第178話 隠し書庫
エドガーの私邸は、厳重な警備の下に置かれていた。
王弟が拘束された今、屋敷へ出入りできる者は限られている。
門前では近衛兵たちが慌ただしく動き回り、運び出された書類が箱へ丁寧に収められていた。
「レオ様!」
部隊長が駆け寄ってくる。
「お待ちしておりました」
「地下書庫は」
「こちらです」
◇ ◇ ◇
一行は屋敷の奥へ進んだ。
応接室、執務室、寝室。
そこまでは何の変哲もない貴族の屋敷だった。
しかし書斎へ入ると、部隊長が本棚の前で足を止めた。
「ここです」
本棚の一冊を引き抜く。
すると鈍い音とともに本棚全体がゆっくり横へ滑った。
その奥には石造りの階段が現れる。
「隠し通路か」
ガレスが低く呟いた。
「発見したのは偶然です」
部隊長が答える。
「床の埃の付き方が一部だけ違っていました」
「よく気付きました」
「ありがとうございます」
◇ ◇ ◇
地下へ降りる。
空気は乾燥していた。
湿気は少なく、定期的に管理されていたことが分かる。
階段の先には鉄製の扉。
すでに破られていた。
「鍵は特殊でしたが、開錠できました」
部隊長が説明する。
レオは頷き、中へ足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇
思わず息を呑む。
部屋いっぱいに棚が並んでいた。
帳簿。
文書箱。
地図。
古い契約書。
年代ごとに整然と整理されている。
「これ全部……」
ガレスが目を見張る。
「エドガー殿下が保管していた資料か」
「そのようです」
◇ ◇ ◇
レオは一番手前の棚へ近づいた。
年代札が付いている。
『十八年前』
『十七年前』
『十六年前』
年代順だった。
「十七年前……」
レオはその棚から一冊の帳簿を取り出した。
表紙には何も書かれていない。
慎重にページをめくる。
◇ ◇ ◇
最初の数ページは数字ばかりだった。
金額。
日付。
商会名。
だが途中で、一つの見覚えのある名前が現れた。
「ヴェルナー商会」
ガレスも覗き込む。
「また出てきたか」
「しかも……」
レオは指で行をなぞる。
「通常の取引額ではありません」
◇ ◇ ◇
支払先は複数に分散されていた。
だが最終的には同じ場所へ集まっている。
「これ……」
ガレスが眉をひそめる。
「洗浄しているな」
「ええ」
レオも同意した。
「資金の流れを分からなくするために、何段階も経由させています」
エレナから見せられた暗号帳簿と同じ手口だった。
◇ ◇ ◇
「こちらをご覧ください!」
別の兵士が声を上げる。
部屋の奥だった。
一枚の王国地図が壁いっぱいに貼られている。
そこには赤い印が無数に付けられていた。
「何だこれは」
ガレスが近づく。
レオも地図を見る。
王都。
フェルトハイム。
港町。
国境沿いの砦。
主要街道。
印はすべて交通の要所ばかりだった。
◇ ◇ ◇
「物流……」
レオが呟く。
「敵は最初から物流を狙っていた」
フェルトハイム襲撃。
集積所への放火。
物資の破壊。
すべて一本につながる。
「街を滅ぼすことではない」
「王国を止めることが目的だったのか」
◇ ◇ ◇
さらに調査を進める。
兵士たちが箱を一つずつ開封していく。
「こちらにも帳簿があります!」
「手紙もあります!」
「契約書です!」
次々と証拠が見つかる。
だが。
「レオ様」
部隊長の声が少し硬かった。
「妙なことがあります」
「何です」
「中央の棚だけ、完全に空です」
◇ ◇ ◇
レオは中央へ歩いた。
確かに棚だけが空だった。
他はぎっしり詰まっている。
そこだけ不自然に何もない。
「いつ持ち出された」
「分かりません」
部隊長は首を振る。
「ですが埃の跡を見る限り、ごく最近です」
「エドガー殿下が拘束される前か」
「おそらく」
◇ ◇ ◇
レオは棚板へ触れた。
薄く四角い跡が残っている。
箱が並んでいた跡だ。
数は六箱。
「重要な物だけ抜き取られています」
ガレスが低く言う。
「白鴉か」
「その可能性が高いでしょう」
◇ ◇ ◇
その時、一人の兵士が部屋の隅で声を上げた。
「こちらにも隠し箱があります!」
床石の一枚が外され、小さな木箱が現れる。
鍵は掛かっていない。
レオが蓋を開けた。
中には紙が一枚だけ残されていた。
誰かが、わざと置いていったように。
そこに記されていた文字を見た瞬間、レオは目を細める。
――遅かったですね。
その一文の下には、またしても白い鳥の紋章が描かれていた。
白鴉は、この書庫にいた。
そしてレオたちが来ることまで見越した上で、最も重要な証拠だけを持ち去っていたのである。




