其之肆拾肆話 親友
急ぎで朝食を済ませた優は……。
「じゃぁ、私は朝練があるからもう行くけど、めぐみさんは?」
「私の部活……には、朝練と言うモノはありませんので……もう暫くしてから……行かせていただきます」
「そうなの! それじゃおさきにっ! いってきまぁぁす!」
「いってらっしゃい、気を付けてねっ!」
バタバタと騒がしく家を出た。
学校へ向かう優、後を振り返りながら歩いていた。いつもならこのタイミングであの角から美月が出てくる筈……なのに今日は、何故か……こない。
「おかしいなぁ……私、ちょっと早かったかな? それか先に行ったかな?」
そう思いながら球磨川に架かる大橋の袂に着いた時、橋の真ん中あたりで佇み、川下の方角を眺めている美月がいた。それに気付いた優は、大きく手を振りながら走って近づいた。
「おぉぉい!美月、ハァハァ……おっはよぉぉ!今日は少し早かったんだ、置いていかれる所だったよ!ハァハァ……」
息も絶えだえ話しかけると何故か美月は、そのまま川下をじっと見つめたままだった。
「美……月……?」
名前を呼びながら顔を覗き込むと川下を見つめるその目は、虚ろでとてもいつもの美月の眼差しとは違っていた。それでも優の事に気付かなかったので、そっと肩に手を乗せると……
「えっ?あっ!?ゆ、優!? おはよう!ごめん、ごめん気付かなかったよ、早く声をかけてよ!」
びっくりした様子で優の方を振り返った。その眼差しは、いつもの美月だった。
「どうしたの、美月。何か考え事でもしてたの?」
「えぇ? 考え事なんてしてないよ! とうして?」
「だって美月、川のむ……う……ううん、何でもない、何でもないよ! 美月が元気ならそれでいい!」
そう言って話を終わらせた。
【神酒美月の父、神酒忠之助】
優の親友、神酒美月。文明四年に創設されたとされる人吉市中心に位置する神社『雨宮神社』。その神社の宮司、神酒忠之助の一人娘である。母を幼い頃に無くし、男で一つで育てられてきた。
忠之助は、一人娘の美月を可愛がり、そんな美月も辛い時も悲しい時も有無を言わさず自分の見方をしてくれる父親を敬い、尊敬していた。
優とは、保育園のからずっと一緒でお互いに親友と呼べる間柄であった。小さい頃から美月の家に出入りしているので、神酒家とは家族当然の付き合いだ。神社で祭事がある時には、優も巫女の手伝いで、何度も参加した事がある。
「じゃぁ、お父さん学校行ってきます!」
忠之助が境内の落ち葉を掃いていると美月が後ろから声を掛けた。その声に振り向き満面の笑顔で答える父。
「もうそんな時間ですか……美月、行ってらっしゃい!」
と手を振って学校に送り出した。しかし何かを思い出したかのように美月の後姿に向けて声を掛けた。
「あっ!美月、今年の新嘗祭には、優ちゃんは手伝いに来てくれるのかな?」
「えぇっ? もうその話? うぅぅん……多分来てくれるとは思うけど……聞いてみるね!」
「是非今年もお願いしたいな…………あっ……美月……ちょっと……」
忠之助がそう言いながら歩み寄る。
「肩に……ゴミが……」
そう言いながら、美月の肩にゆっくり手を伸ばし、すぅぅぅっと右から左へと手を流した。
「はいっ取れたよ! 行ってらっしゃい!」
と『ポンッ』と肩を叩く忠之助。
「ありがとうお父さん! 行ってきます!」
美月は、手を振りながら急ぎ足で歩きだした。忠之助は手を振り返し、娘が見えなくなるまで見送った。しかし……娘を見つめるその口元には……何かを企むような薄ら笑みがあった。
次回予告……
その大男は、巨大な槍で地面を突くと野太い声で自身の名を叫んだ。
『ドズゥゥン‼」
「我が名は、武蔵坊 辨慶! 優、お主の命と『清き力』頂きに参上仕ったっ‼ ついでにお主が持つ妖刀『月下の刀』も頂く‼ いざ尋常に勝負‼」
地面を突くその音で、この妖者は、相当の怪力の持ち主という事が即座に分かった。
「なに?辨慶って昔話の中の人じゃなかったの⁉本当にいたのっ⁉」
(くっそぉ……あの動き、此奴図体の割には、動きが速い!さっきの蹴りはうまく受け流したけど、そのせいで呼吸が乱れてた……『神氣の息』が……できない!)
優は、妖者にこの状況がばれないように必死に呼吸を整えようとしていた、が。
「どうした!何をやっておる⁉さっさと青き月の力を纏わんか‼」
「なにっ⁉」
辨慶のその言葉に驚きの表情をすると……。
次回……『其之肆拾伍話 武藏坊 辨慶』
ご一読よろしくお願い致します。
つばき春花




