場面14:辺境都市到着
フェリシアさんの案内で森を抜け、街道らしき道を進むこと半日ほど。
木々の合間から、ついにそれが見えてきた。
巨大な壁だ。石と木材が混在して組み上げられた、やや不格好ながらも確かな防御力を感じさせる城壁が、前方の丘陵地帯に沿うように伸びている。西側は古い石造りで砦の名残を感じさせるが、東側や南側は急いで拡張されたのか、木製の柵や土塁が目立つ。その中央には、物々しい雰囲気の大きな木製の門が見えた。
あれが、辺境都市フロンティアか……!
森を出て街道を進むにつれ、ちらほらと人の姿を見かけるようになった。日に焼けた農夫、荷物を満載した商人、そして何より目立つのが、様々な装備を身につけた冒険者らしきグループだ。新品同様の鎧もあれば、使い古されて傷だらけの武具もある。
彼らは俺たち――特にエルフであるセラや、肩の上を飛び回るアリア――に好奇の視線を向けながらも、それぞれの目的地へ足早に通り過ぎていく。
やがて、俺たちはフロンティアの正門へと辿り着いた。門は巨大な丸太で補強されており、その両脇には王都の兵士とは違う、より実戦的な、少し煤けた鎧を着込んだ屈強な門番が立っている。彼らの目は鋭く、出入りする人々を油断なくチェックしていた。
「うわぁ……! すごいな、ここが辺境都市フロンティア…」
俺はその規模と、門を行き交う人の多さに思わず息を呑んだ。ずっと森の中にいたせいか、久しぶりに見る「文明」の光景に圧倒される。壁の向こうに見える建物も、石造りのしっかりしたものから、急いで建てたような木造の家まで、雑多に入り混じっているのが見えた。
「……人が、多い……です」
隣に立つセラは、怯えたように俺の服の裾をぎゅっと掴んでいる。彼女にとっても、これほど多くの人間…いや、ドワーフや獣人らしき姿も見える…多様な種族が入り乱れる喧騒は初めてなのかもしれない。
フェリシアさんが門番に慣れた様子で話しかけ、何か短い言葉を交わすと、門番は俺たちを一瞥し、無言で顎をしゃくって通るように促した。
(身分証の提示などは必要ないのだろうか? それとも、フェリシアさんが顔パスなのか?)
門番は俺たちに、「おう、ご苦労さん。街に入るなら揉め事は起こすなよ」とだけ、ぶっきらぼうに声をかけてきた。
門をくぐった瞬間、俺は再び圧倒された。外から見た以上に、街の中は様々なエネルギーで満ち溢れていた。活気、熱気、そして…どこか危険な匂い。まさに混沌だ。
石畳で舗装された大通りには、本当に多種多様な人々が行き交っている。屈強な鎧を着込み、巨大な戦斧を背負ったドワーフの冒険者。大きな荷物を軽々と運び、時折鋭い視線を周囲に向ける獣人の商人。フードを目深に被り、足早に通り過ぎるハーフエルフ。高価そうなローブを纏った魔術師風の男。
皆、一様にどこか猛々しく、自分の目的のためにこの街に来た、という雰囲気を漂わせている。
道の両脇には露店が所狭しと並び、食欲をそそる匂いを強烈に放っている。特に強く鼻をつくのは、すぐそこの屋台で焼かれているたぶん魔物だろう肉の香ばしい匂いと、その隣の革製品屋から漂う薬品と獣脂の混じったような独特の匂いだ。
「うわっ! あそこの露店の肉、めっちゃいい匂い! ねぇマスピ、あれ買ってよ!」
アリアだけがテンション高くはしゃいでいる。五感を得た彼女は、初めて見る大都市(?)のあらゆる刺激――匂い、音、活気――に興奮しきっているようだ。
耳には、威勢のいい呼び込みの声と、遠くから聞こえる鍛冶の甲高い金属音が絶え間なく響いてくる。荷馬車の車輪が石畳を擦る音、何語か分からない言葉での怒鳴り声、酒場の扉が開くたびに漏れ聞こえる喧騒…情報量が多すぎて処理しきれない。
セラの掴む力がさらに強くなった。彼女の小さな体が小刻みに震えているのが分かる。
「はしゃぐなアリア。ここでは自分の身は自分で守るのが基本だ」
フェリシアさんが、興奮気味のアリアと、怯えているセラ(と、多分俺も)に釘を刺すように言った。彼女だけは、この混沌とした街に慣れた様子で、冷静に、しかし油断なく周囲に視線を配っている。
「気を抜けば、路地裏で身ぐるみ剥がされることだってあるからな。特に、お前たちのような新参者は狙われやすい」
ちょうどその時、薄汚れた身なりの男が、ギラリとこちらを一瞥して、すっと近くの路地裏へ消えるのが見えた。背筋が少し寒くなる。彼女の言葉通り、大通りから一歩脇に入った路地裏は薄暗く、ゴミが散乱し、どことなく危険な雰囲気が漂っている。
活気と自由、そして剥き出しの欲望と危険が混在する街。
それが、この辺境都市フロンティアの第一印象だった。
(こんな騒がしくて、人も物もごちゃ混ぜの街で……本当に『月光の涙』なんてアイテムの手がかりが見つかるんだろうか……いや、見つけないと)
俺はセラの小さな手を引きながら、気を引き締め、この混沌とした街の大通りを歩き始めた。




