカれてるぞ!」
(魔力じゃねぇ……こいつ、植物の『遺伝子情報』そのものを外部から書き換えて成長を爆発させてやがる……)
「ふふっ、君とはまた会える気がするよ」
唖然とする俺の手のひらに花を転がすと、青年は風のように爽やかな足取りで、そのまま砂上船の内部へと消えていった。
……何者だったんだ、あいつ。
「ふぃー……。やっと着いた……」
サンドアークを下船した俺は、巨大で重厚な外壁に囲まれたエジプティアの大門を見上げていた。
ここから先は厳重な検問だ。魔族の内通者や凶悪犯を警戒し、兵士たちが目を光らせて俺の荷物を調べ上げる。自作のガジェット群を「怪しい兵器じゃない!」と説明するのに一苦労したが、なんとか無事に通過。活気あふれる大都市の中へと足を踏み入れた。
「まずはガントレットの予備パーツを買える、質の良い武器屋を探すか」
人の波と喧騒をかき分けながら歩いていると、賑やかな大通りから少し外れた路地に、ひっそりと佇む白壁の小さな教会を発見した。不思議と、見ているだけで肩の力が抜けるような静けさがある。
吸い込まれるように敷地へ足を踏み入れると、庭の花壇を一生懸命にお世話している可憐な修道士の少女と目が合った。
「あら、こんにちは! 旅人様、お祈りですか?」
「え? いや、俺は……その、武器屋を……」
彼女のあまりにも屈託のないマイペースな空気に圧倒され、神なんてハナから信じちゃいないはずの俺は、ズルズルと礼拝堂へ案内されてお祈りをする羽目になってしまった。
神像の前での気まずい沈黙の後、俺は照れ隠しに、さっき砂上船で貰った『一輪の花』を彼女の前に差し出した。
「これ、道中で手に入れたんだ。……その、花壇にでも飾ってくれよ」
「わあ……! なんて綺麗な花でしょう! ありがとうございます、神様に一番近いところに飾らせていただきますね!」
「か、神様にか? いや、ただの砂漠の花だぞ……?」
「ふふ、旅人様がくださったのですもの。神様もきっとお喜びになりますわ!」
両手で大切そうに花を抱え、満面の笑みを浮かべる少女の姿に、俺はすっかり調子を狂わされつつも、不思議と悪い気はしなかった。
「ふふ、ようこそ旅の方。その機械の腕……もしや武器屋をお探しかな?」
礼拝堂の奥から現れたのは、仕立てのいい修道服を纏った、気品あるおじいさんだった。この教会の最高責任者・シリウス大賢者らしい。
「な、なぜわかった!?」
「年寄りの勘というやつさ。エルよ、少しこの少年と街へ出かけておいで。案内が必要だろう?」
「はい! えーと、旅人様のお名前は……?」
「あ、ああ。オグン・アルケムだ!」
「エル・ウィングスですわ。よろしくお願いしますね、オグン様!」
シリウスの粋な計らいで、俺はエルに街を案内してもらうことになった。
まずはエルに引っ張られ、「すごく美味しいんですよ!」という言葉に押し切られて砂漠名物の肉料理屋へ。スパイスの効いた肉を腹いっぱい堪能してから、ようやく城下町で一番大きな武器屋へと向かった。
「ごふっ」
少し食いすぎてしまった。
武器屋に入ると、入り口のベンチで自作らしき大型銃砲を調整している、片目にモノキュラーを着けた黒髪ツンツンに上げている少年が目に留まった。彼は俺が通り過ぎる瞬間、チラリと俺の右腕を見てフンと鼻を鳴らした。
「熱量の消費効率が悪すぎるな。可動部の摩擦係数も計算していない。そんなオモチャ、あと3回使えば排気圧で暴発するぞ」
「――ああん!?」
初対面の奴に、いきなり俺の発明品の核心的な弱点をブチ抜かれた。図星なだけに、めちゃくちゃムカつく!
「なんだとテメェ! いきなり人のガントレットをオモチャ扱いしやがって!」
「事実を指摘したまでだ。エネルギーのロス率が42%を超えている。計算式が甘いんじゃないか?」
冷徹な目で言い返す黒髪のツンツン銃使い。カチンときた俺が胸ぐらを掴みかけようとしたその時、店の外から爽やかな声が響いた。
「おや、本当にまた会ったね」
「あ! さっきの『花のやつ』!?」
明るい茶髪を揺らして微笑む、砂上船のあの青年だ。俺はすかさず、黒髪の少年が持っているライフルを指差した。
「おい花のやつ、お前はどう思うんだ! この生意気な男が持ってる、無駄にでかい砲筒はよ!」
「これかい? 精度は高そうだが、無機質に過ぎるね。君のガントレットと同じで、金属の歪みと排熱処理に縛られている」
「「はあ!?」」
俺と黒髪少年の声が重なる。青年は、自分の背負った木の槍を愛おしそうに撫でながら、さわやかなスマイルを浮かべた。
「ふたりとも視野が狭いんだ。機械や金属に頼るから思考が硬直する。生の循環――自然の理を知る者こそが真の合理主義者さ。君たちの鉄クズは、熱力学すら克服できていないじゃないか」
「てめぇ、俺の構造計算を鉄クズ呼ばわりすんじゃねぇ!」
「俺の『アストラペ』の電磁誘導回路を鉄クズだと? 気安く口を叩くな自然野郎」
互いに青筋を立てて互いの理論をぶつけ合い、一触即発の睨み合いになる三人。
「うふふ! オグンさんの周りは、面白いお友達がいっぱいですね!」
横でパチパチと手を叩き、楽しそうに笑うエル。俺たちは即座に、声をそろえて叫んだ。
「「友達じゃねぇーーーーッッ!!!」」
声が見事にハモり、俺と黒髪の少年は互いに顔を背けた。
「やれやれ、ふたりとも声を荒らげて……。いいかい? 自然とはすなわち調和であり、全ての命は循環の理の中に――」
「人の話を聞け、自然野郎!!」
「……ダメだ、こいつ会話が成立しねぇ」
騒がしい武器屋を後にし、次に向かったのはエルが行きつけだという怪しげな占いの館だった。
薄暗い紫のカーテンをめくると、そこにいたのは若いお姉さんなのだが、なぜかお婆ちゃんのような口調で喋る妖艶な美女と、その背中に隠れる気弱な少女だった。
「エルよ、いらっしゃい」
「リーリエ様、また来てしまいましたわ。カルナちゃん、こんにちは!」
「こ、こんにちは……っ」
カルナと呼ばれた少女が怯えるように身を縮める中、館の主・リーリエは俺の顔を一瞥するなり、怪しく目を細めた。
「ふむ……鉄と火の匂いがするのう。そして――“偽りの英雄”が抱く小さき灯火は、やがて大いなる赤に呑まれる……」
「あ? 偽りだぁ?」
「気をつけい、少年。予言とは定まった運命にあらず、波紋の如きもの。じゃが……エジプティアの空は、もうじき昏く染まるぞ」
胡散臭い占い師の言葉に俺は眉をひそめつつも、胸の奥に不気味な冷たさを感じていた。
すっかり夕刻遅くなってしまい、不穏な言葉を頭の隅で打ち消しながら、俺たちは並んで笑い合い、夕日に染まる教会への帰路につく。
「遅くなっちゃいましたね。シリウス様、心配してるかも」
エルが「ただいま戻りました!」と、教会の重い木扉を重く押し開ける。
――だが。
そこに待っていたのは、温かな明かりが灯る日常ではなかった。鼻を突く、濃密な血の匂いと焦げた赤黒い魔力の臭気。
ヴァアアアアアアアッ……!!
教会の奥から響き渡る、地鳴りのような獣の咆哮。
暗がりの聖堂の真ん中で、胸を激しく掻きむしり、赤黒い不吉な魔力を吹き荒らしながら――獰猛な狼男型の魔物へと変貌していくシリウスの、絶望的な姿がそこにあった。




