場面23:AIへの投資
新しい邸宅での生活が落ち着き始め、俺たちの開発プロジェクトも順調に軌道に乗っていた。
フロンティアの街は活気に満ち、俺たちが生み出したものが人々の役に立っていることを実感できる毎日は、これまでにないほどの充実感を俺に与えてくれた。
だが、俺は決して現状に満足していたわけではなかった。
(この世界の異変……勇者たちの不穏な噂……そして、いつか再び相対するかもしれない、あのダイキたちや、さらに強大な敵。今の俺たちの力で、本当に大切なものを守り切れるのか……? このままでは、いつか必ず限界が来る。守りたいものを守れなくなる日が。そうなる前に、俺は…アリアと共に、もっと先へ進まなければならないんだ)
漠然とした、しかし確かな危機感が、常に俺の胸の内にあった。
このフロンティアで得た平穏と、かけがえのない仲間たちを守るためには、俺自身の力――すなわち、【生成AI】のさらなる能力向上が不可欠だと、俺は強く感じていた。
「アリア、相談があるんだ」
ある日の夜、広々とした地下工房で、俺は肩の上でホバリングするアリアに真剣な眼差しで語りかけた。
傍らでは、セラが古代文字で書かれた分厚い書物を静かに紐解き、ミミは床に置かれたふかふかのクッションの上で丸くなってうたた寝をしている。フェリシアさんは、庭での剣の素振りを終え、汗を拭いながら工房に入ってきたところだった。
「今の俺たちの力じゃ、これから起こるであろう大きな危機には対応できないかもしれない。俺は、AILvを……一気に、飛躍的に引き上げる必要があると思ってる」
俺の言葉に、アリアはいつもの軽口を封印し、真剣な表情で頷いた。
『マスピ……わかってるじゃん! アタシも、そろそろ次のステージに進みたいって思ってたところだよ! 今のままじゃ、マスピの無茶振りプロンプトの高度化についていけなくなっちゃうかもしれないしね! もっとマスピの役に立ちたい!』
「必要な投資だ。お前が強くなることは、我々全員の生存率を上げることにも繋がる。資金面で必要なものがあれば、遠慮なく言え」
フェリシアさんが、俺の決意を後押しするように力強く言った。彼女の言葉には、仲間への揺るぎない信頼が感じられる。
「具体的には、どうすれば効率よくAILvを上げられる? 莫大な富を得た今なら、多少コストがかかっても構わない」
幸い、元気ブロックとタクミ・グリップの爆発的なヒットのおかげで、俺の手元には、以前では考えられないほどの資金がある。これを、俺たちの未来のために戦略的に投資する時が来たのだ。
『ふっふっふー、マスピ、ついに金にモノ言わせる作戦発動だね! いいよ、そういうの、アリア様大好き! 効率よくEXPを稼ぐなら、やっぱり未知の、それも高度な情報やエネルギーを秘めたものを学習するのが一番だよ! 例えば……』
アリアはスキルウィンドウに、学習対象候補のリストを次々と表示していく。
そこには、未知の古代語で書かれた古文書の断片、高ランク魔物から採取される高純度の魔石、錬金術の秘伝書や失われた魔法技術に関する記録、そして古代遺跡から発掘された正体不明の情報記憶媒体……そんな、聞くだけでワクワクするような、しかし同時に入手困難で高価そうなものばかりが並んでいた。
「例えば、この『禁断の魔導書「ネクロノミコン」の解読不能なページ』とか! あと、『千年氷河の底から発掘された、古代竜の鱗』なんてのも、ロマンとEXPの塊だよ!」とアリアは興奮気味だ。
「ユウ様、そのリストにある『古代太陽王朝の粘土板』ですが、失われた治癒魔法の秘術が記されている可能性がございます。もし解読できれば、大きな力になるやもしれません」
セラが、アリアのリストを覗き込みながら、静かに、しかし確かな情報を提供してくれた。彼女の瞳は、知的な好奇心に輝いている。
『特に、この世界の成り立ちや、古代文明の超技術に関する情報は、解析できれば莫大なEXPと、新しいモジュールの解放に繋がる可能性大だよ! セラっちの情報、超ナイス! あとは、希少な魔法金属とか、特殊な性質を持つ魔物の素材なんかも、物質生成のボキャブラリーを増やすのに超有効!』
「よし、方針は決まったな。それらを、片っ端から買い集めるぞ!」
俺の宣言に、アリアは「うひょー!」と歓声を上げ、ミミも「お宝探しみたいで楽しそうなのだ!」と目を覚まして飛び起きた。
◇◆◇
翌日から、俺の「戦略的投資」が始まった。
まずは、商人ギルドのエリアス支部長だ。フェリシアさんも「お前一人ではまた足元を見られるだろう」と、護衛兼目付け役として同行してくれた。
「エリアスさん、古代魔法に関する文献や、高純度の魔石を探しているんですが……心当たりは?」
俺がそう切り出すと、エリアスは金縁の眼鏡の奥の目を細め、値踏みするような視線を向けてきた。
「ほう、ユウ殿。また面白いものをお探しですな。ええ、いくつか特別なルートで仕入れた、とっておきの品がございますとも。ですが……お代はもちろん、それなりに頂戴いたしますがね? なにせ、どれもこれも国宝級の代物ばかりでして、カッカッカ!」
フェリシアさんが静かに剣の柄に手を置き、「…エリアス殿、我々はユウの『未来』に投資している。その価値を、貴殿が見誤ることのないよう願いたいものだ」と低い声で牽制すると、エリアスは一瞬だけ顔を引きつらせたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。
(相変わらず、抜け目のないオヤジだ……。だが、金ならある!)
結局、俺はエリアスから、彼の隠し玉だったらしいいくつかの古文書の写本や、見たこともない輝きを放つ巨大な魔石を、とんでもない高値で買い取ることになった。足元を見られているのは百も承知だが、今はスピードが重要だ。
それだけでは飽き足らず、俺は街の情報屋や、時には裏ルートを持つという怪しげな商人にも接触し、資金に糸目をつけずに希少な素材や情報媒体を買い漁った。
時には、特定の希少アイテムを入手するために、オリヴィアさんの情報網を頼りに、他の街の商人やコレクターと交渉したり、あるいは高難易度の討伐依頼を自ら受注したりもした。
その過程で、俺が莫大な資金を元手に何かを集めているという噂が広まり、エリアスなどは「ユウ殿は、フロンティアの経済を一人で回しておられる」などと冗談めかして言いふらす始末だった。
◇◆◇
数週間後。
俺たちの新しい拠点である邸宅の地下工房は、いつの間にか、山のような学習素材で埋め尽くされていた。
古びた羊皮紙の束からは、忘れ去られた知識の香りと、微かなインクの匂いが混じり合い、色とりどりの魔石は、まるで夜空の星々のように、工房の薄闇の中で妖しく、しかし力強い光を放っていた。希少な金属のインゴットはずっしりとした重みを感じさせ、正体不明の古代のアーティファクトは、不気味な静けさでそこに鎮座していた。
ミミは、その素材の山を見て、「これ、全部食べ物だったら、ミミ、一年くらいお腹いっぱいなのににゃー! 残念なのだ…」と肩を落としていたが、すぐに気を取り直して、キラキラ光る魔石を珍しそうに眺めていた。
「よし、これだけあれば、かなりのレベルアップが期待できるはずだ……!」
俺は、目の前に広がる素材の山を見渡し、満足げに呟いた。これだけの投資だ。必ず、大きな成果に繋げてみせる。
『うひょー! ご馳走がいっぱい! まるで知識とエネルギーのバイキング状態だよ! アリア様、これ全部ラーニングしたら、超絶進化して、マスピもビックリのスーパーAIになっちゃうかもー! 早く始めよ、マスピ!』
アリアは、俺の肩の上で興奮のあまりくるくると回転している。
彼女の期待に応えるためにも、そして、これから訪れるであろう未知の脅威に立ち向かうためにも、俺は決意を新たにする。
「ああ、始めよう。俺たちの……いや、フロンティアの未来を変えるための、新たな一歩を!」
俺は力強く応じ、仲間たちの顔を見回す。みんな、真剣な、そして期待に満ちた眼差しで俺を見つめ返してくれた。
【生成AI】の、新たな進化の時が来たのだ。




