第六話 縁を求めて
今回は、「縁」をテーマにしたお話です。
長く続いた縁がほどけたとき、それは本当に「失った」ということなのか。
そして、縁結びとは誰かとの縁だけを結ぶものなのか。
千灯庵を訪れた、ひとりの女性社長のお話です。
彼女は今年で三十八歳の会社社長だ。
十年前、高校から大学までを共に過ごした友人たちと美容に関する食品会社を立ち上げ、会社を今や八十人の社員を抱えるまでに育て上げた。努力と美貌、そしてひたむきな行動力で、ここまで築き上げてきたのだ。
しかし昨年、最後まで残っていた立ち上げメンバーが出産を機に退職。
気づけば、創業の夢を共にした仲間は誰ひとり残っていなかった。
そんな折、偶然目にした広告に息をのむ。
そこには、かつての仲間二人が並んで微笑んでいた。彼女に一言の相談もなく、新会社を立ち上げていたのだ。
しかもターゲットは「子育て中の主婦」。自分とは対照的な世界だった。
胸に渦巻いたのは怒りと戸惑い、そして深い疎外感。
「私は、置いていかれたのだろうか……」
その思いに突き動かされ、彼女は夜更けに千灯庵の戸を開いた。
奥の間には霊狐が背を丸めて座り、金色の瞳を光らせていた。
灯主は静かに彼女を迎え入れる。
「あなたはお守りを求めて、ここへ来たのですね」
彼女は焦燥を隠さず答えた。
「一番効き目のある縁結びのお守りをください。私は急いでいるのです」
灯主は言葉を返さず、ただ茶を淹れて席へ戻ってきた。
香り高い緑茶が注がれたのは、長く日常使いされてきた骨董の茶碗。
高級な名器ではないが、落ち着いた艶を帯び、継ぎの金が静かな光を放っていた。
彼女は茶碗を手に取り、金継ぎの線を指先でそっとなぞった。
「器は……こうして繋げられるけど……」
言葉は途中で途切れ、視線は沈む。
霊狐はにやりと笑い、尾を揺らした。
(人間ってのはな、自分が知らないことに関しては、たいてい頭でっかちで鈍感なもんさ)
その皮肉は彼女には届かない。
ただ灯主だけが耳にし、静かに茶をすする。
「器も、人の縁も……欠けやひびを抱えたまま、なお繋ぎ直すことはできるのですよ」
灯主の声に、彼女は茶を一口含んだ。
胸に広がる温もりが、思わず言葉を引き出す。
「社員は八十人になりました。でも……仲間はもう誰もいないんです。気づけば離れてしまった。
もしかすると、私は嫌われてしまったのかもしれない。このままでいいのか……」
その声に導かれるように、彼女の胸から独白があふれ出した。
昨年、出産を機に退職した仲間に、無神経な言葉をぶつけてしまったこと。
大学時代、婚約を破棄されて泣いていた友人を突き放してしまったこと。
そして、新会社を立ち上げた仲間たちが、実は家庭や夫婦関係で悩んでいたのに、耳を貸さなかったこと。
一つ一つの記憶が、心の奥を刺すように蘇る。
灯主は静かにうなずき、優しく言葉を添えた。
「それでも、あなたは立派に歩んできました。八十人の社員を導き、社長として胸を張れるほどに。
仲間が去ったとしても、あなたの成功と誇りは誰にも奪えません」
彼女は深く息をつき、小さな笑みを浮かべた。
「最初に求めた縁結びのお守りは、もう必要ないかしら」
そうつぶやいた。
けれど、帰り際に彼女が手に取ったのは、「商売繁盛」のお守りだった。
自分はやはり社長であり、会社を守ることこそが使命だから。
数日後。
仕事の合間にスーツのポケットへ手を入れた彼女は、小さな布の感触を覚えた。
取り出すと、それは「縁結びのお守り」だった。
いつの間にポケットへ入ったのかはわからない。
けれど、その柔らかな感触は、不思議と彼女の胸を温めた。
「これは……私が私自身と結んだ縁」
彼女は小さく微笑み、再び前を向いた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
誰かと歩く道と、自分ひとりで歩く道。
人生の中では、その形が変わっていくことがあります。
離れてしまった縁を無理に元へ戻す必要はないけれど、
「あのとき、もう少し相手のことを見られていたら」と気づくことは、これからの縁を変えてくれるのかもしれません。
そして今回の縁結びのお守りは、誰かを連れてくるためのものではなく、
彼女自身が、自分の歩いてきた道ともう一度結び直すためのものだったのだと思います。
千灯庵では、ときどき本人が求めていたものとは少し違うものが、そっと手渡されることがあります。
次に戸を開くのは、どんな方でしょうか。




