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コズミック・ドリフター④偽りの楽園(リゾート・ユートピア "セレネ・ガーデン")  作者: naomikoryo


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第九話:偽りの楽園を揺るがす声

情報提供者との接触の時刻が迫っていた。

場所は、ホテル・アルテミス最上階のスカイラウンジ・バー「月の涙」。

その名は、この星から見える巨大な母星が、まるで涙を流しているかのように見える気象現象に由来している。


リラは夜景のよく見える窓際の席に、一人で座っていた。

いつもの白いワンピースではなく、少し背伸びをした大人びた黒いドレスを、華奢な身体にまとっている。

それは彼女をさらに人形のように美しく見せたが、同時に周囲の誰をも寄せ付けない、冷たいオーラを放っていた。


紫紺の瞳は、眼下に広がるセレネ・ガーデンの美しい夜景ではなく、バーの入り口をただ静かに見つめている。


同じ時刻。

ホテルのメインロビーでは、もう一つの計画が実行に移されようとしていた。


陸は数十人のピクシーたちと共に、ロビーの巨大なクリスタル柱の陰に身を潜めていた。

ピクシーたちの顔には、もう以前のような無表情な諦観はない。

あるのは恐怖と、それを上回る強い決意の光だった。

その中心に、ルナがいる。

彼女は陸の手を強く握りしめ、こくりと一度頷いた。


「……時間だ」


陸が呟く。

それを合図に、ルナはゆっくりと柱の陰から一歩、前へ踏み出した。


広々としたロビーでは、着飾った富裕層たちが談笑し、グラスを傾けている。

誰もこんな場所で何かが起ころうとしているとは、夢にも思っていない。


ルナはロビーの中央で立ち止まると、ゆっくり息を吸い込んだ。

そして、か細く――しかし透き通るような声で歌い始めた。

あの夜、陸が聞いた故郷の歌。


最初は、ささやかな歌声だった。

喧騒にかき消されてしまいそうなほど小さい。

だが悲しくも美しいメロディは、不思議なほど人の耳を惹きつけた。

談笑していた客たちが何事かと、声のする方へ顔を向ける。


すると一人、また一人と、柱の陰からピクシーたちが現れ、ルナの歌声に自らの声を重ねていく。

十人が二十人に。

二十人が五十人に。

ささやかな独唱はやがて、ロビー全体を震わせる荘厳な大合唱へと変わっていった。


彼らは仕事を放棄した。

そして支配者から禁じられていた「歌」を歌い始めたのだ。

武器を持たない彼らにとって、それは唯一にして最大の、反乱の意思表示だった。


客たちはその光景に言葉を失った。

いつもは感情を見せず、黙々と働く便利な従業員。

その彼らが涙を流しながら、魂を振り絞るように歌っている。

歌声に込められた長年の悲しみと絶望、そしてかすかな希望が、バカンスに浮かれていた人々の心を直接揺さぶった。

何人かの客が携帯端末を取り出し、その光景を録画して銀河ネットワークへアップロードし始める。


一方その頃。

スカイラウンジ・バーでは、一人の紳士がリラの席へ歩み寄っていた。


「……待たせたかな」


男はそう言ってリラの向かいに腰を下ろす。

歳の頃は四十代だろうか。

品の良いスーツを着こなし、物腰は穏やかだった。


「君が噂の情報屋、『ライブラリアン』か。噂以上の美しさだ」


「戯言は結構」


リラは冷ややかに言った。


「本題に入ろう。あなたがクロノス・オーダーの情報を持っているというのは本当か?」


「いかにも」


男は頷く。


「我々は『歴史保存協会』。オーダーの狂信的な行動を憂い、その動向を監視している者たちだ。君がオーダーの情報を集めていることは知っている。我々と君の利害は一致するはずだ」


男が懐からデータチップを取り出そうとした、その時だった。

バーの中に設置された巨大モニターの映像が切り替わる。


そこに映し出されたのは、ホテルのメインロビーで合唱するピクシーたちの姿だった。

それはすでに銀河速報ニュースとして、リアルタイムで配信されている。


『――リゾート惑星セレネ・ガーデンにて、ピクシー従業員による大規模な抗議活動か――』


男は映像に驚き、目を見開いた。


「……これは一体……」


「さあな。どこかのお人好しが始めた、小さな反乱……といったところか」


リラはそう言って、優雅にグラスを傾けた。

だが紫紺の瞳は、モニターの片隅に表示されているニュースの閲覧数と拡散速度を冷静に分析している。

世論は動いた。

注目は集まった。

舞台は整ったのだ。


リラはドレスの内ポケットに隠し持っていた超小型通信機を起動した。

そしてこの数日間で集め、完璧に構築した「奴隷契約」に関するおびただしい証拠データを、アルカディア・ネクサスの隠れ家にあるメインサーバーへ送信する。


メインサーバーはデータを受け取ると、自動的に銀河中のあらゆる報道機関、人権団体、そして司法機関へ一斉に情報を拡散し始めた。


もう、誰にも止められない。

陸が純粋な正義感で人々の心を動かした。

そしてリラは、その状況を最大限に利用し、情報という最も強力な武器で、この偽りの楽園の巨大なシステムに決定的な一撃を与えたのだ。


二人の力が初めて、完璧に噛み合った瞬間だった。


男は目の前で起こっているすべてを理解し、呆然とリラを見る。


「……君は、一体……」


「ただの、しがない情報屋だ」


リラはそう言って、悪戯っぽく微笑んだ。

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