其之肆拾陸話 武人の魂
前回までの『纏物語』は…
「行くぞっ優ぅぅ‼ 呪焔斬‼ 破あぁぁっ!」
重い大太刀をものともせず、軽々と脇構えから真横へ振り抜いた!
『バァァァァァァァン!』
爆音と共に灼熱の炎に包まれた怨霊の斬撃波が優を襲う!
迫りくる怨霊の斬撃弾、優は正面から迎え撃つ!
「はっ!遅い遅いっこんなものぉ!エヤァァァァァ!」
『シャシャッ!』
そう言いながら大きく上段に構えを取り、正面の空間を✕状に斬り裂いた!
『バァァァァァァン!!』
斬った火炎の斬撃波が爆音と共に弾け飛んだ!しかし弾けた火炎一つ一つが怨霊の火炎弾となって恨めしそうに優に絡みつき、激しく暴発する!
『ババババババババババンッ!!バババババンッ!バババババンッ!ババンッ!!』
激しい爆竹音と共に纏が火炎に包まれた!
「えっ!?なになにッ!?きゃあぁぁぁぁぁ!!あ、熱いいぃ!」
ねっとり絡みつく怨霊の炎、そのどす黒い怨念の炎が優の身体を焼き尽くそうとする。
『オノレェ…ユルサンゾ…ウラメシイィィィ…ク…クルシイィィ…オマエモ…ジゴクニミチヅレダァァァァ……』
「ガハッハハハハッ!優、早くどうにかせんと怨霊共に肉体も精神も喰われてしまうぞっ!!」
高らかに笑いながら忠告する辨慶。
「はあっ!……はああああああっ…………破ああああっ!!」
『ゴガアァァァァァ!!』
優が雄叫びを上げると、体から沸き立つ青い氣が竜の形をなした。そして竜は、激しく青き浄化の炎を吐き散らし優にまとわり付いていた怨霊を全て浄化し消し去った!
『アアァァァ…………アアァァァ…………オオオオオオォォォ………………』
うめき声をあげながら消え去る怨霊……。
「おおっ!この劔に宿る何百何万の怨念を一瞬で消し去るとは!其の力こそまさに我が主が欲する力!実に素晴らしい!」
「はっ!この程度で驚いてもらっては困るわよっ、おっさんっ!」
と言いつつも内心は……
(やばいっ!やばいやばいやばいやばいぃぃぃぃぃ!何今の!? 相当神力を食べられちゃった! 神氣の息が続かない……さっきは、どうにか消し飛ばす事が出来たけど…次喰らったらちょっと…やばい…)
「ハッハッハッ!頼もしいではないか優! ではぁ…次はぁ…手加減無しで行くぞぉ…」
そう言いつつ辨慶は、ゆっくり上段に構え、そこから太刀剱を振り切った。
「破ぁぁぁぁぁぁっ!!」
『ドゴッ…バババァァァァン!!』
一撃目に比べて遥かに邪悪で巨大な斬撃波が放たれた!
「『ヒクッヒクッ』……やば…い……」
そう呟いた、その時『シュッ』と何処からとも無く放たれてきた矢が斬撃波に『トスッ』と刺さり、一瞬で怨霊の雁首が凍りついた!そして…
『バアアァン!!バッシャァァァン!』
雷で撃たれたような轟音と共に、粉々に砕け散った。
それは嫗めぐみが放った一本の矢であった。
「優……あの位で呼吸を乱すとは……貧弱です…まだまだ修練が足りません…」
「め、めぐみさん!?」
全ての時が止まった中、嫗めぐみが現れた。その手には、神楽鈴では無く大弓があり背中には矢筒を背負っていた。そして矢筒からは、微かに『パリッパリッ…』と乾いた音…放電する音が聞こえていた。
「ぬぅぅぅぅ……お主は……嫗…嫗千里之守…」
「お久しぶりね…武蔵坊…早速で悪いけど…今この子を失う訳にはいかないの…一対一の勝負中に悪いんだけど…未熟なこの子のお手伝い……させてもらってもいいかしら?…」
(未熟?私の事、未熟って言ったぁ!?めぐみさん酷い!)
「未熟ぅ!?ガァハッハッハッハッハァァァァ是非もなし!より強い者を倒してこそ武人の誉れよ!!」
「めぐみさん! なんでっ、こんな奴っわた…」
『私一人で大丈夫』と言いかけた時、頭の中に嫗めぐみが話しかけてきた。
(優…黙って聞きなさい…辨慶の力を侮ってはいけません…貴方も分かっているはずです…赤珠の力を得た辨慶は、月の纏の力を遥かに上回っている……優……私を纏うのです…それしか……勝機はない…)
確かに赤珠の力を得た辨慶は、青き月の力を纏った優の神力を遥かに凌駕していた。
しかし、これまでの修練で嫗めぐみの神力…氷雷の力を纏う事が一度も出来ていない。
未熟な優は、その強大な力に耐えられず雷撃によって気を失ってしまうのがオチだった。
しかしここで失敗すれば優の敗北を意味する。
優の中で不安が募る……
「大丈夫よ…優……貴方には…舞美がついています」
そう言って微笑むめぐみ、眼を見つめながらゆっくり頷いた。そして……優は口元で両手を組み、願うように呟いた。
「お願い…涼介おじいちゃん…舞美おばぁちゃん…力を…力をかして!」
意を決した優『神氣の息』で呼吸を整え、両腕をゆっくり大きく広げ胸の前で拍を打つ!
『パンッ!』
「氷纏!」
嫗めぐみが輝き、白く凍てつく珠になる、それが優の体を中心に回りながら少しづつ…交わりだす。髪は白髪、袴は真紅に変わる、そして月下の刀を高々と掲げる。
「雷纏!」
ここで月下の刀に雷撃が落ちるのだが、いつもであればここで優は意識を失うのである。
『バババァァァァァァァァン!!!!ババリババリ……パリッパリッ……』
そして辺りに静寂が訪れる…空気中の水分が激しい雷撃によって蒸発し優の周りが濃ゆい靄に包まれた…。
そして…緩やかな風に靄が流されると、氷雷珠を纏った優の姿が現れた。
その姿は、雪のように白い肌と白い髪。それとは対照的に真っ黒い眼、右手竜の入れ墨は太く、首の根元から肩を泳ぎ、手の甲まで伸びている。身体からは、青い氣に代わり『パリッパリッ』っと火花が飛び散っている。
その姿を見るやいなや辨慶が唸る。
「むぅぅぅ……その姿……まるで雷神の如し……見事よ、千里之守…見事そこまで育て上げた…」
そう言いながら辨慶は、太刀を構え言い放つ!
「しかぁぁぁし!儂は負ける訳にはいかん!いかんのだっ!行くぞおおっ! オオオオオオォォォォ……呪焔斬!!連!」
『ゴバァァァァァンンンドゴッバァァァンンンン!!』
巨大な怨霊の塊が二発、放たれた!!全てを飲み込む怨霊の塊、凄まじい怨念を撒き散らしながら優を襲う。
しかし優は、落ち着き払い、刀を鞘に納め抜刀の構えを取った。
「それだけの怨霊とその怨念、抜刀術で斬れるはずが無ぁぁい!優、私の勝ちだぁ!!」
「月下雷神刀…氷雷……」
自ら怨霊の斬撃波に突っ込んで行き抜刀する優!
『シュ…パパパパパッ……バァァァン!!シュ…パパパパパッ……バァァァン!!』
斬ったと同時に凍てつき、雷撃によって粉々に砕ける!そしてその残骸の中から辨慶を目掛けて抜刀の構えの優が飛び出してきた!
『パキィィィィィンンンンン…』
優の抜刀斬を受けた辨慶の劔は脆く折れ、宙を舞いながら落ちていった…。
折れた刀を鞘に戻し、辨慶は、村山の頂上展望所広場に降り立った。優も刀を鞘に戻し、それに続き舞い降りた。
「さぁ辨慶……新しい刀を取りなさい……」
さっきとは全然違う口調の優に辨慶は、高笑いをして言い放った。
「ガハッハハハッハァ!負けじゃ負けじゃぁ!儂の負けじゃぁ…この劔をこうも簡単に折られては、もう儂に使える刀は残っとらん!さぁ、とどめを刺し赤珠を解放するがいい!」
「辨慶……無益な殺生はしません…」
「そうか……しかし……その優しさ…時には命取りになるやもしれんぞ…青井優…」
そう言いながら腰にあった白い鞘の短刀を取り、優に渡そうとしたその時!
「ぐあぁあぁああぁあ!!ガハッ!ぐおおぁおお!」
急に辨慶が苦しみだした!その後方で面をつけた宮司が陣の中心で何かを唱えている。
「ふんっ…武士の魂だかなんだか知らんが…くだらん感傷に浸りおって…使えん妖者に用はない、この私がお前を使える妖者に作り変えてやろう……」
『パンッ、ブツブツ…………』
宮司が拍を打つと陣が一際輝き出した、と同時に辨慶が更に苦しみだした!
「ググググガグガアアア……ぐおおお……ゆ…優……ここれを……お主にぃ…グアアァ……それで儂をぉ……祓ってくれぇ……は早くぅぅ…グオオオオアアアア!」
それは今し方、辨慶が渡そうとした白い短刀だった。
優はその短刀を受け取った……しかしそれでも、辨慶を祓うことを躊躇った。すると苦しさの余り、四つん這いになった辨慶が叫ぶ!
「千里之守ぃぃぃ!!!」
辨慶の怒号が地面を揺らす!
(優!このままでは辨慶が生ける屍になってしまう!武人に生き恥をしいてはいけません!早くとどめを!)
優は、唇を噛み締めながら短刀を鞘から抜き、横一閃、辨慶を斬った……。
すると夢か幻か……辨慶を桜吹雪が包み込みその花びらに溶け込むように少しずつ…空に舞い上がっていった……
(優……強く優しき者よ……ありがとう……儂のこの力……お主に授ける…………さ…らば…だ……)
昇りゆく桜吹雪を見上げ終わった後、優は宮司を睨んだ、そして刀を抜き言い放った。
「貴方方は…存在してはいけない者達……妖者よりも邪悪で邪な心を持った方々……貴方を祓います…」
静々と歩みゆく優…そして陣に歩み入ろうとした時、何かが気になり歩を止めた。何か罠があったのかもしれない。
優は月下雷神刀を大きく上段に構え唱え始めた……が。
「困りましたね……真艫にやったら敵う訳がありません……」
宮司は、そう言いつつ拍を打ち『カッ!』と目眩ましを放った。
眩い閃光に目を閉じ、次に目を開けた時、宮司の姿はなく、時は流れ始め普段の日常に戻っていた。
戦い終わり、珍しく嫗めぐみと下校が一緒になった。
「めぐみさん…辨慶とは知り合いだったのですか?」
「知り合い……というものではないわ……ただ……夫婦にならないかと言われただけ……」
優は、飲んでいたお茶を『ブゥゥゥゥッ!』っと吹き出した!
「夫婦ぉ!?プロポーズされたって事!?」
「プロポーズ?なんでしょうかプロポーズって?」
人生色々あるなと思いつつ『はあぁぁぁぁぁ……』っと大きなため息を付く優。辨慶から受け継いだ短刀、よく見ると綺麗な桜模様の彫刻が施されていた。
めぐみには黙っていたがこの短刀を鞘から抜いた時、辨慶の後ろに若い武人の姿が見えた。とても優しい眼差しで優を見つめ、微笑みながら頷いていた。
その時、優は思った……この桜の短刀は、あの武人から辨慶が譲り受けた物ではなかろうかと…
「あの人は……誰だったんだろう……辨慶だから牛若丸だったのかなぁ…」
つづく…
つばき春花です、『纏物語』お読み頂きありがとうございました!次話もよろしくお願い致します!




