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纏物語  作者: つばき春花
第弐章 六人の宮司と蘇りし鬼姫
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其之肆拾弐話 切なる願い

 朝、目覚める優。右手の人差指に青い指輪を確認する、そして左手をゆっくり布団の中から出すと……人差指に、朱く煌めく指輪が……あった。


 優は、ぎゅっと拳を握って布団へ潜り、しくしくと涙を流した。


 制服に着替え、下に降りるとリビングには、既に嫗めぐみが席に着き、朝食を取っていた。


「おはよう……」


 小さな声で挨拶をする優。それに母親から激が飛ぶ。


「なになにっ! その元気のない陰気な声はっ! 今日からめぐみさんも学校だから、しっかりエスコートするのよっ!」


「よろしくお願いします……」


 そう言って嫗めぐみが箸を置き、座ったまま頭を下げた。


「はい……」


 俯き返事をする優……その応えに続けて母親が語りかける。


「そうそう、今年は、お母さんとお父さんのお墓参りに行かなくちゃね!」


 その言葉に優は驚き、顔を上げ小さく疑問の声を上げた。


「えっ?」


「随分前から言ってたでしょ? 私も長らく実家に帰ってないからおばあちゃん家にお墓掃除に行かないとねって言ってたでしょ?」


「お母さんって……」


「はぁ……優ぅ……あなた今日大丈夫ぅ? わ、た、し、のお母さん、舞美ばあちゃんに決まってるでしょ!」


 優は、混乱した。しかし直ぐに直感した。これは嫗めぐみの所業だと。


 彼女の方を見ると何食わぬ顔で味噌汁を啜っている。優は、『ガタン!』と席を立ち、騒がしく荷物を持って家を出た。


「どうしたの……あの子……。めぐみさん、ごめんなさいねぇ朝から騒がしくて」


「いいえ……お気になさらずに……お母様、ご馳走様でした……。では、行ってまいります」


 嫗めぐみは荷物を持ち、静々と玄関へ向かい家を出た。


 すると通学路の途中、球磨川に架かる大橋の真ん中あたりで、優が佇んでいた。その顔は、厳しく、歩み寄る嫗めぐみを睨みつけている。


 嫗めぐみは、優に気づいては居たが、前を凝視し何も言わず通り過ぎた。


その背中に向かって優が叫ぶ。


「めぐみさん! お母さんに何をしたのっ!」


 その問いに、嫗めぐみは、立ち止まり、前を向いたまま静かに答えた。


「別に……何もして無いわ…。ただ……舞美は、夫、涼介が亡くなった次の年に……涼介を追いかけるように病気で亡くなった……と言う記憶を与えた……それだけよ……」


 それを聞いた優は、わなわなと震え……

 

「酷いっ! めぐみさん酷すぎる!!」


 そう叫んだ。しかし取り乱している優を目の前にしても、めぐみは、落ち着き払い言い放った。


「何が酷いの?……私には分からない……。それに……これは、舞美が願った事よ……娘達には『私は涼介を追うように死んだという事にして欲しい』と……」


 そしてゆっくり優の方を振り向き、再び言い放った。


「優……貴方は……おばあちゃん……舞美の気持ちを……少しも分かっていない……」


 そう言い残すとゆっくり前を向き、静々と歩き出した。


 何も言い返せなかった優は、嫗めぐみの背中を、唇を噛み締めながら睨んだ。


 

 人吉商業高校、球磨地方で唯一の商業高校である。


 村山の中腹に有り、広い敷地には、設備が整った校舎が建ち並び、サッカーグランド、テニスコート、野球グランドそして三階建ての体育館とスポーツ施設も充実している。


 偏差値は高く、その校風から女子に人気がある高校で卒業後は、即戦力として就職する生徒と大学へ進学する生徒が半々である。


 因みにこの不況の中、一流企業に百パーセントの就職率を誇っている。


 その人吉商業高校に編入した嫗めぐみは、優の隣のクラス、一年C組になった。


 その日優は、体調不良を理由に部活を休み、帰宅した。嫗めぐみは、同じクラスの子に誘われ、弓道部に体験入部に行った。


 家に帰り着くと二階に上がり、ベッドに横になった。そして左手の人差指にある指輪を眺めながら舞美を思った……。すると目から涙が止めどなく溢れてくる。


「舞美ばあちゃん……」


 優は、そのまま寝入ってしまった。


 どれくらい寝入ってしまったのだろう……。ゆっくりと目を開けると部屋の外は、真っ暗になっていた。


『コンコン……コンコン』


 とドアをノックする音で飛び起きた。


「は、はいっ!」


「めぐみです……入ります」


 『ガチャ』っとドアが開く。其処に立っていたのは、千早の纏いを纏った嫗めぐみだった。


 めぐみは、部屋に入るとドアを閉め、優の目を見つめながら言い放った。


「優……行くわよ……」


「行くって……何処行くのよ……」


「決まってるでしょ……空に上るの……私と掛かり稽古をする為にね……」


 その言葉に一気に怒りの感情が湧き出した優。


「いやっ! 私はもう、もう絶対に纏わない! こんな……こんな思いをするぐらいならもう……もう私は絶対に纏わないっ!」


 その言葉を聞いた嫗めぐみは、ゆっくりと優の眼前に歩み寄った。そして右手を大きく振り上げたかと思うと、左頬を思いっきり叩いた!


『パンッ!』


 そして続けざまに左手を大きく振りかぶり、右頬を叩いた。


『パンッ!』


 そして言い放つ。


「優、貴方……私が憎くないの? 舞美を殺めた……この私が……。私は……舞美の事なんて……これっぽっちも考えて無い……寧ろ面倒くさいだけだった……魂珠にしてくれなんて……全く迷惑な願いだったわ……」


 その言葉にピクッと体が反応する。そして優は、心の奥底から、怒りが湧き出てくるのを感じた。


「面倒くさい?…………迷惑?…………舞美ばあちゃん…………舞美ばあちゃんの事を…面倒くさいなんてっ…よく…も…よくも…よくも!!よくもっ!!!! 許せないっ!!」


 嫗めぐみを激しく睨み付け、大きく手を広げ、拍を打つ優!


「絶対許せない!! 纏っ!」


 青き月の力を纏った優は、すぐさま腰の刀を抜き、嫗めぐみに切り掛かった!


『カキィィィィィィン!!』


 神楽鈴で一の太刀を受け止めためぐみ。甲高い金属音が部屋の中に響き渡る。


「ふんっ…」


『ドガッ!』


 めぐみは、優の腹を蹴飛ばし、その隙に窓から外へ飛び出した。


 めぐみを追って空に飛び立つ優。


「逃げるな! めぐみっ! やぁぁぁぁっ!」


 太刀を持った手を大きく振り上げ、斬りつける優。


『シュバッ!』


 鋭い風切音が空を斬った。


 難なくそれを避け、容赦なく鳩尾に拳を入れるめぐみ。


『ドゴッ!』


「グハッ!」


 激しい衝撃に、優の身体がくの字に折れる。ぐっと息が詰まる優の耳元でめぐみが呟く……。


「あらあら……そんなに力を入れて太刀を振ったら……隙だらけになりますよ……」


 続けざまに回し蹴りが優を吹っ飛ばす。



 何度も、何度も……立ち向かっては……返り討ちにされる優……。


 『ドガッ!ドゴッ!バキッッッ!』


 容赦のない嫗めぐみ、優はもう既に半殺しの状態だった。


 そして胸ぐらを掴み、高々と優を持ち上げると……。


「舞美……ばあちゃん……ううぅぁぅっっっ……」


 優は、情けない声を上げながら涙を流していた。


「はぁ……」


 めぐみは、ため息を一つ付き、更に容赦なくそのまま優を村山の中腹に投げつけた。


『バキッッッバリッバキッッッ!!』


 物凄い速度で投げつけられた優は、次々に木々を薙ぎ倒し、大きな岩にぶつかり、やっと止まった。


「うっうぅぅぅ……えっぇぇぇえぇぇん……」


 石に凭れたまましくしくと泣き続ける優の傍に、そっと降り立ち、再びため息を付き静かに語り始めた。


 「はぁ……これだけは…見せたく無かったのですが……こんな状況なら……仕方が無いですよねぇ…舞美…」


 そう言いながら、嫗めぐみは、神楽鈴を両手で持ち、胸の前でゆっくり打ち鳴らした。


『シャン……』


 すると神楽鈴の周りに小さな光の玉が現れ、其れが優の前に集まり、一つの珠になった。そしてその珠が少しづつ形を変えた。其れは、車椅子に座っている舞美の姿だった……。


「優……これを見ているという事は、めぐみさんに、こてんぱんにやられた後でしょうね(笑)めぐみさんの事だから思ってもいない事を言って、あなたを怒らせたんでしょうフフッ…

 

 優……よく聞いて……。私を魂珠にしてくれためぐみさんをどうか怒らないで欲しいの……それは、私が望んだ事でもあるし……何よりもその術を私に使った……めぐみさんが……誰よりも……一番辛かったという事を……分かってあげて……そして二人で力を合わせて……悪しき者から……日ノ本を……この國を守るのよ。

 

 あなただったら、絶対出来る!青き月の力、涼介君の力を、誰よりも正しく使えるって私信じてる!」


 少しづつ舞美の身体が薄くなって行く……。


「優……私の優……。さくら…………お母さんの事を……よろしくね……そして…いつまでも……いつまでも仲良くね……」


 最後にそう言い残し、いつもの笑顔で両手を振りながら舞美の姿は消えていった……。


「優……」


 後ろからめぐみがそっと声を掛ける……優は、ゆっくりと振り返り、そして大きく手を広げ嫗めぐみにしがみつき、その胸に顔を埋め、小さな子どものように泣き始めた。


「うあぁぁぁぁぁん!えぇぇぇぇん!うあぁぁぁぁぁ…………」


 まだ十六歳、この世に生まれ出て十六年しか経っていない少女には……あまりにも酷な現実……しかしここで立ち止まる訳には行かない。


 何故なら優の物語は、まだ始まったばかりなのだから……。


 つばき春花です。いつもいつも、『纏物語』をお読みいただきありがとうございます。投稿が遅れていますが是非今後ともご一読の程宜しくお願い致します。



            次回予告『其之肆拾参話 地獄の掛り稽古 優編』



「きゃぁぁぁぁぁぁ! 痛ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいぃぃ!」


「貧弱です……優……貧弱すぎます……」


 無表情だがまさに優を痛ぶって楽しんでいるように見える……いや確実に楽しんでいる。


 嫗めぐみは『シャンッシャンッ』と神楽鈴を打ち鳴らしながら華麗な舞い始めた。


「優……本気を出さないと……死んでしまいますよ……」


『シャンッ!』


「氷刃裂雷破……」


 右手に持つ神楽鈴を頭上に掲げ、クルッと手首を一回転させる。すると嫗めぐみの周りに冷たい空氣が集まりそれが渦になりつつ、その中で発生させた水蒸気が氷塊となる。そしてその渦の中で氷塊が互いにぶつかり、その摩擦で氷塊が帯電を始める。粉々に砕け、高電圧を帯びた氷刃が乾いた音を立て、優に向けて放たれようとしている。


『パリッパリッパリッ……』


「優……お覚悟……」


 そう呟き『シャンッ!』と舞美めがけて神楽鈴を振りかざすと、爆音と共に無数の雷電を帯びた氷の刃が優めがけて放たれた!


『ドッバアァァァァァァァァァァァン‼」


「う……噓でしょ⁉ キャァァァ‼ 死んじゃうぅぅ‼」



                      ご一読よろしくお願い致します。


                               つばき春花

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