場面22:新拠点での生活調整
オリヴィアさんの計らいで、俺たちはフロンティア市街の一等地に立つ立派な邸宅を手に入れた。
元貴族の別邸だったというそこは、俺たちがこれまで拠点としていた宿屋の一室とは比べ物にならないほど広く、きれいに管理されていたこともあり快適だった。
引っ越し当日から数日間は、まるで探検気分で、俺たちは新しい我が家での生活に胸を躍らせていた。荷解きや部屋の割り当てだけでも、ちょっとしたイベントのようだ。
「ひゃっほー! この家、広いにゃー! ミミのお部屋はここなのだ! 日当たり最高!」
ミミは、引っ越しの荷解きもそこそこに、家中を文字通り駆け回り、あっという間に二階の角部屋、大きな出窓からフロンティアの街並みと遠くの山々まで一望できる、日当たりの良い部屋を自分のものにしていた。
そして早速、窓辺の一番日当たりの良い場所に自分の毛布を運び込み、「ここはミミの特等席なのだ! お昼寝に最高にゃ!」とご満悦で丸くなっている。その姿は、新しい縄張りを見つけて大喜びする子猫そのものだ。
一方、セラは、邸宅の一階奥に設けられた書斎にすっかり心を奪われていた。
壁一面に備え付けられた大きな本棚、重厚な木の机、そして静かで落ち着いた雰囲気。古びた羊皮紙の匂いと、新しいインクの匂いが混じり合う、彼女にとって最高の空間らしかった。
彼女は目をキラキラさせながら、持ってきた数少ない書物や、これから収集するであろう膨大な資料をどこにどう配置するか、真剣な顔で思案に暮れている。
「これだけの書斎があれば、研究も捗ります。本当に……ありがとうございます、ユウ様」
俺がそっと様子を伺うと、セラは顔を赤らめ、少しだけ俯きながら、しかし隠しきれない喜びを滲ませた声でそう言った。
(月光の下で見たあの美しい姿が、ふと脳裏をよぎった。今の幼い姿も可愛らしいが、彼女が本来の姿を取り戻したら……いや、今は考えるのはやめておこう)
クーデレな彼女なりの、最大限の感謝の表現なのだろう。その嬉しそうな顔を見ていると、俺まで温かい気持ちになった。
『セラっち、その古代文献、アタシのデータベースと照合したら何か新しい発見があるかもよ? 後でスキャンさせて! 新しいプロンプトのヒントになるかもだし!』
アリアがセラの肩越しにひょっこり顔を出し、AIらしい興味を示している。
そして、フェリシアさんはというと……。
彼女はまず、邸宅の裏手にある広い庭と、そこに設けられた簡素な訓練スペースを見つけるなり、「ここなら、思う存分鍛錬ができそうだ」と満足げに頷き、早速愛剣の素振りを始めていた。その力強い剣風は、新しい拠点への期待を物語っているかのようだ。
だが、しばらくすると、意外なことに彼女はキッチンにも興味を示した。
「む……この厨房、随分と広くて使いやすそうだな。よし、今夜の夕食は私が腕を振るおう! たまには、な!」
そう言って意気揚々とキッチンに籠った彼女だったが……数時間後、食卓に並べられたのは、見た目がなんとも豪快というか、野性的というか、とにかく形容しがたい料理の数々だった。
まるで黒ダイヤのように表面が炭化しているが、ナイフを入れると意外にも中は見事なミディアムレアの、巨大な猪肉の塊。しかし、添えられた野菜はなぜか全てペースト状になっており、スープと呼ぶにはあまりにも固形分が多すぎる、もはやシチューと呼ぶべきか悩む何か。
『うぉっ! フェリ姉、その火力調整、AIでも予測不能なんですけどー! 食材へのダメージレベル、レッドゾーン! でも、ある意味、新しい調理法かも……?』
キッチンからは、アリアの悲鳴のような実況が聞こえてきていた。
「すごいボリュームだね……。ある意味、芸術的というか……」
俺が恐る恐る感想を述べると、フェリシアさんは顔を真っ赤にして怒った。
「う、うるさい! 見た目はともかく味は確かだぞ! 文句があるなら食べるな!」
(いや、食べないという選択肢はなさそうだ……。見た目は兵器だが、味は……お、意外といけるぞ!?)
俺は、ミミとセラと顔を見合わせ、覚悟を決めてその豪快料理(?)に手を伸ばすのだった。
ちなみに、味は意外にも悪くなかった。ただ、見た目とのギャップが凄まじいだけだ。素材の良さを力技で引き出している、とでも言うべきか。
そんな賑やかな新生活が始まり、俺は俺で、広々とした地下の工房スペースに引きこもっていた。
ここは、以前の工房とは比べ物にならないほど広く、換気も完璧。これなら、AIスキルの研究開発も、より高度な生成も、思う存分行えそうだ。
『マスピ! この工房、マジ最高じゃん! 早速だけど、次の機能拡張プラン、いくつか提案してもいーい? 例えばさー、工房の地下にもっと巨大な演算コアを設置して、フロンティア中のマナの流れをリアルタイムで3Dマッピングするとか! そんで、そのデータを元に、超高精度な『災害予知システム』とか作っちゃうの! どう? すごくない!?』
アリアも新しい環境にご機嫌のようだ。スキルウィンドウには、彼女が考えたであろう新しいAIモジュールの設計図や、既存機能の強化案が、キラキラしたエフェクトと共に表示されている。
その中には、「お料理支援モジュールVer.2.0(フェリシアさんの豪快料理を美味しく見せるための盛り付け補正機能付き)」なんてものまであって、俺は思わず苦笑してしまった。
◇◆◇
そして、その夜。
フェリシアさん作の(見た目はともかく、味は確かに悪くない)夕食を囲みながら、俺は仲間たちに今後のことを切り出した。
「みんな、聞いてほしい。オリヴィアさんから、これまでの『元気ブロック』と『タクミ・グリップ』の売上に応じた、俺たちへの利益分配金が支払われたんだ。その額なんだけど……」
俺が帳簿に記された金額を伝えると、ミミは目を丸くし、フェリシアさんとセラも驚きを隠せない様子だった。
「……というわけで、今後のこのお金の使い道だけど、みんなの意見も聞きたいんだ」
俺がそう言うと、最初に口を開いたのはフェリシアさんだった。
「当然だ。無駄遣いは許さんぞ。まずは全員の装備の更新と、この新しい生活基盤を安定させることが最優先だ。それから、この邸宅の防犯体制も強化する必要があるだろうな。これだけの資産があるとなれば、悪い輩が嗅ぎつけてこないとも限らん」
さすがは元騎士、現実的で堅実な意見だ。
「わたしは……その一部を、フロンティアの公共事業や、恵まれない人々への支援に使うべきかと存じます。私たちがこうして暮らせるのも、フロンティアという街と、そこに住む人々のおかげですから」
セラは、少し遠慮がちに、しかし芯の通った声で言った。彼女らしい、思慮深い意見だ。
「ミミは、美味しいものいっぱい食べたいにゃ! あと、新しいモフモフのベッドと、ピカピカの首輪も欲しいのだ! それから、ユウのお部屋にもぐりこんで一緒にお昼寝したいにゃ!」
「ミミ! 最後のはダメだ!」
フェリシアさんに軽く頭を叩かれ、ミミは「むぅー」と頬を膨らませる。
仲間たちのそれぞれの意見を聞きながら、俺は改めて、リーダーとしての責任の重さを感じていた。
手に入れた富をどう使うか。それは、俺たちプロンプターズの今後の活動方針だけでなく、このフロンティアという街に対する俺たちの姿勢を示すことにもなる。
(みんなの意見、どれももっともだ。ただお金を持つだけじゃ意味がない。これをどう活かしていくか……。まずは、当面の生活費と、この家の維持費。それから、今後のAI研究開発のための予算。そして、セラの言う通り、フロンティアへの還元も重要だ。フェリシアさんの言う装備更新も、冒険者としての俺たちには不可欠だな)
「アリア、これらの要素を元に、最適な資産運用プランと、街への貢献計画の草案をいくつかシミュレートしてくれ」
『アイアイサー! マスピ、ついに資産運用と社会貢献にも手を出すんだね! 目指せ、フロンティアの救世主兼カリスマ投資家!w』
アリアの軽口をBGMに、俺は思考を巡らせる。
新しい拠点、新しい仲間、そして新しい目標。
フロンティアでの俺たちの物語は、まだ始まったばかりだ。




