第十話:二人が見た景色
セレネ・ガーデンは、文字通り蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。
リラがリークした決定的な証拠と、ピクシーたちの悲痛な歌声は銀河ネットワークを瞬く間に駆け巡り、一大スキャンダルへと発展する。
人権団体からの厳しい非難。
主要取引先企業からの契約見直しの声。
そして何よりも、楽園のブランドイメージの致命的な失墜。
セレネ・ガーデンを支配する企業連合は、すぐさま対応に追われた。
数日後、彼らは公式声明を発表する。
ピクシーたちの労働環境の大幅な改善と、過去の契約内容の全面的な見直しを約束したのだ。
もちろん、それが完全に実行される保証はどこにもない。
巨大なシステムが、そう簡単に変わるはずもない。
だが彼らは確かに、巨大な壁に風穴を開けた。
ピクシーたちの心に、諦め以外の感情を灯し、偽りの楽園の欺瞞を白日の下に晒した。
それは小さな、しかし間違いなく価値のある勝利だった。
情報提供者――「歴史保存協会」の男との取引も、無事に終わった。
彼はリラのあまりにも鮮やかな手腕に驚嘆し、彼女を「信頼できるパートナー」と認める。
そしてクロノス・オーダーに関する、極めて重要な情報をリラに託した。
オーダーが次に狙っている古代文明の遺跡の場所。
そして、その遺跡に眠るとされるオーパーツの正体。
二人の旅の新たな羅針盤が、示されたのだ。
セレネ・ガーデンを去る日の夕暮れ。
陸とリラは、二人が最初にこの星へ降り立った、あのプライベートビーチに立っていた。
空は燃えるようなオレンジ色に染まり、二つの太陽がゆっくりと水平線の向こうへ沈んでいく。
ビーチにはもう観光客の姿はほとんどない。
ただ、穏やかな波の音だけが響いていた。
「……結局、あんたはいつも厄介事を引き寄せるな」
リラが遠い目をして呟いた。
「仕方ないだろ。ああいうのを見たら、放ってはおけない」
陸は少し照れくさそうに、頭を掻く。
リラはそんな陸の横顔をじっと見つめていた。
そして、ふう、と一つため息をつくと、言った。
「……あんたのやり方は非効率で、危険すぎる。いつか本当に命を落とすぞ。私が立てる計画の方が、よっぽど確実でスマートだ」
いつもの彼女らしい辛辣な言葉。
だが陸はもう、その言葉に傷ついたりはしなかった。
ただ黙って、彼女の次の言葉を待つ。
リラは視線を、夕日に染まる海へ戻した。
そして、ぽつりと呟く。
「だが……」
彼女はそこで一度言葉を切った。
唇が、かすかにためらうように震える。
「……たまには、悪くない」
夕暮れの風に溶けてしまいそうなほど小さな声。
だがそれは確かに、陸の心の奥深くまで届いた。
リラが認めてくれた。
自分のやり方を。
この青臭い理想論と、お人好しな感情論を、彼女が肯定してくれた。
その事実が陸の胸を熱く満たし、自分の信じた道は間違いではなかったのだと確信させる。
「……だろ?」
陸は満面の笑みを浮かべて言った。
リラはその笑顔を見ると、ぷい、と顔をそむけた。
頬が夕日のせいだけではなく赤く染まっているのを、陸は見逃さなかった。
二人の間に、もう言葉は必要なかった。
彼らの絆はもはや単なる契約関係ではない。
陸の理想と行動力。
リラの知略と情報戦。
互いの欠けた部分を補い、互いの強さを引き出し合う。
唯一無二の「相棒」。
二人は、その関係性の意味を確かに理解していた。
遠くのホテルの方から、微かな歌声が聞こえてくる。
ピクシーたちの歌声だ。
それはもう、以前のような悲しい響きではなかった。
力強く、喜びに満ちた、未来への希望の歌。
陸とリラはその歌声を聞きながら、しばらく黙って沈みゆく夕日を見ていた。
偽りの楽園は終わりを告げた。
だがそこには、確かな希望の種が蒔かれたのだ。
さあ、次へ行こう。
新たな目的地へ。
まだ見ぬ世界の謎へ。
二人の旅は、まだ始まったばかりだ。




