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纏物語  作者: つばき春花
第弐章 六人の宮司と蘇りし鬼姫
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其之肆拾壱話 哀しみを乗り越えて

前回までの『纏い物語』は……。



「何もできなくてもいいっ!たとえ一日でもいい!あの子の傍に、少しでもあの子の傍にいてあげたいのっ!お願いっ!めぐみさん、私を御魂にして下さいっ!!」


 舞美の必死の訴えに、拳を握り締め、戸惑う嫗めぐみだった……。

嫗めぐみの話を、瞬き一つせず……静かに聞き入る優……。


そして回想は続く……。




 舞美が嫗めぐみを見つめる目は、本気の眼差しだった。


『魂珠になる』


 と言う事は、人でいう


『死』


 を意味する。


 嫗めぐみのが使う『魂珠の術』は、魂を依代に移すだけの簡易的なもの。


 オジイ達や嫗めぐみの様に、霊体を作り出す強力な術では無かった。

 

 しかも、依代に、その御魂を留めておけるのも……百年かもしれないし、一日かもしれない……。そしてその力が尽きた時……御魂は……跡形もなく完全に、それこそ記憶からも……完全にこの世から消えてしまう……。


 そうなる事を案じた、嫗めぐみの、遮られた言葉の続きは『御魂としてではなく、人として命を全うしたほうがいいのでは……』だった。


 では、何故舞美は、嫗めぐみが『魂珠の術』を使える事を知っていたのか……其れは、夫の神谷涼介である。


 嫗めぐみとオジイ達は、あの戦いの後、洞窟に残っていた僅かばかりの鬼の破片から魂珠を作り出し、神谷涼介を生み出したのだった。


 そして嫗めぐみの術により、神谷涼介は、全くの別人として、舞美と出会い、結ばれた。


 神谷涼介としての魂氣が尽きかけ、死期が近くなった時、何故か生誕の記憶が蘇り、それを舞美に告げたのだった。


 魂氣が尽きた時、記憶も完全に消えてしまう筈だったが、何故か今でも涼介と歩んで来た幸せな人生は、事細かく、舞美の心のなかに息づいている。


「舞美……」


 小さな声で名を呟いた嫗めぐみ……。そして徐ろに舞美に背を向け、沈黙する。後ろから見るその肩は、僅かに震えていた。


 暫くの沈黙の後、顔を上げ舞美の方を振り向く。


 相変わらずの無表情ではあったがその口元には、力が入っていた。そして、その口を開いた。


 「分かったわ、舞美。もう何も言わない……。それでは……依代になる物を……用意して……」


 嫗めぐみが、そう答えると舞美は、子どものように喜んだ。


「よしっ! 有り難うめぐみさん!! お願い聞いてくれなかったらどうしようって、かなり焦ったぁ!! ハハハッ!!」


 舞美は、言いながらポケットから何かを取り出した。其れは、ピンク色の風鈴の形をしたキーホルダーだった。


『チリィィン……』


 と可愛らしい音を奏でる風鈴のキーホルダー。それを嫗めぐみに差し出した。


「これは?……」


 嫗めぐみが問うと……


「これはね……昔、縁日で涼介君と……お揃いで買ったキーホルダー……。あの戦いの後、残された涼介君のキーホルダーに『青き月の力』……うううん……彼が宿っていたの。本当はね……これと同じ風鈴のキーホルダーだったけど……もうずいぶん昔に買った物だから、壊れちゃって……だから指輪屋さんに持って行ってずっと着けていられるように、指輪に作り直してもらったんだ」


舞美は、キーホルダーを愛おしく胸に当て、笑みを浮かべながら瞑想するように語る。


「私も涼介君と同じように、この中で……優の傍にいて……見守っててあげたいの……私の大切な……優………………」




 そして嫗めぐみは、色鮮やかな手巾を出し、膝の上で丁寧に広げ始めた。手巾の中から出てきた物は、赤い指輪……よく見ると舞美から受け取った青い指輪と色は違ったが、同じ柄の指輪だった。


「舞美から……『涼介が青色だから私は、朱色がいいな』と願いがあったから……」


 そう言いながら、嫗めぐみは、広げた手巾を優にゆっくりと差し出した……。


「舞美…………ばあ……ちゃん?……」


 優は、差し出された指輪を凝視し、暫く呆然とそれを見つめていた。そしてゆっくりと手を伸ばし、手巾の上からその指輪を右手の人差し指と親指で抓んで反対の手の平にそっと乗せた。嫗めぐみは、指輪を渡し終わるとゆっくり立ち上り、舞美の最後の言葉を伝えた。


「舞美が最後に……貴方に伝えてって……『優、身勝手なおばあちゃんを許して……』と……」


『ガラガラッ‼』


 優は、その指輪を握り締め、座っていたベッドから立ち上がると、勢いよく窓を開け、そこから飛び出し……。


「纏っ!」


『青き月の力』を纏い、空高く舞い上がり、満天の星が輝く闇夜の空に消えていった。


 嫗めぐみは、窓際に立ち、飛び去る優を見上げながら呟いた。


「優……あなたはこの先……もっと辛い現実を……知る事になるのです。果たして……その事に……耐えきれるかどうか。…………舞美……優を守ってあげて……」



 優は、指輪を両手で包み込むように胸に当て天高く昇って行く。


 そして……どれ位昇ったであろうか……どんなに叫んでも……どんなに泣き叫ぼうとも……誰にも聞こえない高い、高い、空の元。


「わああああああああん‼ まあみぃばあぁちゃぁぁぁぁぁぁん‼ わああああああああん‼」


 冷たい風が吹き流れる音だけが聞こえる……その場所で、優の泣き叫ぶ声がその風に乗り夜空に広がっていく……しかしその悲しみの声を聞く者は、誰一人いない……。


 真っ暗な新月の夜、満天の星が幾億も輝く……夜の事だった。

つばき春花です。『纏物語 其之肆拾壱話』お読みいただきありがとうございます。何度もすみません、諸事情により執筆が非常に遅れております。一時も早く投稿できるよう頑張りますので今後とも『纏物語』をよろしくお願いします。


 


              次回予告『其之肆拾弐話 切なる思い』


「めぐみさん! お母さんに何をしたのっ!」


 その問いに、嫗めぐみは、立ち止まり、振り向く事無く静かに答えた。


「別に……何もして無いわ…。ただ……舞美は、夫が亡くなった次の年に……病気で亡くなったと言う記憶を与えた……それだけよ」

 

「酷いっ! めぐみさん酷すぎる!!」


「何が酷いの?……それに……これは、舞美が言った事よ……娘達には『私は何年も前に亡くなったようにして欲しい』……と」


 そして後を振り返り言い放った。


「優……貴方は、舞美の……おばあちゃんの気持ちを……少しも分かっていない……」


 そう言い残すと再び前を向き直し、静々と歩き出した。


 何も言い返せなかった優は、嫗めぐみの背中を、唇を噛み締めながら睨んでいた。




                      ご一読よろしくお願い致します。


                               つばき春花

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