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場面15:猫娘との出会い

第15話からは新しい投稿スケジュールでお届けします。

第1部(全30話)完結まで、以下のペースで投稿予定です。


【毎日3話投稿】

・19:10 ・21:10 ・23:10


引き続きお楽しみいただけると嬉しいです!

辺境都市フロンティアの正門をくぐり抜けた先は、むせ返るような熱気と喧騒に満ちていた。森の静けさとはまるで違う。

 

威勢のいい呼び込みの声、荷馬車の軋む音、遠く響く鍛冶の槌音。香辛料と焼いた肉の匂い、家畜の匂い、土埃の匂い……あらゆるものが混じり合い、一種独特の活気を生み出している。これが、辺境の都市。

 

『うわー! あっちの店、キラキラ光る石がいっぱい! 宝石!? ねぇマスピ、後で絶対見に行こーよ!』

 

肩の上で、実体化したアリアが興奮気味に羽ばたく。五感を得た彼女は、見るもの聞くもの全てが新鮮なのだろう。まあ、気持ちは分かるが。

 

「今は宿探しが先だ。夜になって路頭に迷うわけにはいかないからな」

 

俺がアリアを宥めていると、不意に前方の市場の一角から、怒声と甲高い反論の声が聞こえてきた。人だかりができ、騒ぎになっているようだ。

 

「やれやれ……着いたばかりだというのに、早速面倒事か」

 

隣でフェリシアさんが、美しい眉をひそめて深くため息をつく。その気持ちは痛いほど分かる。だが、聞こえてくる声は子供のものだ。どうにも気にかかる。

 

俺は人垣の隙間から、そっと中の様子を窺った。

 

人だかりの中心では、小柄な少女がでっぷりと太った商人風の男と、その取り巻きらしきチンピラ数人に囲まれ、詰め寄られていた。

 

年の頃は……15歳くらいか、もう少し上か。快活そうな茶色のショートヘアから、ぴんと尖った猫の耳が覗いている。腰からはふさふさの尻尾。その尻尾は、まるで感情を表すかのように、警戒するように左右に振られていた。獣人族、猫系の少女だ。

 

服装は動きやすそうな革のベストとショートパンツだが、あちこち擦り切れて泥で汚れている。顔にもいくつか小さな擦り傷。どうやら苦労しているらしい。

 

しかし、その大きな緑色の瞳は、怯えつつも強い反抗心でギラギラと輝いていた。

 

「だから盗んでないって言ってる! これはミミが拾ったものなのだ! 宝物なんだから!」

 

少女――ミミ、と自分から名乗った――は、甲高い声で必死に訴える。その小さな手には、ビー玉くらいの、鈍く光る石ころが握られている。

 

「嘘をつけ! その石は俺の店の商品『幸運の石』だ! このコソ泥猫めが!」

 

商人は唾を飛ばさんばかりの勢いで怒鳴りつける。取り巻きたちもニヤニヤと威嚇するように少女を囲む。見るからに悪質な因縁だ。

 

『マスピ。あの石ころ、魔力反応ゼロ。そこらへんに落ちてる石英の欠片だね。価値ゼロ。完全に詐欺じゃん、あのオッサン』

 

アリアの冷静な分析が、俺の疑念を確信に変える。

 

(白昼堂々、子供相手にこんなことを……!)

 

胸の奥がむかむかする。面倒事は避けたい。だが、この光景を見て見ぬふりをするのは、もっと嫌だった。

 

俺は意を決して人垣を押し分けた。

 

「おい、待て!」

 

俺の声に、商人たちの敵意に満ちた視線が一斉にこちらに向けられる。

 

「あぁ? なんだテメェは、ヒーロー気取りか!」

 

取り巻きの一人が、威嚇するように一歩前に出る。

 

「子供相手に寄ってたかって、みっともないとは思わないのか! その石が店のものだという証拠でもあるのか!」

 

俺が言い返すと、商人は顔を真っ赤にして怒鳴り返してきた。

 

「うるさい! 部外者は引っ込んでろ! こいつがやったに決まってるだろうが!」

 

(駄目だ、完全に逆上してる。言葉は通じないか……!)

 

どうしたものか。アリアに何か生成させるか? いや、MPは温存したいし、人前でスキルを使うのは……。俺が一瞬迷った、その隙だった。

 

猫耳の少女は、この状況を一瞬で見極めたらしい。

 

「ふんだ! 今のうちなのだ!」

 

彼女は猫のようにしなやかな動きで、商人たちの隙間をすり抜け、脱兎のごとく駆け出した!

 

しかし、その行く手を阻むように、因縁をつけてきた商人が立ちはだかる。

 

「逃がすかよ!」

 

「にゃっ!?」

 

少女は避けきれず、商人の突き出された太い腹に文字通り激突!

 

ドンッ、という鈍い音が響き、少女はバランスを崩して尻餅をついた。商人も「ぐえっ!」と醜い悲鳴を上げてよろめく。

 

その瞬間を、俺は見逃さなかった。

 

ぶつかった衝撃で商人がよろめいた、ほんの一瞬。少女の手が素早く動き、商人の腰にあった年季の入った革袋が、まるで手品のように自分のポーチへと吸い込まれたのだ。

 

あまりにも自然で、流れるような動き。当の商人はもちろん、周囲の野次馬も、そしておそらくはフェリシアさんたちでさえ気づいていないだろう。

 

『……マスピ! 今の見た!? あのチビ猫、ぶつかった瞬間に財布スルっと……! 神業! っていうか、完全に犯罪です!』

 

アリアの呆れと妙な感嘆が入り混じった声が脳内に響く。

 

(マジかよ……! 助けたそばからこれか!? 因縁つけられて腹いせに掏るって……どっちが悪党なんだ……!? 完全に厄介事に巻き込まれた!)

 

俺が言葉を失っている間に、尻餅をついた少女に、財布を掏られたことにも気づかず、逆上した商人が追いつき、乱暴に腕を掴もうとする。

 

「このガキ! ただじゃおかねえぞ!」

 

「きゃっ!」

 

少女が怯えた悲鳴を上げた瞬間、俺は我に返り、咄嗟にその前に立ちはだかっていた。財布の件は後でどうにかするしかない。まずは、この状況を収めなければ。

 

フェリシアさんもすぐに隣に立ち、剣の柄に手をかけ、いつでも抜ける体勢を取る。その鋭く冷たい眼光に、商人たちがたじろいだ。

 

「おい、そこで何をしている!」

 

その時、野太い声が響き、人垣を割って現れたのは、屈強な体格をしたドワーフの男性だった。豊かに蓄えられた見事な髭、肩には冒険者ギルドの紋章。腰には巨大な戦斧。


その場の空気が一瞬で引き締まるのを感じた。その威圧感は、そこらの衛兵とは比較にならない。

 

『あ、実力者っぽい人! これは助け舟? それともお説教タイム?』

 

ドワーフの男性は、状況を一瞥すると、猫耳の少女を見て大きなため息をついた。どうやら顔見知りのようだ。

 

「やれやれ、またお前かミミ。いい加減にせんと、尻尾を掴んで放り出すぞ」

 

ミミと言われた少女はドワーフにぺろりと舌を出すと、助けられたと勘違いしたのか、俺の後ろからひょっこり顔を出した。反省の色は微塵もない。

 

「で、あんた誰? それに、そのキラキラ飛んでるの何? 妖精? 羽虫? キレイだから捕まえてもいい?」

 

少女は矢継ぎ早にそう言うと、俺の肩で浮いているアリアに興味津々といった様子で、キラキラと目を輝かせながら手を伸ばしてくる。まるで猫がじゃれつくようだ。

 

アリアは「失礼しちゃう! アタシは超絶美少女AIアリア様だっての! ベタベタ触んなし!」と叫んでひらりとそれを避ける。

 

(こいつ……本当に自分の状況を分かっているのか……? それとも、分かっていてこの態度なのか……?)

 

俺は、彼女が隠した財布のことを思い出し、深いため息を禁じ得なかった。

 

前途多難とは、まさにこのことだろう。この猫のように素早く、そして掴みどころのない少女との出会いは、間違いなく波乱の幕開けを予感させていた。


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