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場面5:開発開始と壁

オリヴィアさんからの正式な依頼を受け、俺たちプロンプターズは、意気揚々と本格的な開発作業に取り掛かることになった。


オリヴィアさんが手配してくれた街の空き家――元は小さな鍛冶工房だったというそこは、頑丈な作業台や年季の入った炉の跡が残り、開発拠点としては申し分ない広さと雰囲気を備えていた。もっとも、工房内は長年使われていなかったのか、埃っぽくて薄暗く、お世辞にも快適とは言えない環境だったが、そんなことは些細な問題だった。


「さて、やることは山積みだが……まずは、それぞれの開発コンセプトをしっかり固めようか」


俺は作業台の前に仲間たち――セラ、フェリシアさん、ミミ、そして俺の肩でホバリングするアリア――を集め、改めてオリヴィアさんから提示された三つの課題と、俺たちが目指すべき完成形を共有する。


闇雲に試作を繰り返すのではなく、何のために、何を、どのように作るのか。その目的意識を全員で明確に持つことが、この前代未聞のプロジェクトを成功させるための第一歩だと考えたからだ。


「最初は『冒険者のサポートアイテム』。具体的には、携帯食料の開発だ。オリヴィアさんの話では、フロンティアの冒険者はダンジョン探索や長期の遠征で、今の携帯食料――干し肉や硬い黒パン――の重さ、かさばり、そして何より劣悪な保存性にほとほと困っているらしい。味は二の次、三の次でいい。とにかく軽くて栄養価が高く、そして何よりも長期間品質を保てるものが求められている」


『そうそう! アタシの事前リサーチでも、今の携帯食って「まずい、重い、すぐ腐る」の三重苦で、冒険者の士気を駄々下げしてるってデータが出てるよ! でも、アタシの考案したレシピなら、その全てを華麗に解決できるはず! 名付けて『アリア様スペシャル・元気モリモリブロックVer.0.1』! コンセプトは「手のひらサイズの完全栄養食! これ一個で一日分の活動エネルギーをチャージ!(効果には個人差があります)」だよ!』


アリアが小さな胸を張り、自信満々にプレゼンする。確かに、元の世界の宇宙食や軍用レーションのようなものなら、軽量高栄養価で長期保存も可能だった。この世界の素材と技術レベルでどこまでそれを再現できるか、それが最初の課題だな。


「次は『職人の作業効率化』。これは、彼らが日常的に使う道具の柄、グリップ部分に取り付けるアタッチメントを考えている。前に話を聞いたドワーフの鍛冶屋の親方も言っていたが、長時間の作業は手の負担が大きく、汗で滑れば大怪我にも繋がりかねない。このフロンティアの活気を支えているのは、間違いなく職人さんたちの技術だ。彼らの生産性向上は、街全体の発展に不可欠なはずだ」


『そこで登場するのが『タクミ・グリップ』! 異世界の職人さんたちの手の骨格データ、力の入れ方の癖、使用道具の材質との相性なんかを分析して、個々人に最適化された形状と素材を提案する、いわばオーダーメイドのカスタムフィットグリップだよ! 握りやすさMAX! 疲労軽減効果もマシマシ! 作業精度も鬼アップ!』


「ちょっと言い過ぎだが、目指す方向は間違ってない」


俺はアリアの暴走気味な説明に苦笑する。


「熟練の職人さんが持つ素晴らしい技術を、より少ない身体的負担で、安定して発揮できるようになれば、この街の生産力は確実に底上げされるはずだ」


「ふむ、確かに理にかなっているな。良い道具は、戦場でも工房でも同じように重要だ。使い手の力を最大限に引き出す道具こそが、真の名品と言えるだろう」


フェリシアさんが、自身の剣の柄を確かめるように握りしめながら、真剣な表情で頷いている。彼女の言葉には重みがあった。


「そして最後が、今回のプロジェクトで最大の難物になるだろう……『自然現象への対策』、つまり気象予測システムだ」


この言葉に、それまで静かに話を聞いていたセラが、すっと身を乗り出してきた。彼女の碧い瞳が、知的な探求心の色を帯びて輝いている。


「フロンティアの天候は、まるで気まぐれな精霊のように不安定だと聞いています。急な豪雨や、収穫間近の作物をなぎ倒す突風、視界を奪う濃霧……それらが農業に深刻な被害を与え、商人たちの物流を滞らせ、そして冒険者たちの活動を危険に晒していると。もし、ほんの数時間後、あるいは翌日の天候だけでも正確に予測することができれば……」


『その通り! 名付けて『フロンティア・ウェザーリポート』計画! 街の周辺数カ所に、特殊な魔道具『風詠みの水晶エアロ・クリスタル』を設置するんだ! この水晶は、周囲の気圧、気温、湿度といった基本的な気象要素だけじゃなく、風向風速、そしてこの世界特有のエネルギーであるマナ濃度の微細な変化までも感知して、その色や内部の光の揺らめき、時には微かな共鳴音を発することで、観測者に情報を伝えてくれるの!』


アリアが、まるで自分の発明品を披露するかのように得意げに説明する。


『その膨大な、そして複雑怪奇な変化パターンを、この天才AIアリア様の超絶並列処理能力でリアルタイムに解析! さらに、セラっちが持つ古代エルフの天候占術の知識――星の配置や精霊の囁きから天候を読むっていうアレね!――も予測モデルの重要なファクターとして組み込む! これによって、局地的なマナ・ストームの発生予兆だって、事前にキャッチできるようになる……かもしれないんだから!』


アリアの壮大な構想に、セラは期待と、しかしそれ以上の困難さを予期したような、複雑な表情で頷いた。


「ええ。『風詠みの水晶』という発想は、古代エルフが用いた天候観測儀の原理にも通じるものがあります。もしこの構想が本当に実現すれば、農業計画の最適化、物流ルートの安定化、冒険者の安全管理の向上……まさに、このフロンティアの運営そのものが劇的に変わるでしょう。ですが……この世界に満ちるマナの影響を正確に読み解き、水晶が発する複雑なサインを正しく解釈するのは、並大抵のことではありません。非常に、困難な試みになるかと存じます」


「ああ、分かってる。簡単なことじゃないのは承知の上だ。だが、挑戦する価値は、間違いなくあるはずだ」


俺はセラの懸念を受け止め、それでも力強く応じた。失敗するかもしれない。でも、何もしなければ何も変わらない。


こうして、それぞれの開発アイテムのコンセプトと、それによって解決を目指す課題を全員で共有し、俺たちプロンプターズの新たな挑戦が始まった。


「よーし、まずは手始めに『元気ブロック』の試作からだ! アリア、例のレシピ、いけるか!?」


俺が作業台に購入してきた穀物を広げながら威勢よく言うと、肩の上でアリアが小さな拳をぐっと握りしめた。


『もちろん! アタシの膨大なデータベースにある現代栄養学とレーション技術、そして異世界の食材データをマッシュアップして最適化した最強レシピをプロンプトで構築済みなんだから! 名付けて『アリア様スペシャル・元気モリモリブロックVer.0.1』! 効果は……まあ、食べてのお楽しみってことで!』


相変わらずの自信満々ぶりだが、その語尾についた「Ver.0.1」という部分が、俺の胸に若干の、しかし無視できない不安を呼び起こす。まあ、最初から完璧なものができるとは思っていない。一歩ずつ、試行錯誤を繰り返すしかない。


作業台の上には、オリヴィアさんから提供された潤沢な資金で市場から買い込んできた、この世界で主食とされている数種類の穀物が並んでいる。硬そうな黒い粒の麦、パサパサした見た目の豆のようなもの、あとは名前もよく分からないが、鳥の餌にしか見えないような雑穀の類。特に目を引くのは、鉄のように黒光りし、ずしりと重い「黒鋼麦くろがねむぎ」と呼ばれる穀物だ。名前からして、まず間違いなく頑丈だろう。


「『プロンプト:ここにリストアップした穀物を主原料とし、アリア考案の栄養補助食品レシピ『元気モリモリブロックVer.0.1』に従い、高栄養価かつ長期保存可能な携帯固形食料を試作せよ。目標個数はとりあえず10個で!』」


『アイアイサー! 創造モジュール、レシピデータに基づいて起動! 材料、コネコネミックス! プレッシャー&ヒートで圧縮成形、ドン! 焼き加減は……ウェルダンでカッチカチに! って、今回はそういう指示じゃないか!w』


アリアのいつもの軽快な声と共に、俺の目の前のスキルウィンドウが淡い光を放つ。すると、作業台の上の穀物が、まるで目に見えない手で素早く扱われているかのように、ひとりでに動き出した。ゴリゴリと音を立てて粉砕され、均一に混ぜ合わされ、そして一定の大きさにぎゅっと圧縮されていく。最後に、微弱な魔力熱が発生し、焼き固められたような茶色いブロックが10個、ゴロン、と作業台の上に無造作に転がり出た。


見た目は……うん、正直言って、あまり美味そうとは言えない。というか、食べ物に見えない。硬そうで、パサパサしてそうで、まるで道端に転がっているレンガの欠片のようだ。


「できたっぽい? これがアリア様謹製『元気モリモリブロック』……って、え、何これ、ただの石ころじゃん! レシピ間違えた!?」


アリアが完成品(?)を見て、素っ頓狂な声を上げる。いや、お前が設計したレシピだろうが。


俺は恐る恐る、その石ころ……もとい、元気ブロックの一つを手に取ってみる。ずしりと重い。そして、異常に硬い。爪で叩いてみると、コンコン、とまるで石を叩いたような乾いた音がした。


(……これは、嫌な予感しかしないんだが)


意を決して、端っこをほんの少しだけ齧ってみる。


「……ゴフッ!? か、硬ぇっ! 歯が、歯が折れるかと思った……! 味も……なんだこれ、湿気た土壁でも齧ってる気分だ……!」


想像を絶する硬さと、形容しがたい不味さに、俺は思わずむせ返ってしまった。これは、食料というより兵器に近い。鈍器としてなら使えるかもしれない。


「うげぇぇぇっ! これ、食べ物じゃないのだ! ミミの自慢の牙が欠けるかと思ったにゃ! ぺっぺっ!」


俺の壮絶な顔を見て何事かと察したのか、いつの間にか背後から覗き込んでいたミミが、残りのブロックの一つを好奇心からひったくって齧りつき、そして俺以上に盛大な顔をしかめて床に吐き出した。お前、本当に懲りない猫だな。


『あれー? おかしいなー? 計算上は完璧な栄養バランスと驚異的な保存性のはずなんだけど……。やっぱ、あの黒鋼麦の硬さが、アタシの想定を遥かに超えてたみたい? 水分量とか加熱時間、圧縮率のパラメータをもうちょい調整してみる? あと、甘みが足りないっていうか、味が皆無だから、この前森で採ってきた『虹色ベリー』とか混ぜてみたら、少しはマシになるかもよ? 見た目もファンシーになるし!』


アリアが、全く反省の色を見せずにあっけらかんと提案してくる。こいつのレシピは、どうやら栄養価と保存性というパラメータに全振りしていて、味と食感という最も重要な要素が完全に欠落しているらしい。


「そうだな……。黒鋼麦の繊維構造を、まずアリアの分析モジュールで徹底的に解析して、どうすればもっと柔らかく、消化しやすくできるか、そこから考え直さないとダメだな。それに、いくら栄養があっても、不味すぎたら誰も食べない。味の改善も必須だ。それから、保存性を上げるための添加物も……」


うん、前途は多難だ。元気ブロックの開発は、早くも大きな壁にぶち当たってしまった。


次に俺たちが着手したのは、『タクミ・グリップ』の開発だ。フロンティアの職人たちが日常的に使う道具――ハンマー、ノミ、ヤスリ、あるいは剣や斧といった武器など――のグリップ部分に取り付けることで、握りやすさを飛躍的に向上させ、長時間の作業による疲労を軽減し、最終的には作業効率そのものを上げることを目的としたアタッチメントだ。


まずは情報収集からだ。俺はセラを伴って、街の鍛冶屋や革細工師の工房をいくつか回り、実際に彼らが使っている道具を見せてもらったり、作業中の悩みや改善してほしい点などを詳しくヒアリングさせてもらった。


「おう、坊主。グリップの改良ねぇ……そりゃあ、助かるぜ。見ての通り、一日中このクソ重い槌を振るってっと、手が痛くて夜も眠れねぇ時があるんだ。特に雨の日は、汗と雨で柄が滑って、危うく大怪我しそうになったことも一度や二度じゃねえ」


快く、そして切実な悩みを聞かせてくれたのは、ドワーフ族の頑固そうな鍛冶屋の親方だ。そのゴツゴツとした手のひらは、長年の労働で分厚く、硬いタコで覆われている。彼の言葉には、職人ならではのリアリティがこもっていた。


俺は集めた貴重な情報を元に、アリアと相談しながら試作品の設計を開始した。元の世界でかじった人間工学の知識、この世界の素材に関するアリアのデータベース、そして職人たちの生の声。それらを組み合わせ、いくつかのパターンの試作品をAIの創造モジュールで生成していく。


そして、出来上がった試作品のテストは、当然のようにフェリシアさんにお願いすることになった。彼女の愛用の大剣の柄に、試作グリップの一つを装着し、実際に素振りや打ち込みをしてもらう。


「ふむ……悪くない。形状は手にしっくり馴染むし、確かに以前よりは衝撃も和らいでいるようだ。だが……」


フェリシアさんは作業台の前に立ち、しばらく様々な角度から剣を振るい、その感触を確かめていたが、やがて額にうっすらと汗を浮かべ、グリップを握る自身の右手を見つめた。


「やはり汗をかくと、どうしても表面が滑るな。これでは実戦では使い物にならん。特に私のように、一撃の重さよりも手数と速さで勝負するスタイルの場合、グリップの安定性が僅かでも損なわれるのは命取りになる」


手厳しいが、彼女の指摘は的確だ。剣の専門家としての経験に裏打ちされた、貴重なフィードバックだった。


「なるほど……滑り止め加工と、素材の吸湿性か。アリア、何かいいアイデアはあるか? この世界の樹液で、乾燥するとゴムのような弾性と強いグリップ力を発揮するものは? 例えば、前に森で見かけた、あの妙に粘度の高い樹液を出す『ネバネバの木』のデータとか、どうだ? あるいは、特定の魔物の皮の表面構造をミクロレベルで模倣して、滑り止め効果を生み出すとか……」


俺が具体的なアイデアをいくつか提示すると、アリアは少し考えてから答えた。


『ネバネバの木の樹液ね! 学習データあるよ! あれ、乾燥させると結構いい感じの弾力と吸着性が出るんだよね。ただ、耐久性にちょっと難アリかも。魔物の皮だと……前に討伐した『サンドリザード』の鱗の裏側にあるザラザラした皮膜、あれが確か微細な凹凸構造で高い摩擦係数を生み出してた! データあるから、あれを模倣した表面加工は可能だよ! 両方組み合わせて、ハイブリッド素材にしてみる?』


「ベタベタしすぎたり、逆にザラザラしすぎて手を痛めたりするのは勘弁だが……。でも、組み合わせか。それぞれの長所を活かせるなら、試してみる価値はありそうだな。よし、アリア! ネバネバの木の樹液の配合比率と、サンドリザードの皮膜パターンの最適な組み合わせを、いくつかシミュレーションしてくれ!」


『アイアイサー! 素材配合シミュレーション、開始! 目標は「汗をかいても滑らない! でもベタつかない! しかも握り心地最高!」な夢のグリップだね!』


アリアの(またしても少し暴走気味な)返事を聞きながら、俺たちは再び素材配合と形状設計の試行錯誤へと戻るのだった。ここでも、異世界の未知の素材の特性を完全に理解し、それを安定して供給する方法を確立するまでには、まだまだ多くの課題が待ち受けていそうだ。


そして、今回のプロジェクトで最大の難関となるであろう、『フロンティア気象観測システム』の開発にも着手した。


まずは、観測ネットワークの心臓部となる、魔法的な観測装置「風詠みの水晶エアロ・クリスタル」の生成だ。


これは、俺が基本的なコンセプトを提示し、アリアがその実現可能性を探りつつ詳細な設計図を描き、さらにセラが古代エルフの文献に残る天候観測儀の知識から貴重な助言を加え、そして俺が最終的なプロンプトを練り上げて創造モジュールで作り出す、というまさしく三位一体の共同作業となった。


重要な触媒には、オリヴィアさん経由でなんとか入手できた特殊な高純度水晶と、以前ダンジョン探索の際に森の奥深くで偶然採取していた、微量の「風の精霊石」の欠片などを使用した。


「『プロンプト:高純度水晶と風の精霊石の欠片を主要触媒とし、周囲の気圧、気温、湿度、風向風速、及びマナ濃度の微細な変化を複合的に感知し、その結果を水晶内部の色調変化、光の揺らめきのパターン、そして特定の周波数の共鳴音として段階的に表現する、球状の高精度魔道具「風詠みの水晶」を複数生成せよ。屋外設置を考慮し、高い耐久性と自己清浄機能を付与すること。さらに、観測された変化パターンを、アリアが遠隔でリアルタイムにデータとして受信可能な、極めて微弱な指向性魔力信号マナパルスに変換して、常時発信する機能を組み込むこと!』」


これまでのどの生成よりも複雑で、長大なプロンプト。MP消費もかなりのものになるだろう。俺は息を詰め、アリアの応答を待った。


『……プロンプト、受理! 解析……完了! 必要MP、推定80! 生成開始!』


アリアの緊張した声と共に、創造モジュールが最大出力で稼働を開始する! 作業台の上の水晶と精霊石の欠片が眩い光を放ち、融合し、そして徐々に形を変えていく。数度の試行錯誤と、MP回復薬のがぶ飲みを経て、俺たちの目の前には、ようやく手のひらサイズの、どこまでも透明で美しい「風詠みの水晶」がいくつか完成した。


普段は穏やかな乳白色を湛えているが、例えば俺が息を吹きかけると、その部分が僅かに青みがかったり、近くで魔力を使おうとすると、水晶内部の光が星のように強く瞬いたりする。これなら、高感度の観測装置として十分に機能しそうだ。


問題は、やはりその設置場所と、収集したデータの解析、そして何よりも、この異世界特有の「マナ」の影響だった。


「ミミー! だからその一番細い枝は折れるって、さっきから言ってるだろうが! せっかく作った『風詠みの水晶』、落として割ったらどうするんだ!」


「にゃっはー! ミミ様、木登り超得意だから、こんなの楽勝なのだー! 見てろよー、一番高いところにてっぺん取ってやるにゃ……ひゃっ!? あ、足が滑っ……!」


「あーっ! だから言わんこっちゃない! このおバカ猫!」


街の少し外れにある、見晴らしの良い小高い丘の、一番高い木のてっぺんで、ミミが「風詠みの水晶」設置に悪戦苦闘(というよりは、ただ遊んでいるようにしか見えない)していた。彼女の猫並外れた身軽さと獣人ならではの鋭敏な感覚を買って、危険な高所への設置作業を手伝ってもらっているのだが、どうにも落ち着きがなく、見ているこっちがハラハラする。


結局、見かねたフェリシアさんが、呆れ顔でため息をつきながらも、まるでリスのように軽々と木を駆け登り、あっという間に正確な位置へ水晶を固定してしまった。ミミはフェリシアさんにこっぴどく叱られ、耳と尻尾をしゅんとさせて反省しているフリをしている。


そんなこんなで、なんとか複数の「風詠みの水晶」を、街を一望できる高台や、マナの流れが特に特徴的だとされる古い遺跡の近辺などに設置し終え、いよいよアリアによる本格的なデータ収集と解析が開始された。


『ふむふむ……よし、各地に設置した「風詠みの水晶」から、設計通り、微弱なマナパルスとして観測データがリアルタイムで送られてきてるね! 水晶内部の色の変化は気圧と湿度に対応するコードA、光の揺らめきの強度は気温と風速でコードB……みたいに、アタシが後で解析しやすいように、あらかじめ指定した数値データに変換して、工房の受信装置(これもAI製)に記録中……。でも……やっぱり問題は……』


アリアがアバターのに指を当てて、いつになく難しい顔をする。


『うわー、やっぱりデータノイズが半端ない! この世界、空気中にもマナの粒子がそこら中に漂ってるから、それが水晶の精密な観測データだけじゃなくて、微弱なマナパルス通信そのものにも強烈に干渉しまくってるよ! 信号が途切れたり、ありえない異常数値が混じったり……これじゃあ、正確な天気予報どころか、マナ濃度予報すら怪しいレベルだよ!』


スキルウィンドウに表示される、各地の水晶から送られてくるデータグラフは、確かに細かく不規則なノイズで埋め尽くされており、本来観測したいはずの微細な変化がほとんど読み取れない。


アリアによると、このマナのノイズは非常に厄介で、まるで誰かが意図的に観測を妨害しているかのように、水晶が発する微弱な魔力信号をピンポイントでかき消そうとする動きすら見せるらしい。これが単なる自然現象なのか、それとも何者かの作為なのか……現時点では判断がつかない。


『それに、ギルドのゴードン支部長が言ってた、マナが嵐みたいに吹き荒れる『マナ・ストーム』の予測なんて、今のこのデータ量と解析アルゴリズムじゃ、絶対に無理ゲーだって! 下手したら、マナ・ストーム発生時には水晶自体がマナの影響を受けすぎて暴走しちゃって、まともなデータなんて一つも送ってこない可能性すらあるし!』


アリアが自分のツインテールを掻きむしるようにして頭を抱える(もちろんアバターの仕草だが)。AIがここまでお手上げ状態なのは珍しい。


「やはり、この世界に満ちるマナの影響を正確に読み解き、それを補正する独自の予測モデルを構築する必要がありそうですね。エルフの天候占術の文献によれば、マナの大きな流れを、天を巡る星々の運行と結びつけて予測していたという記録もありますが……」


いつの間にか俺の隣に来ていたセラが、工房の窓から見える二つの月を眺めながら、難しい顔で腕を組み、そう呟いた。彼女の持つ古代の知識が、ここでも突破口を開くヒントになるかもしれない。


(マナと星の運行……か。確かに、この世界の物理法則は、マナという未知のエネルギーに大きく左右されている。天候も例外ではないはずだ。だが、今の俺たちの知識と、アリアの分析能力で、そこまで複雑で壮大な法則性を解き明かし、予測モデルに組み込むことなど、本当に可能なのだろうか?)


何より、信頼できる過去の気象データも、精密な星図データも、このフロンティアにはほとんど存在しないに等しい状態だ。完全にゼロから、この世界の天候を支配する法則を読み解くのは、あまりにも困難では?


俺は内心で深いため息をつく。気象予測システムの開発は、俺が当初考えていたよりもずっと、ずっと困難で、茨の道になりそうだ。


開発はまだ始まったばかりだというのに、どのプロジェクトも一筋縄ではいかない問題が山積している。ここ辺境都市フロンティアでの俺たちの新たな挑戦は、早くも大きな、そして分厚い壁に真正面からぶち当たっていた。


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