場面23:祭壇跡探索・連携強化
ミミのファインプレーで隠し通路を発見した俺たちは、以前にも増して慎重にダンジョンの中層部へと足を進めていた。
通路はカビ臭く、湿った空気が肌にまとわりつく。
壁や床の石材はさらに古び、所々崩落している箇所も見受けられた。まさに古代遺跡といった趣だ。
「……! みんな、伏せろ!」
先頭を警戒していたフェリシアさんが、鋭く短い声で警告を発した。
俺たちが咄嗟に身を屈めると、ほぼ同時に、通路の奥から黒い影のようなものが複数、物凄い速さで飛び出してきた!
狼!? いや、ただの狼じゃない。
全身が影で出来ているかのように黒く、眼だけが不気味な赤い光を宿している。その動きは俊敏で、まるで実体がないかのように軽やかだ。
あれがギルドで聞いた、影狼――シャドウ・ウルフか!
「グルルルル……!」
低い唸り声を上げ、シャドウ・ウルフの群れ――ざっと見て五、六体はいる――が、俺たちを囲むように素早く展開する!
「くっ……! 囲まれたか!」
フェリシアさんが剣を抜き放ち、俺とセラ、ミミを庇うように前に出る。
「『プロンプト:出現した敵性体の基本情報、特性、弱点を詳細分析し、危険度と共に報告せよ』!」
「シャドウ・ウルフね! OK、データ照合完了! 実体はあるけど、影に紛れるのが得意! 動きがちょー速いから気をつけて! あと、牙に弱いけど麻痺毒があるっぽい! 危険度はCマイナスってとこかな!」
アリアが即座に情報を叩きつけてくる。麻痺毒か、厄介だな……!
「セラ、ミミ、俺の後ろへ! フェリシアさん、お願いします!」
「任せろ!」
フェリシアさんが雄叫びと共に一体のシャドウ・ウルフに斬りかかる!
しかし、シャドウ・ウルフは素早い動きでそれを躱し、逆にフェリシアさんの死角へ回り込もうとする!
「にゃー! こっち来るなー!」
ミミがパニックになったのか、一番近くにいたシャドウ・ウルフに、やみくもにナイフを振り回しながら突っ込んでいく!
「ミミ、危ない! 突出するな!」
フェリシアさんが叫ぶが、もう遅い!
シャドウ・ウルフはミミの攻撃を軽々と避け、鋭い牙を剥き出しにして飛びかかった!
「ミミ!」
俺が叫んだ瞬間、フェリシアさんがミミの前に割り込み、シャドウ・ウルフの牙を剣で受け止めた! ガキン! と甲高い金属音が響く!
しかし、攻撃を受け止めたフェリシアさんの左腕に、別のシャドウ・ウルフが噛みついた!
「くっ……!」
フェリシアさんが顔を歪め、苦痛の声を漏らす。左腕の革鎧が牙で引き裂かれ、血が滲んでいるのが見えた。
「フェリシアさん! セラ、回復を!」
「はい! 【ヒール】!」
セラの詠唱で、フェリシアさんの傷口が淡い光に包まれる。
「ミミ、勝手に突出するなと言っただろう!」
「だって! チャンスだと思ったんだもん! ごめんなさいにゃ……」
ミミは涙目でシュンとしている。
(まずい……このままじゃジリ貧だ。何か弱点は!?)
「『プロンプト:シャドウ・ウルフについて追加分析! 特にその脆弱性を特定し、行動阻害に繋がる可能性を提示せよ!』」
「OK! 解析中……ふむふむ、あのワンコロ、見た目通り鼻がめちゃくちゃ利くみたい! 嗅覚が異常に発達してる! ってことは……特定の強い匂いを嗅がせたら、パニクるかもしれないよ!?」
(嗅覚!? それだ!)
俺は周囲を見渡し、ダンジョン内に自生している、鼻を突くような刺激臭を放つ苔や、魔物の分泌物らしきものをいくつか見つける。
「『プロンプト:シャドウ・ウルフが極度に嫌悪する強烈な忌避臭を発生させる、投擲可能なカプセル爆弾を複数生成! 触媒には視認可能な範囲にある刺激臭の苔と魔物の分泌物を混合して使用! 効果範囲と即効性を重視!』」
「ゲテモノ生成キター! 創造モジュール起動! シャドウ・ウルフ撃退悪臭玉、錬成!」
アリアの楽しそうな声と共に、手のひらサイズの、何やら禍々しい色合いの粘土玉のようなものが数個、俺の手に生成された。
「ミミ、これを! 敵の群れの中に投げ込んでくれ! ただし、自分も臭いを嗅がないように気をつけろよ!」
俺は生成された悪臭玉をミミに投げる。ミミはそれを器用にキャッチし、鼻をくんくんさせて顔をしかめた。
「うげっ! なにこれ、すっごく臭いにゃ! ミミまで臭くなっちゃうじゃないか!」
文句を言いつつも、彼女は状況を理解したらしい。シャドウ・ウルフの群れに向かって、悪臭玉を力いっぱい投げつけた!
ポンッ! ポンッ! と軽い破裂音と共に、悪臭玉がシャドウ・ウルフたちの中心で炸裂! 途端に、筆舌に尽くしがたい、強烈な悪臭が周囲に立ち込めた!
「クンクン!? グフッ……ギャオオオオオン!?」
「クゥゥン……ウェッ!?」
シャドウ・ウルフたちは明らかに狼狽し、鼻を押さえるような仕草を見せながら苦しみ始めた! 完全に混乱状態だ!
「今だ! フェリシアさん、セラ!」
俺の指示に、二人が即座に反応する!
フェリシアさんは混乱するシャドウ・ウルフの一体に素早く接近し、その無防備な頭部へ剣を叩き込む! セラも杖を構え、聖なる光の矢を次々と放ち、残りの個体を確実に仕留めていく!
先ほどまでの苦戦が嘘のように、シャドウ・ウルフの群れはあっという間に掃討された。
「やったな! 今のは上手く対処できた!」
俺が興奮気味に言うと、フェリシアさんは肩で息をしながらも、満足げに頷いた。
「ふん、まあな。だが、次はもっとスマートにやるぞ」
「ミミの悪臭玉のおかげにゃ!」
ミミは自分の手柄だとばかりに、胸を張っている。
シャドウ・ウルフの群れを退けた俺たちは、息を整え、再びダンジョンの奥へと進む。
◇◆◇
しばらく進むと、今度は広い円形の部屋に出た。
部屋の床一面には、赤、青、黄、白、黒の五色のタイルが、何かの模様を描くように規則的に敷き詰められている。そして、部屋の奥、正面の壁には、月と星々、そして何か厳かな儀式を行っているような人々の姿が描かれた、巨大なレリーフが飾られていた。
レリーフの下部には、びっしりと古代文字で書かれた詩のようなものが刻まれている。
部屋全体が、どこか神秘的でありながら、同時に先へは進ませないというような、無言の圧力を放っているように感じられた。
「マスピ、気をつけて! この部屋、なんかヤバイ感じの魔力が満ちてる! あの床のタイル、絶対なんかあるよ!」
アリアが警告を発する。
「これは……試練の間、でしょうか」
セラがレリーフと古代文字を注意深く見つめながら呟く。
「『プロンプト:この部屋の壁面に刻まれた古代文字を翻訳し、詩の内容を解析。床の五色のタイルの配置と、それぞれのタイルから感知される魔力反応の差異を分析し、視覚的に分かりやすく表示せよ』!」
「OK! 分析モジュール起動! ……スキャン完了! 壁の古代文字は……『月影の叙事詩』ってタイトルっぽいね。内容は、月の満ち欠けと五色の星々、魂の輪廻に関する壮大な詩。詩の各行の横には、楽譜みたいな記号もあるよ。床のタイルは同じ色でも魔力反応の強さが微妙に違う。レリーフの絵と詩の内容が連動してるのは間違いないと思う! でも……ごめん、それだけしか分かんない!」
(今回はアリアの直接的な解析は期待できないか……となると、ここからは推理だな)
俺は腕を組み、壁のレリーフと古代文字、そして床のタイルを睨みつける。
「セラ。その『月影の叙事詩』の内容と、横にある楽譜みたいな記号、もう少し詳しく分からないか?」
「わかりました。詩には、『第一の月、目覚めの黒き衣を纏い……第二の星、導きの瑠璃色の光を放ち……第三の調べ、黄金の竪琴が……』といった形で、色と順番が明確に示されています。そして、各行の横には、点の数や配置が異なる古代の拍数記法に似た記号が見られます。『黒き衣』の行には点が三つ、『瑠璃色の光』の行には点が五つ……といった具合です」
(月の満ち欠け、星の色、詩の順番、そして拍数らしき記号……。これらをどう組み合わせるかだ)
俺はセラの解読と、アリアが可視化してくれたタイルの魔力反応、そしてレリーフに描かれた儀式の流れを照らし合わせる。
(詩の順番で、対応する色のタイルを踏む。そして、それぞれのタイルで、記号が示す拍数だけ留まる……みたいなカンジだろうか? 問題は、同じ色でも複数あるタイルの中から、どれが正解なのか……)
レリーフの人々の足元を見る。どうも特定のタイルだけを踏んでいるようだった。そして、レリーフの月や星の輝きと、アリアが示したタイルの魔力反応の強弱に、何か関連性があるような気がする。
(もしかして、レリーフの月や星の輝きの強さが、踏むべきタイルの魔力反応の強弱を示しているのか……?)
「『プロンプト:壁画レリーフの各場面における月の形状と大きさ、および詩の各行に対応する床タイルのうち、それぞれ魔力反応が強さが対応するものを特定し、その情報をセラが解読した拍数情報と統合して提示せよ』!」
「さらに絞り込みね! OK、やってみる! ……あった! 詩の順番、色、そしてセラっちが言っていた拍数らしき記号と、レリーフの月や星の輝きに呼応して魔力反応が強くなってるタイルがあるよ」
(よし、これならいけるかもしれない!)
「ミミ、出番だ!」
俺はミミを手招きする。
「俺の指示通りに、指定したタイルを、この拍数で踏んでくれ! いいか、絶対に間違えるなよ!」
「任せるにゃ! ミミのリズム感、見せてやるのだ!」
「いいか、ミミ。次は冷静さを失うんじゃないぞ? 同じようなミスをしたら、お前の夕食は私が代わりに食べるからな?」
「了解ニャ。生き遅れ騎士にゴハンを食われてたまるかニャ」
「はあ!? おい、どう意味だコラ!?」
ミミの言葉にフェシリアさんは顔を真っ赤にして憤慨する。どうもフェシリアさんは恋人が居ないことを気にしているらしい。なんかどんどん残念な人のように思えてしまう……。
気を取り直し、最初の試行。
俺の指示に従い、ミミが黒いタイルの中で最も魔力反応の強いものに、詩の横の記号が示す三拍のリズムで「トントントン」と乗る。
黒いタイルが淡く一度だけ光った!
「おお! これだ!」
手応えを感じた俺は、続けて青のタイル、黄色のタイルとミミに指示を出していく。青は五拍、黄色は七拍……。
しかし、四番目の白いタイルで、詩が示す拍数に合わせてミミが「タタン」と乗った瞬間だった。
バチッ!
「にゃあああっ!?」
白いタイルが激しく赤い光を放ち、ミミの足元からバチバチと火花が散る! 軽い電撃が走ったようだ!
ミミは尻尾を逆立てて悲鳴を上げ、慌ててタイルから飛びのいた。
「大丈夫か、ミミ!?」
フェリシアさんが咄嗟にミミに駆け寄る。幸い、大したダメージはなさそうだ。
(くそっ、何が違うんだ……? 順番、色、拍数、魔力反応の強いタイル。全部合っているはずなのに……!)
俺はアリアが表示している情報とレリーフを再度睨みつける。白いタイルに対応する詩……『第四の沈黙、白き静寂が満ち……』。そしてレリーフでは、人々が皆、口に手を当て、静かにしているように見える。
(沈黙……静寂……? もしかして、白いタイルでは音を立てちゃいけない、とか……?)
どうもその推測は合っていたらしく、恐る恐る乗ると今度はセーフだった。
俺たちはその後も、ペナルティ(今度は甘い香りの幻惑ガスだった。危うくフェリシアさんがアリアを骨付き肉と間違えて襲い掛かろうとした)を受けながらも、諦めずに試行錯誤を繰り返した。
ミミの獣人ならではの優れたリズム感とバランス感覚、そして時折見せる鋭い感覚(「このタイルだけ、なんか踏むと冷たい気がするにゃ!」など)が、この複雑な罠の攻略には不可欠だった。
そして、十数回目の挑戦だっただろうか。
俺の指示とミミの正確なステップ、そして仲間たちのサポートが見事に噛み合った瞬間――。
最後の赤いタイルを、ミミが「トン!」と力強く踏みしめた。
ゴゴゴゴゴ……ッ!
部屋の奥で、重々しい地響きと共に、正面の壁が静かに左右に開き始めた。その向こうには、下へと続く新たな通路が、淡い月光石の光に照らされて口を開けていた。
「やった……! 開いたぞ!」
俺たちは顔を見合わせ、安堵の息をついた。
成功と失敗を繰り返しながらも、こうして一つ一つ壁を乗り越えていくことで、俺たち『プロンプターズ』はパーティとしての形を成してきている。
この調子で、最奥部まで辿り着けるだろうか……。
俺は気を引き締め直し、仲間たちと共に、さらにダンジョンの深部へと足を踏み入れた。




