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纏物語  作者: つばき春花
第弐章 六人の宮司と蘇りし鬼姫
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其之卅陸話 別れ……そして新たなる嚆矢

 村山での戦いから一カ月が経ち舞美との別れの日が来た。日曜日の夕方の汽車で人吉を発ち舞美の住む榊市に帰る予定だ。


 人吉に滞在している時に何度も、それこそ一日一回はここ(人吉)で一緒に暮らそうと両親が説得していたが答えはいつも同じだった。いつもなら優も舞美を説得しているはずだったが、舞美と涼介の過去を知った優は舞美に『人吉においでよ!』と誘う事が出来なかった。


 そして昼食後暫くして、舞美が優の部屋を訪れた。


『コンコン』


「優、ちよっといいかなぁ」


 舞美が少しだけ笑みを浮かべながら優の部屋へ入ってきた。そしてベッドに腰かけ、優の目を見つめながら何かを言いたそうな素振りを見せた。ほんの少し優を見つめると、ほほ笑んでいた顔が次第に崩れ始め、舞美の目からは大粒の涙が零れ始めてきた。それを隠すようにベッドから立ち上がり優を優しく抱きしめ、泣きながら耳元で囁いた。


「優……私の優……。ごめんね、もう私……私あなたを守ってあげられない……ごめんね、ごめんね……」


 優をぎゅっと抱きしめ、すすり泣きながら囁く舞美に優は驚いてしまった。しかし『私はここで泣いちゃいけない』と自分に言い聞かせながらはっきりとした言葉で舞美に言った。


「舞美ばあちゃん、なんで謝るの? 私は大丈夫だよ! だって舞美ばあちゃんからこんなに素敵な力をもらったんだもん! 私だって東城家の人間だよっ! 早くこの力を使えるようになって悪い奴をビシバシッ! やっつけてやるんだから! そしたら今度は私が舞美ばあちゃんの事を守ってあげる! だから! だから……もう心配しないで……」


 そう言って優は泣きたい気持ちをぐっと我慢する様に唇をかんだ。そして思った(本当はここで一緒に暮らそうって私が言わないといけないのに……だめ……私は言えない。だって向こうには大好きな涼介おじいちゃんが居るんだから……)


 舞美は優から離れると手に持っていた箱の中から何かを取り出し、優の左腕に通しながら言った。


「優……あなたにこれをあげる……私にはもう必要がなくなったから……。これから先、辛い戦いがあるかもしれない。その時にこれがあなたを助けてくれる時が必ず来るからね……」


 そう言いながら優の両手を握りしめ、にっこり微笑みながら舞美が言った。


「願わくば……私と同じ……悲しい思いをしない事を……切に願います……」


 舞美が優に手渡したもの……それは『五珠の力』がなくなった後に残った、水晶の様に透明で澄んだ輝きの『五珠の腕輪』だった。


 優は左腕に腕輪つけ、窓から見える青々とした空に掲げながら呟いた。


 「キラキラしてて……綺麗」


 


 【そして……別れの時】


 


 夕刻になり優の父親が運転する車で人吉駅へと向かった。駅に着くと出発の迄まだ少し時間があったので待合所の椅子に三人で座った。ところが座ってすぐ舞美が何かを言い始めた。


「あっ! そうそう! 駅弁買わなきゃ!さくら、人吉駅名物、駅弁やまぐちの栗めし買ってきて! 着いてから買おうと思ってたらすっかり忘れてたのよ! それから一考、 貴方はお茶買ってきて! 私『お〜いお茶』じゃないとだめよ! 駅を出た左側の先にある自販機にあったと思うからお願いね!」


 舞美は二人に聞かれたくない話をしたかったのか咄嗟にお使いを頼み二人を追い払ったところで話し始めた。


「優、あなたの友達の事なんだけど……」


「えっ? 美月の事?」


「そう! 美月ちゃん! あの後、何か変わった事ない?」


「えぇぇ? 何も……変わったとこなんてないと思うけど……どうして?」


「う、うううん! 何にもないならいいんだ! 別に気にしないで!……」


 と会話が終わった所で母親と父親が帰ってきた。気にしないでと言われると益々気になる優だった。


 他愛のない話をしているうちに出発の時間が来た。


 線路向こうから舞美が乗る汽車がゆっくりとホームに入って来る。すると舞美が椅子からゆっくり立ち上がり三人を見ながら笑顔で言った。


「じゃぁ、行くわ。長い間お世話になりました! とっても楽しかったわ! 皆さんまた会う日までお元気で!」


『プシュー』

 

 と音を立て汽車の扉が開き舞美がゆっくりと乗り込む。そして暫くそのまま背中を向けていたがクルっと優達の方を振り向き笑顔で深々とお辞儀をする。


 そして……。


『ジリリリリリリリリリリリッ!』


 発車のベルが鳴り響き、舞美が顔を上げたと同時に扉が再び『プシュー』と音を立てて閉まりゆっくりと汽車が動き始めた。


 舞美に小さく手を振る優の目からは、大量の涙が零れ落ちていた。


 汽車の中の舞美を見つめながら汽車に合わせて優も歩き出す。徐々に速くなる汽車に合わせて優も走る。そして心のなかで何度も、何度も舞美の名前を叫んだ。


(舞美ばあちゃん!舞美ばあちゃん!舞美ばあちゃん!舞美ばあぁちゃん!)


 汽車のスピードが上がりもう追いつけない。最後に舞美は優に向かってにっこり笑いながらゆっくり手を振った。


 駅のホームの一番端まで見送った優……。舞美を乗せた汽車が見えなくなった後も暫く線路の先を見つめ佇んでいた。

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