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場面27:フェリシアの解放と新たな想い

新機能テストを終えた日の夜。


俺は、仲間たちがそれぞれの部屋に戻った後も、何となく落ち着かず、新拠点である邸宅の広い庭に出て夜風にあたっていた。


空には二つの月が美しく輝き、庭の隅では虫の音が静かに響いている。フロンティアの夜は、いつもどこか神秘的な空気を纏っている。


そんな穏やかな夜の静寂の中で、俺はふと、庭の一角にある小さな東屋のベンチに、一人静かに座っているフェリシアさんの姿を見つけた。


月明かりに照らされた彼女の横顔は、どこか物憂げで、そして普段の彼女からは想像もつかないほど、儚げに見えた。昼間の訓練場での、あの力強い姿とはまるで違う。まるで時が止まったかのような、静謐な空気に包まれていた。彼女の纏う緊張感が、夜の静けさと溶け合っている。


何か、深い思索に沈んでいるようだった。


「フェリシアさん……」


俺が声をかけると、彼女はゆっくりとこちらを振り返った。


その緑色の瞳には、月光が宿り、きらりと光っている。驚いた様子はない。俺が来るのを予期していたかのように、静かに俺を見つめていた。


その視線に、なぜか俺の方が少しだけ緊張してしまう。


「……ユウか。どうした、こんな夜更けに」


「いえ、ちょっと夜風にあたろうかと……。フェリシアさんこそ、眠れないんですか?」


「まあ、な。……少し、考え事をしていただけだ」


彼女はそう言うと、再び夜空に視線を戻した。


俺は、彼女の隣にそっと腰を下ろす。彼女が纏う、凛とした空気の中に、今日はどこか違う、繊細な何かが混じっているのを感じた。


しばらくの沈黙の後、彼女は静かに口を開いた。


「私は、自分の信じる騎士道を貫くために、騎士団を離れた。お前には以前も少し話したかもしれんがな。力だけを信じ、それ故に道を誤った……そう思っていた時期もある」


彼女の声には、微かな痛みが滲んでいた。


(フェリシアさんが以前話してくれた、彼女の騎士道と組織との間の葛藤……。自分の剣が、民ではなく、ただ組織の都合の良いように汚されていくことに耐えられなかったと……。それを乗り越えて、彼女は今、ここにいるんだな)


俺は、彼女が抱えてきたものの重さを改めて感じ、かけるべき言葉を探したが見つからなかった。ただ、彼女の次の言葉を待つ。


「だが」と、フェリシアさんは顔を上げ、俺の目を真っ直ぐに見据えた。


「お前たちといると、力だけが全てではないと教えられる。このフロンティアで、お前たちの剣として、私なりのやり方で守るべきものを守る。それが、今の私の道だ」


その緑色の瞳には、もう迷いの色はなかった。


そこにあるのは、フロンティアという新しい大地で、俺たちという新しい仲間と共に、自らの手で未来を切り開こうとする、力強く、そしてどこまでも澄んだ光だった。


まるで、長年背負ってきた重い鎧をようやく脱ぎ捨て、初めてありのままの自分自身と向き合えたかのような、晴れやかで、そしてどこまでも潔い光を宿していた。


彼女の中で、過去の騎士団への未練や、追放されたことへの失意は、もう過去のものとなりつつあるのかもしれない。代わりに、今の仲間たちとのこの「居場所」と、そこで果たすべき役割への強い想いが、彼女の心を照らしているように見えた。


やがて彼女は、ふっと顔を上げ、いつもの勝気な笑みを浮かべた。

いや、いつもの笑みとは少し違う。そこには、何か吹っ切れたような、晴れやかな強さが加わっていた。


俺の心臓が、不規則に、しかし心地よく跳ねる。


「……なあ、ユウ」


彼女が、少しだけ改まった口調で俺を呼ぶ。その声は、夜風に攫われそうなくらい、繊細だ。


「私はもう、王国騎士ではない。だが……それでも、お前たちの剣として、ここにいてもいいのだろうか」


それは、問いかけの形をしていたが、俺には彼女の魂からの願いのように聞こえた。


そして、その言葉の奥には、もっと深い、もっと個人的な想いが隠されているような気がした。


彼女の緑色の瞳が、期待と不安に揺れている。


「もちろんです! フェリシアさんは、俺たちにとって、かけがえのない仲間ですから! あなたの剣は、俺たちの希望です!」


俺は、迷うことなく即答する。


彼女の存在が、どれだけ俺たちの支えになっているか。どれだけ俺自身が、彼女に救われているか。


俺の言葉に、フェリシアさんの頬が、月明かりの下でも分かるほどに、急速に赤みを増していく。


彼女は一度視線を逸らし、そして、再び俺の目をしっかりと見つめ返すと、意を決したように、しかしどこか震える声で、そして途切れ途切れに言葉を紡いだ。その言葉は、まるで長年秘めていた願いをようやく口にできたかのように、切実で、そしてどこか震えていた。月明かりに照らされた彼女の頬は、間違いなく赤く染まっていた。


「そ、そうか……なら、いい。……これからも……お前の剣でありたい。貴方の、隣で……戦わせて、ほしい……」


その言葉は、もはや単なる仲間としての信頼を超えた、もっと深い、もっと特別な想いが込められているように、俺には感じられた。


月明かりの下、彼女の緑色の瞳が潤んでいるように見えたのは、きっと気のせいではないだろう。


俺の心臓が、ドクン、と大きく高鳴る。


彼女の真摯な言葉と、その瞳に宿る強い光に、俺は言葉を失っていた。


(え、これって……もしかして、そういうことなのか……!? 俺、今、とんでもない告白をされたんじゃ……!?)


頭の中で、警報と祝福の鐘が同時に鳴り響いているような、そんな混乱状態だ!


思考が真っ白になりかけたが、彼女の真剣な瞳から目が逸らせない。俺は激しく揺れ動いていた。


夜風が、俺たちの間をそっと吹き抜けていく。街の灯りが、遠くで瞬いている。


この静かな夜、俺とフェリシアさんの間には、確かに新しい何かが生まれようとしていた。


それは、月明かりのように優しく、そして星の光のように確かな、未来への約束のようなものだったのかもしれない。俺は、その予感の正体を確かめる勇気が、まだ持てずにいたけれど。


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