場面10:商人ギルドとの折衝(1)
開発を進める上で、どうしても避けて通れないのが素材の調達だ。
俺の【生成AI】スキルは確かに便利だが、高品質なものや特殊な効果を持つものを作り出すには、やはりそれ相応の「触媒」となる素材が必要になる。そして、そういった希少素材の多くは、商人ギルドが流通を握っているのが現状だった。
というわけで、俺はフロンティアの商人ギルド支部へと足を運んでいた。
目的は、今後の開発に必要となるいくつかの特殊な鉱石や、魔物由来の素材の安定的な入手ルートを確保すること。
そして、交渉相手は……言うまでもなく、あの商人ギルド支部長、“算盤”のエリアス・クラインだ。一筋縄ではいかないだろうな、という予感しかない。
彼のオフィスに足を踏み入れるのは、これが初めてではないが、何度来ても独特の緊張感が漂っている。
「ユウ、本当に大丈夫なのか? あの男、かなり食えない相手だと聞くぞ」
ギルドへ向かう道すがら、心配そうに声をかけてきたのはフェリシアさんだ。今日の彼女は、なぜか俺の「護衛だ」と言い張って、工房からずっとついてきている。いや、その物々しい剣と鎧で護衛されたら、逆に目立って交渉しにくいんですが……とは、さすがに言えなかった。彼女の気遣いは素直に嬉しい。
「大丈夫ですよ、フェリシアさん。それに、今日は強力な助っ人もいますから」
俺が苦笑しながらそう言うと、隣を歩いていたオリヴィアさんが、ふわりと優雅な笑みを浮かべた。
「ええ。商人ギルドとの交渉は、わたくしにお任せくださいな。ユウ様は、必要な素材のリストを的確に伝えることだけお考えくだされば結構ですわ」
そう、今日の交渉には、オリヴィアさんが「フロンティアの経済活性化のため」という名目で、なんと公式に同席してくれることになったのだ。事前に彼女の方からエリアスに連絡を入れ、今日の面会の約束を取り付けてくれたらしい。
あの抜け目のないエリアス相手に、俺一人ではいいように丸め込まれるのがオチだろう。オリヴィアさんとフェリシアさんがいてくれるのは、正直、百人力以上に心強い。
商人ギルド支部の支部長室は、冒険者ギルドのそれとは違い、豪華な絨毯が敷かれ、壁には趣味の良さそうな(そしておそらく高価な)絵画が飾られるなど、いかにも「金儲けが上手くいってます」と言わんばかりの雰囲気に満ちていた。
ただ、どこか値踏みするような、計算高い空気が漂っているのも確かだ。部屋の隅には大きな金庫が鎮座し、机の上には分厚い帳簿が何冊も積まれている。金の匂いがする、とはまさにこのことか。
「これはこれは、ユウ殿。そしてオリヴィア様と……フェリシア殿までご一緒に。お待ちしておりましたぞ」
部屋の奥の大きな執務机に座っていたエリアスが、俺たちを見るなり満面の笑みで立ち上がり、愛想よく出迎えてくれた。小柄で痩身、神経質そうな顔立ちだが、その目は常に何かを計算しているように鋭く動いている。指先がインクで少し汚れているのが、彼の勤勉さ(あるいは強欲さ?)を物語っているようだった。
しかし、その笑顔は、明らかにオリヴィアさんと、その後ろに控えるフェリシアさんの存在を意識したものだった。特にフェリシアさんの、まるで「不審者を監視する番犬」のような鋭い視線には、さすがのエリアスも少しだけ顔が引きつっているように見える。
グッジョブです、フェリシアさん。彼女の無言の圧力は、時としてどんな言葉よりも雄弁だ。
「エリアス支部長、本日はお時間をいただき恐縮です。早速ですが、開発に必要な素材について、いくつかご相談がありまして……」
俺が切り出すと、エリアスは「ほう」と興味深そうな声を上げた。
「例の新開発ですかな? ええ、ええ、噂はかねがね。フロンティアに新たな風を巻き起こしておられるとか。特に、ユウ殿のその不思議な『創造』の力は、この街の誰もが注目しておりますぞ。素晴らしいことですな!」
(『創造』の力、か。俺のスキルをそう認識しているのか。まあ、結果だけ見ればそう見えるだろうが……)
俺は内心で舌を巻く。まだ公にはしていない開発プロジェクトの内容まで、ある程度は把握している口ぶりだ。この街の情報網は、侮れない。
俺は事前にアリアと相談してリストアップしておいた、いくつかの希少な鉱石――例えば、微弱な魔力を帯び、特定のエネルギーを増幅する性質を持つという「星詠石」や、軽量でありながら高い強度と魔力伝導性を持つ「風銀」など――と、特定の魔物からしか採れない特殊な素材の名前を告げた。これらは、今後の装備改良や、気象システムの安定化に不可欠なものだ。
エリアスは、俺が素材名を挙げるたびに「ほう……」「なるほど……」と頷きながら、手元の帳簿に何かを素早く書き込んでいる。その目は、まるで上質な獲物を見つけた狐のように、細められ、鈍い光を宿していた。
「いやはや、ユウ殿。なかなかに目の付け所がよろしいようで。それらの素材は、確かに素晴らしい効果を持つものばかりですな。ですが……いかんせん、どれもこれも希少品でしてねぇ。特に最近は、王都の方でも需要が高まっているとかで……」
エリアスは勿体ぶるようにそう言うと、指先で算盤を弾くような仕草をしながら、とんでもない価格を提示してきた。事前にアリアに調べさせていた市場価格の、おそらく倍以上はするだろう。完全に、俺たちが素人だと思って吹っかけてきている。
「そ、それは少し……いくら何でも高すぎませんか!?」
『マスピ、顔に出てるよw あの商人、今マスピの足元見てニヤニヤしてるのが、アタシのが見ても丸わかり!w 典型的なぼったくり価格だね! 交渉術スキルLv.1のユウくんには荷が重い相手だ!』
アリアの脳内通信が、俺の憤りを的確に(そして面白おかしく)代弁してくる。うるさい! そして、その分析、今はオリヴィアさんにこそ伝えるべきだろうが!
俺が思わず抗議の声を上げると、エリアスは困ったような顔を作りながらも、その目は笑っていなかった。
「いやはや、これでもかなり勉強させていただいたつもりなのですが……。何分、仕入れも困難でしてな。このフロンティアまで運んでくるとなると、どうしても経費が嵩んでしまうのです」
(こいつ、絶対に嘘ついてるだろ……! だが、ここで感情的になったら相手の思う壺だ)
俺が憤慨していると、それまで黙って話を聞いていたオリヴィアさんが、静かに、しかし凛とした声で口を開いた。
「あら、エリアス支部長。そのお値段ですと、先日ソラリスからフロンティアを訪れた大商隊『暁のキャラバン』の方々が提示しておられた卸値よりも、随分とお高いようですけれど?」
オリヴィアさんの言葉に、エリアスの顔色が一瞬で変わった。彼の額に、じわりと汗が滲むのが見える。俺は内心でオリヴィアさんにサムズアップを送る。さすがだ。彼女の言葉には、ただの情報だけでなく、相手を揺さぶる何かがある。
「『暁のキャラバン』……。あ、あれは特殊なルートでして、その、あまり一般的な価格とは……」
「あら、そうですの? わたくし、彼らとは個人的にも懇意にさせていただいておりましてよ。もし、支部長のところで都合がつかないようでしたら、彼らに直接、フロンティアへの定期的な素材供給を打診してみようかしら、と考えていたところですの。もちろん、代官府として、正式な交易ルートの開設も視野に入れておりますわ。それに……最近、支部長のギルドでは、随分と多くの希少素材を『お安く』仕入れていらっしゃるとか? その豊富な在庫を、まさかフロンティアの発展のために還元していただけない、なんてことはございませんわよね?」
オリヴィアさんは優雅に微笑みながら、しかしその言葉には明確な圧力が込められていた。市場価格、他の調達ルート、そして今度はギルドの内部事情までちらつかせ、エリアスを完全に追い詰めている。
その間、フェリシアさんは腕を組み、ただ黙ってエリアスを睨みつけている。その無言の圧力は、どんな言葉よりも雄弁に「不当な取引は許さん」という意志を伝えているかのようだ。
「い、いやはや……オリヴィア様、それは……。な、何かの手違いでございましたかな……。ははは……」
エリアスは引きつった笑みを浮かべ、額の汗をハンカチで拭うと、慌てて帳簿を書き直し始めた。その目は泳ぎまくり、明らかに動揺している。
今は多少の損は覚悟してでも、貸しを作っておく方が得策か―――エリアスのそんな心の声が聞こえてきそうなほど、彼の表情は分かりやすかった。まったく、現金な男だ。
「ええと、ですな……こちらの『星詠石』と『風銀』ですが、ギルドの特別価格ということで……こちらの価格ではいかがでしょうかな? これ以上は、もう……ギルドが潰れてしまいますぞ……!」
彼が新たに提示してきた価格は、最初のふっかけた値段に比べれば、かなり現実的なものになっていた。まだ少し高い気もするが、これなら何とか予算内に収まりそうだ。
俺はオリヴィアさんとフェリシアさんに目配せし、二人が小さく頷くのを確認すると、ようやく安堵の息をついた。
「……分かりました。その価格でお願いします」
「毎度ありがとうございます!」
エリアスは、先ほどまでの冷や汗が嘘のように、再び満面の笑みを浮かべていた。本当に、どこまでも商人な男だ。
こうして、俺は何とか必要な素材確保の見通しを立てることができた。
オリヴィアさんの見事な交渉術と、フェリシアさんの無言の圧力がなければ、今頃どうなっていたことか……。 俺一人では丸め込まれていただろう。
やはり、彼女たちは本当に頼りになる仲間だ。
同時に、このフロンティアで何か事を成すには、商人ギルドとの良好な(あるいは、少なくとも対等な)関係が不可欠であることも、改めて痛感させられたのだった。
エリアスのような男を相手にするのは骨が折れるが、彼のような存在もまた、この街を形作る一つの要素なのだろう。




