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コズミック・ドリフター④偽りの楽園(リゾート・ユートピア "セレネ・ガーデン")  作者: naomikoryo


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第一話:帰還、そして新たな火種

ヘパイストス・ファウンドリの重く淀んだ大気を後にした瞬間。

陸の五感を包んだのは、懐かしいアルカディア・ネクサスの混沌とした匂いだった。

無数のスパイス。

人々の汗。

そして微かな欲望の香り。


惑星渡りは完璧だった。

もはや陸にとって、一度座標をインプットした場所への跳躍は、息を吸って吐くのと同じくらい自然な行為になっていた。


リラの隠れ家の隠し扉を開け、中に転がり込むように入った瞬間。

二人の全身から、同時に力が抜けた。


「……帰ってきた」


陸は誰に言うでもなく、そう呟いた。

そのまま床にへたり込み、壁に背を預ける。

リラも同じだった。

彼女は部屋の中央にあるソファに、まるで糸が切れた人形のように倒れ込んだ。


二人とも、ヘパイストス・ファウンドリで身にまとった灰色の防護服のままだ。

服のあちこちは焼け焦げ、あるいは引き裂かれ、ザインとの、そしてクロノス・オーダーとの激闘の痕跡を生々しく残している。


だが、今はそんなことを気にする気力もなかった。

ただ、生きている。

そして無事に、この場所に帰ってこられた。

その事実だけが麻薬のように、疲労しきった心身に染み渡っていく。


陸は目を閉じた。

脳裏に蘇るのは、ザインの六本の刃の軌跡。

クロノス・オーダーのドローンが放つ、無慈悲なレーザーの光。

そしてリラが口にした、不気味な予言。

『星渡りの異邦人』。


すべてが、まだ現実感を伴わない悪夢のようだった。

だが、それは紛れもない現実だ。

自分たちは巨大な陰謀の渦中に、足を踏み入れてしまった。


「……陸」


不意に、ソファの方からリラの声がした。

陸が目を開けると、彼女は深く身を沈めたまま天井を見上げている。


「怪我はないか。一応、メディカルチェックをしておく」

「……ああ。大したことはない。掠り傷だけだ。あんたは?」

「私も、問題ない」


その会話はひどくぎこちなかった。

だが、そのぎこちなさの中に、以前には決してなかった種類の感情が含まれていることに、陸は気づいていた。

気遣い。

そうだ。俺たちは互いを気遣っている。

単なる契約関係でも、利害の一致でもない。

共に死線を乗り越えた者にしか分からない、確かな繋がり。


陸は、自分がこの雑然とした機械だらけの隠れ家を、いつの間にか帰るべき「家」のように感じ始めていることに気づき、少し照れくさいような気持ちになった。


「……少し休んだら、今回の情報を整理する」


リラはゆっくり身体を起こすと、コンソールへ向かった。


「ザインという傭兵。クロノス・オーダーの戦力。……そして奴らの目的。調べるべきことは山積みだ」


彼女はもう、いつもの情報屋の顔に戻っていた。

その切り替えの速さには、もはや感心するしかない。


リラはいくつかのモニターを立ち上げ、凄まじい速度でキーボードを叩き始めた。

ヘパイストス・ファウンドリで記録したドローンの残骸のデータ。

ザインのスキルチップに関する過去の目撃情報。

そして「クロノス・オーダー」というキーワードで、銀河ネットワークの深層を検索していく。


陸はそんな彼女の背中を、しばらく黙って見ていた。

そしておもむろに立ち上がると、部屋の片隅にある簡易キッチンへ向かった。


数本の栄養バーをマグカップに絞り出し、精製水を加えてかき混ぜる。

それを加熱器にかけ、温め始めた。

出来上がったのは、見た目はひどい灰色の粥のような何か。

だが、冷たいペースト状のまま食べるよりは、いくらかマシなはずだった。


陸はマグカップを二つ持って、リラの元へ戻る。

そしてその一つを、彼女のコンソールの脇にことりと置いた。


リラはモニターから目を離さずに言った。

「……なんだ、これは」

「スープみたいなものだ。温かいものを食った方がいいだろ」


リラは一瞬、キーボードを打つ手を止めた。

ちらりとマグカップに目を落とし、すぐにモニターへ視線を戻す。


「……余計なことを」


声はいつものように冷たかった。

だが、陸には分かった。

彼女の耳が、また少しだけ赤くなっている。


陸は何も言わず、自分のマットへ戻った。

温かい栄養スープをゆっくりすする。

ひどい味だ。

だが不思議と、身体の芯から温まっていくような気がした。


新たな火種は、確かに燻り始めている。

クロノス・オーダーという巨大な影。

そして、自分に向けられた予言。

これからさらに危険な戦いに巻き込まれていくのだろう。


だが、今はいい。

今は、この束の間の平穏を味わっていたかった。

この奇妙で、そしてかけがえのない相棒と共に。

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