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場面26:呪いの停止

セラの震える指が、俺から受け取った銀色の指輪――『月光の守り』を、自身の左手の薬指へとゆっくりとはめていく。


まるで永遠のように長い数秒。固唾を飲んで見守る俺たちの前で、指輪が彼女の細い指に収まった、その瞬間だった。


「…………あ!」


小さな、しかし確かな変化を感じ取ったような声が、セラの唇から漏れた。


同時に、指輪が閃光と呼ぶべき強い白銀の輝きを放ち始めた! 光は脈打つように明滅し、指輪から溢れ出した優しくも力強い波動が、セラの体全体を柔らかく包み込んでいく。

 

彼女は「うっ…」と苦しげに眉を寄せ、細い腕で胸元を押さえた。体内で何か、大きな力がせめぎ合っているかのような気配。見守る俺たちの心臓も、ドクン、ドクンと早鐘のように打ち始める。


(頼む……効いてくれ……! セラを……!)


俺が祈るような気持ちで見守っていると、肩の上でアリアが歓声を上げた。その声は、俺の脳内に直接響く。


『解析結果更新! ビンゴ! セラっちの体内の呪いのエネルギーパターン、急速に沈静化してる! 進行、完全にストップしたよ! やったねマスピ!』


「本当か、アリア!?」


俺は思わず声を上げる。


『マジマジ! この『月光の守り』、設計通りちょー高性能! 月光の涙の浄化エネルギーと、ミスリル&聖銀の守護魔力がいい感じにシナジー起こしてる! 呪いの進行は完全に止まったって断言できるよ!』


やった……! 本当に、止められたんだ……! 熱い安堵感が、体の奥底から込み上げてくる。指先に残っていた力が、ふっと抜けるのを感じた。


セラの体を包んでいた光も、徐々にその輝きを収めていく。彼女はゆっくりと目を開け、自分の体、そして指にはめられた銀の指輪を、まるでそれが幻ではないかと確かめるように、じっと見つめている。

 

やがて、その強張っていた表情が、安堵と……そして、抑えきれないほどの深い喜びの色へと変わっていくのが分かった。


「……呪いの進行が、止まりました……!」


セラの唇から、震える、しかし確かな歓喜を帯びた声が漏れた。その白い頬を、一筋の透明な雫が静かに、しかし止めどなく伝っていく。それは、長い長い苦しみからの解放と、ようやく訪れた未来への希望の涙に見えた。


俺も、フェリシアさんも、ミミも、ただ言葉もなくその光景を見守っていた。どんな言葉も、今の彼女の心境には届かないように思えたからだ。


「よかった……本当によかったな、セラ」


ようやく俺が絞り出した声は、安堵で少し掠れていた。


セラは涙を乱暴に手の甲で拭うと、俺に向かって深々と頭を下げた。その小さな肩が、まだ小刻みに震えている。


「ユウ様……本当に、ありがとう……ございます……っ」


彼女の声には、これまでにないほどの深い、深い感謝の念が込められていた。


しばらくその感動的な余韻に浸っていたが、ふと、セラが何かを思いついたような表情で顔を上げた。涙の跡が残るその瞳には、新たな光が宿っている。


「あの……ユウ様。もし、よろしければ……試してみたいことが、あります」


「試したいこと?」


「はい。この指輪の力で呪いの進行が止まったのなら……もしかしたら、本来の姿に戻れるかもしれません」


本来の姿……? 俺たちが戸惑いの表情を浮かべていると、セラは小さく息を吸い込み、指にはめた『月光の守り』に意識を集中させた。


すると、再び指輪が淡い、しかし今度はより強く、温かい月光のような輝きを放ち始めた! その光はセラの小さな体を完全に包み込み、まるで光の繭のように見える!


「うわっ! なにが始まるにゃ!?」


ミミが驚きの声を上げる。俺もフェリシアさんも固唾を飲んで見守る。


光の繭の中で、セラのシルエットが急速に変化していくのが見て取れた! 幼かった体つきが、まるで粘土細工のように、しなやかな曲線を描きながら伸びていく。手足はすらりと長くなり、身長もぐんぐんと伸びていく。まるで、花が開く瞬間を早送りで見ているかのようだ。

 

輝く銀色の髪は、月光をそのまま溶かし込んだかのように光沢を増し、肩にかかる程度だった長さから、滝のように滑らかに腰のあたりまで伸びていく。その髪が一瞬、光の粒子を散らしたように見えた。


そして、光が最高潮に達した瞬間、繭が弾けるように霧散した!


「……な、なに!? これは!?」


言葉を失った。いや、呼吸すら忘れていたかもしれない。息を呑むほどに美しい、一人のエルフの女性が、そこに静かに佇んでいた。

 

年の頃は……おそらく18歳くらい。少し前までの10歳の少女の姿とは、もはや別人と言っていい。月光を吸い込んだかのような銀糸の髪がきらめき、深い森の湖面を思わせる碧眼は、神秘的な輝きを湛えて俺たちを見つめている。


陶器のように滑らかで、透き通るような白い肌。そして、これまで隠されていた、女性らしい柔らかな膨らみと、引き締まったくびれを持つ、完璧としか言いようのない曲線美。

 

纏っているのは相変わらず質素なワンピースのはずなのに、今の彼女が着ていると、どんな豪奢なドレスよりも輝いて見える。

 

これが……セラの、本当の姿……。まるで、物語の中から抜け出してきた月の女神そのものだ。


「うわー! セラ、急に大きくなったにゃ!? しかも超美人! スタイルも抜群なのだ! ミミもあんなふうになりたいにゃー!」


隣でミミが素っ頓狂な声を上げて感嘆している。いや、感嘆するポイントはそこかよ! ……まあ、否定はしないが!


「……これが、本来の姿か。……たしかに……見違えたな」


フェリシアさんも、さすがに驚きを隠せない様子で、わずかに頬を赤らめながら呟いている。普段の仏頂面はどこへやら、この美しさには動揺を隠せないようだ。


「セ、セラ……!?」


俺はと言えば、ようやく絞り出した声が情けないほど上ずっていた。ただ、目の前の現実離れした光景に、完全に思考がフリーズしていた。心臓が、ドクン、ドクンと、うるさいくらいに高鳴っている。顔が、耳が、熱い。これが……セラの本当の姿。


(やばい……これは、本当に、いろいろと、やばい……!)


俺が見惚れて固まっていると、本来の姿を取り戻したセラは、しかし、わずかに顔をしかめ、苦痛を堪えるように細い指で胸元をそっと押さえた。


「……でも、この姿だと……体内の魔力が急激に活性化してしまいます。それが、呪いを刺激するようで……やはり少し、苦痛が伴います。それに、この状態を長くは維持できません」


彼女は少し残念そうに、そして俺たちの視線に気づいたのか、少しだけ恥ずかしそうにそう言うと、再び指輪に意識を集中させる。

 

眩しかったオーラのような輝きが収まり、彼女の姿は再び、見慣れた十歳程度の少女へと戻っていった。まるで美しい幻でも見ていたかのような、あっけない変化だった。


だが、俺の網膜には、さっきまでの彼女の女神のような姿が、強烈な残像として焼き付いて離れない。心臓のドキドキも、一向に収まる気配がない。


「はぁ……」


少女の姿に戻ったセラは、少し疲れたように息をつき、俺に向き直った。その頬は、魔力を使ったせいか、それともさっき俺たちに見つめられていたせいか、ほんのりと美しい桜色に染まっている。


「ありがとうございます、ユウ様。呪いの進行が止まっただけでも……わたしにとっては、十分すぎるほどの救いです」


彼女はそう言って微笑む。その笑顔は、以前よりもずっと自然で、穏やかに見えた。彼女は満足しているのかもしれない。


だが、俺は駄目だ。ダメすぎる。あの苦しげな表情。本来の姿でいられないという事実。そして、何より……あの美しさを知ってしまったからには。


(下心……断じてない! いや、ほんのちょっとだけ、あるかもしれない……いやいやいや、ない!)


俺は、自分の心の中の天使と悪魔の戦いを力ずくで振り払い、セラの小さな肩に、そっと手を置いた。変な気は起こさないように、細心の注意を払いながら。


「ひゃっ!?」


それでも、セラはまるで電気に触れたかのようにびくりと体を震わせ、小さな悲鳴に近い声を上げた! 俺の手が触れた肩から、彼女の顔全体がみるみるうちに真っ赤に染まっていく!


さっきまでの穏やかさはどこへやら、大きな碧い瞳は驚きに見開かれ、あわあわと激しく視線が左右に泳ぎまくっている!


(うわっ、どうしたんだ!? 普段とのギャップが……って、落ち着け俺!)


俺は動揺を悟られまいと、できるだけ力強い声で言った。


「そ、そうか! 進行が止まっただけでも大きな進歩だ! だが最終的には必ず、その呪いを完全に解く方法を見つける! 本来の君が、何の苦痛もなく、ずっとあの姿で笑っていられるように、必ずしてみせるよ!」


俺の言葉にセラは顔を真っ赤にしたまま、驚いたように俺を見上げてくる。その潤んだ瞳が、俺の目を真っ直ぐに見つめ返す。やがて、彼女は恥ずかしそうに俯き、消え入りそうな、しかし確かな声で、こくりと小さく頷いた。


「……は、はいっ……! ユウ様を……信じて、います」


その声は震え、語尾は完全に上ずっている。普段の冷静沈着な彼女からは想像もつかない、あまりにも……


(……か、可愛い……!)


その破壊力抜群のギャップに、俺の心臓は再び、今度こそ本当に臨界点を超えそうなくらい、激しく高鳴った! まずい! 本気でやばい!


俺が内心で嬉しい悲鳴を上げていると、肩の上でアリアが楽しそうに、しかし呆れたような声で囁いた。


『はいはい、ラブコメ劇場お疲れ様ー。呪いは止めたけど、マスピの心臓は止まりかけってね!w 無自覚! 朴念仁! エロゲ主人公確定!』


「う、うるさいぞアリア!」


俺は赤面しながら内心で全力でツッコミを入れる。まったく、このAIは……!


それでも、俺の心は決まっていた。セラの呪いを完全に解くという新たな目標と、彼女との間に生まれた特別な絆を、胸の奥で強く、強く噛みしめるのだった。


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