場面25:湯けむりハプニング・イン・新拠点
【生成AI】の大量学習と、それに伴うアリアの劇的な進化。
その代償として俺のMPは完全に枯渇し、体力の限界をとっくに超えた疲労感は、まるで全身に鉛を詰め込まれたかのようだった。
仲間たちの祝福を受けながらも、俺はほとんど這うようにして、新拠点に備え付けられた自慢の広い風呂場へとたどり着いた。
「はぁ〜〜……MP使い果たした体に、この湯加減は……マジで染みる……。生き返る……」
新しく清潔な、そして何よりも広々とした湯船に体を沈めると、全身の細胞が喜んでいるかのような、極上の感覚が俺を包み込む。
湯気が立ち込め、浴室に備え付けられていた高級そうな石鹸――ラベンダーだろうか?――のいい香りが鼻腔をくすぐる。
まさに天国。これまでの苦労が、この一瞬のためにあったと言っても過言ではないだろう。
(アリアも、今は脱衣所の専用クレードルでお休み中だ。アイツも相当頑張ったからな……。この静寂が、今は何よりのご馳走だ)
俺はぼんやりとそんなことを考えながら、極度の疲労で弛緩しきった体を湯に委ねていた。
その、至福の時間が破られたのは、本当に突然のことだった。
「ユウ様、お疲れのところ、失礼いたします」
凛とした、しかしどこか遠慮がちな声が、磨りガラスの向こう側から聞こえた。セラか? どうしたんだろう。こんな時間に。
「え? セラ? どうし……うわぁぁぁぁっ!?」
俺が返事をする間もなく、浴室のドアが静かに開かれ、湯気の中から現れたその姿に、俺は文字通り心臓が口から飛び出るかと思った。
そこにいたのは、間違いなくセラだった。
だが、いつも見慣れている十歳程度の幼い姿ではない。
流れるような銀色の髪を湯気でしっとりとさせ、月光を浴びたかのように白い肌はほんのりと上気している。そして何より、その体は……薄手の、肌が透けて見えそうな湯浴み着一枚を纏っただけの、完璧なプロポーションを誇る十八歳相当の、息を呑むほど美しいエルフの女性そのものだったのだ!
湯気と窓から差し込む月の光が、彼女の姿をさらに幻想的に、そして……マズイくらいに扇情的に見せている。
湯気に霞む浴室に、ふわりと甘い花の香りが混じった。それは、セラがいつも使っている髪油の香りだろうか……いや、もっとこう、心を惑わすような……。
「セ、セセセ、セラ!? な、なな、なんでその神々しいというか、色々刺激が強すぎるお姿で、ここに!?」
俺は完全にパニック状態だ。目のやり場に困り、慌てて湯船の湯で体を隠そうとするが、そんなもので隠せるはずもない。心臓が、肋骨を叩き割って飛び出しそうだ!
セラは、そんな俺の狼狽ぶりには気づいているのかいないのか、少し頬を染めながらも、どこか真剣な表情で、しかしとんでもないことを言い放った。
「ユウ様、大変お疲れのご様子でしたので……。その、わたくしにできることがあればと……。古来より、エルフの秘法には、清浄なる魔力で相手の疲労を癒すというものがございます。つきましては、お背中くらいは、お流ししなければと……思いまして」
(どこでそんな都合のいい秘法と、余計な知識を仕入れてきたんだこのエルフは!? というか、その理屈だと背中を流すのと癒しがどう繋がるんだ!? そもそも、その格好でそれを言うか!?)
彼女の言葉は真面目そのものだが、状況が状況だ! しかも、その潤んだ瞳でじっと見つめられると、何かこう、抗えないような……!
「い、いや、大丈夫だから! 本当に自分でできるから! ていうかその格好! 色々まずいから! 頼むから一旦落ち着いて服を……!」
俺が必死に言葉を紡いでいる、まさにその時だった!
バターンッ!!
今度は、先ほどとは比べ物にならないほど勢いよく浴室のドアが開き、湯気が一気に外へと流れ出す!
「ユウー! お風呂入るならミミも誘うにゃー! 一番風呂、気持ちいーい? ユウの背中、ミミがゴシゴシしてあげるのだ!」
元気いっぱいの声と共に、タオルも何も身に着けていない(獣人形態だからまだマシだが、それでも色々とアウトだ!)ミミが、まるでプールに飛び込むかのような勢いで浴室に乱入してきたのだ! ご丁寧に小さなブラシまで持っている!
バシャッ! という水音が、もうすぐそこまで迫っている!
「「!?」」
俺とセラ(の成人姿)は、同時に固まる。
そしてミミは、湯船に浸かる俺と、その隣で薄手の湯浴み着一枚(ほとんど裸に見える!)を纏った美しい銀髪のエルフの姿を交互に見比べ、目を丸くした。
「あれ? セラ、なんか今日はでっかくなってるにゃ!? もしかして、ユウと一緒に裸んぼで水遊びしてるのかにゃ!? ずるいぞ! ミミも混ぜるにゃー!」
ミミの無邪気な、しかし破壊力抜群の言葉が、静かな浴室に木霊する!
「ち、違いますミミ! これはその、湯浴み着と申しますか、その……! あと、いきなり入ってきてはなりません! ノックを……! それに、ユウ様とは決してそのような不純な関係では……!」
セラは、普段の冷静さはどこへやら、顔を真っ赤にしてしどろもどろになっている。その狼狽する姿は、それはそれで非常に可愛らしいのだが、今の俺にそれを愛でる余裕は欠片もなかった。というか、「不純な関係」って、セラさん、あなた普段どんな本読んでるんですか!?
さらに、事態は悪化の一途を辿る!
カチャカチャ、という鎧の擦れる音と共に、廊下から切羽詰まった声が聞こえてきた!
「こらミミ! 貴様また勝手にユウのところに! 何度言ったら……って、な、なんだこの状況は!? ま、まさか貴様ら、この私だけを仲間外れにして、そんな、けしからん水浴びの儀式を執り行っていたというのか!? 乗り遅れた!? 生き遅れた!? こうなったら私も!」
廊下から、フェリシアさんの慌てたような、そしてなぜか妙に決意に満ちた声が響き渡ったかと思うと、そのままの勢いで彼女も浴室に突入してきたのだ!
幸い(?)、彼女は普段の軽装鎧を身に着けたままだったが、その手にはなぜか洗い桶と手ぬぐいが握られている! やる気満々か! というか、女の戦場って何!?
「意味わかんないから! なんでだよ! 何の儀式だよ! っていうか服着てこいよ! あとフェリシアさん、あなたのその謎の使命感は何なんですか!?」
俺のツッコミも虚しく、浴室は一瞬にしてカオスと化した。
湯船で呆然とする俺。
薄手の湯浴み着一枚で顔を真っ赤にして固まる成人セラ。
状況がよく分からず、ただ楽しそうにはしゃぎながら湯船に飛び込もうとするミミ。
そして、なぜか洗い桶を構え、戦闘態勢(?)に入るフェリシア。
「俺はただ、静かに風呂に入りたかっただけなんだーっ!!」
俺の絶叫が、湯けむりの中に虚しく響き渡った。
『マスピ、ある意味お疲れ様www これぞ役得ってやつ? マスピ、これはもうラブコメの王道展開! 鈍感主人公スキル、そろそろ解除しないと、ヒロインレースが大変なことになるよ!w』
脱衣所のクレードルから、アリアの楽しそうな、そして完全に他人事な脳内通信が届いた。
お前だけは絶対に許さん……! あの野郎、絶対に一部始終記録してるな…!
フロンティアでの新生活は、どうやら波乱万丈なものになりそうだ。
特に、このお風呂場の平和は、一体いつになったら訪れるのだろうか……。
暗い気持ちは確かに紛れたが、別の意味で、今夜は絶対に眠れないだろうと、俺は強く予感するのだった。




