場面22:幸運の猫娘
スケルトンとの初戦闘を終え、俺たちはダンジョンの中層へと足を進めていた。
通路は次第に入り組み、まるで迷路のようだ。壁の石材もより古びたものになり、時折、古代の文字らしきものが刻まれているのが見えるが、風化が進んでいて判読は困難だ。
「うーん、こっちの通路でもないかー。マジ卍だよー」
肩の上でアリアが小さな首を捻る。彼女が自動でマッピングしているため、同じところを巡るようなことはないが、どうにも深部へと進む道が分からない。
そしてついに、俺たちは完全な行き止まりに突き当たってしまった。
目の前には、他の壁と同じように見える、ただの冷たい石壁。
「くそ、行き止まりか…? アリア、分析は?」
俺は壁を叩きながら、最後の望みを託してアリアに尋ねる。
「んー、この壁、なんか魔力でコーティングされてるっぽいけど、隠し扉とかの仕掛けがあるかは不明! 特定はできないなー」
返事は芳しくない。どうやらAIによる分析も限界らしい。
「壁に書かれている碑文などにも、ここから先への記述はありません……。どうやら、道が途絶えているようです」
セラも壁に刻まれたわずかな文字を頼りに調べてくれていたが、やはり手掛かりはないようだ。彼女の表情にも、わずかに焦りの色が見える。
「ええい!」
ドン! と壁を叩く音が響く。苛立ちを隠せないフェリシアさんが、腕力に任せて壁を殴りつけたのだ。
万策尽きたか……。重苦しい沈黙が流れる。誰もが次の手を考えあぐねていた、その時。
「ふぁ~あ、つまんにゃい……」
後ろの方で、ミミが大きなあくび混じりに呟いた。
(こいつ……! この状況でよくそんな……!)
思わずジロリと睨んでしまうが、ミミはどこ吹く風。壁にもたれかかり、ふさふさの尻尾をぱたぱたと揺らしている。本当にマイペースなやつだ。
だが、そのミミの言葉に、ふと俺は一つの可能性を思いついた。
(そうだ……ミミのあの、優れた感覚。あれが使えるかもしれない……!)
藁にもすがる思い、というやつだ。ダメ元で聞いてみる。
「なあミミ。悪いけど、ちょっとだけ真面目に聞いてくれ。この辺りで何か……変な匂いとか、音がするとか、そういうの感じないか?」
俺が真剣な顔で尋ねると、ミミはきょとんとした顔で俺を見上げた。
「変な匂い? うーん……」
彼女は猫のように鼻をひくつかせ、クンクンと周囲の匂いを嗅ぎ始めた。その仕草は真剣そのものだ。
「……んー? なんかこっちの壁、他と匂いが違う気がするにゃ!」
ミミはそう言うと、行き止まりの壁の一箇所を指差した。
「他の壁はカビ臭いだけだけど、ここだけ、なんか……古い油みたいな、それと金属みたいな匂いがほんの少しだけ混じってるのだ!」
指差されたのは、俺たちが諦めかけていた行き止まりの壁だ。
「はあ? 寝ぼけたことを……。匂いだの、そんなもので道が見つかるわけ……」
フェリシアさんが呆れたように言いかけたが、俺はそれを手で制した。
(匂い……? 確かに、ミミの言うことはいつも突拍子もない。だが、あの罠を発見した時のように、こいつの感覚は、真実を捉えることがあるのでは?)
信じてみる価値はあるかもしれない。AIでも知識でも分からないなら、あとは直感に賭けるしかない。
「フェリシアさん、少しだけ時間をください。一応、調べてみる価値はあるかと」
俺はミミが指差した壁の部分に近づき、注意深く観察し始める。
見た目には他の壁と何ら変わらない。だが、ミミの言う「匂い」を意識して嗅いでみると……確かに、言われてみれば、微かに油のような金属臭が混じっているような気も……? いや、これは思い込みか?
さらに壁に手を当て、表面を撫でるように調べていく。ざらついた石の感触。冷たい。……ん? ここだけ、ほんのわずかに……凹凸が違う……?
指先に意識を集中させる。石と石のわずかな継ぎ目。その奥に、何か硬いものが……。
「……! あった! これだ! 隠しスイッチだ!」
俺は叫んだ! 石と石のわずかな隙間に、巧妙に隠された小さな押しボタン式のスイッチを発見したのだ! ミミの言った通りだ!
迷わず、それを力強く押し込む!
ゴゴゴゴゴ……ッ!
重々しい地響きと共に、俺たちが叩いてもびくともしなかった石壁の一部が、ゆっくりと横にスライドし始めた!
壁の向こうには、下へと続く新たな石の階段が現れた。
階段の先からは、ひんやりとした、そして何十年…いや、何百年も人の手が触れていないような、古いが清浄な空気が流れてくる。壁には、月光石のような淡い光を放つ鉱石が埋め込まれており、通路全体を神秘的に照らしていた。
「「「…………」」」
一同、唖然としてその光景を見つめている。
まさか本当に隠し通路があるとは……といった面持ちだ。
「こんな通路……ギルドの地図にはなかったぞ……! もしかして、ここからが未開拓エリアか!?」
フェリシアさんが驚愕の声を上げる。
「すごいぞミミ! 本当に見つけるなんて!」
俺も興奮気味にミミを称賛する。
「……信じがたいですが、感謝します、ミミ。貴女の感覚がなければ、私たちはここで行き詰まっていたでしょう」
セラも、驚きを隠せない様子ながら、素直に感謝の言葉を口にする。
「……ふん。まぐれ当たりかもしれんが……やるじゃないか。見直したぞ、少しだけな」
フェリシアさんも、驚きと感心が入り混じったような表情で、少しだけ頬を赤らめながらミミを認める。相変わらず素直じゃないけど、本心からの言葉だろう。
そして、当のミミは……。
「えっへん!」
胸を張り(ない胸を)、ふさふさの尻尾をこれでもかと左右に振りながら、満面のドヤ顔だ!
「ミミ様のスーパーな直感にかかれば、こんなの朝飯前なのだ! もっと褒めてもいいにゃ! 偉いのだ! 天才なのだ!」
どうやら完全に調子に乗っている。まあ、今回は文句なしのお手柄だから、許してやるか。
「はいはい、ラッキーラッキー。次も外さないでよねー。てか、幸運ってこんな風に役に立つんだ……データ化しとこ」
アリアだけが、いつも通り茶々を入れてくる。こいつ、しっかりミミの「幸運」を解析対象にしてるな……。
(AI分析や知識だけじゃなく、ミミのような直感や、あるいは幸運といった要素も、ダンジョン攻略には必要なのかもしれないな)
俺は、この奇妙で、しかし頼もしい仲間たちを改めて見回し、論理だけでは測れない世界の不思議さと、パーティで冒険するということの面白さを、改めて実感するのだった。




