其之卅肆話 月の光を纏う者……再び
『ピピピッピピピッ』
スマホの目覚ましが鳴り目を覚ます。隣を見るとお布団が綺麗に畳んであった。
教科書をカバンに入れ制服に着替え鏡を見てからリビングに降りる。
階段を降りていくと朝食のいい匂いが香ってきた。
「おはよー!」
と階段を駆け下りる。父親は早番ですでに出勤していたので母親と舞美が早々と朝食を食べていた。
「舞美ばあちゃん早いね! 昨夜遅くまで起きてたのにね」
「何だか眠れなくてね、でも年寄は基本早起きなの。それより優こそ今から剣道部の朝練でしょ? この時間で大丈夫? 間に合うの?」
「全然大丈夫! いつもよりちょっと早いくらいだよ」
「そうなんだ、ねぇ優、私も散歩がてら学校まで一緒に歩いていいかな?」
「え!勿論! 私の学校までちょっと遠いけどいいの?」
「毎朝、二時間位歩いてるからちょっとの距離くらい全然大丈夫!」
「じゃあ舞美ばあちゃん行きまふか! お母さん行ってきまふ!」
優はおにぎりをくわえたまま返事をして荷物を持った。そして玄関においてあった桜柄の竹刀袋を担ぎ舞美と一緒に玄関を出た。
優は玄関を出ると親友の神酒美月の事を話した。
「舞美ばあちゃん、あのね毎朝一緒に行く友達がいるんだ。名前は神酒美月、みづきじゃないよ、みつきだからね!」
優はまるで間違えてくれと言わんばかりのテンションで説明をした。
舞美が言う。
「神酒さんかぁ……なんか神聖な名だね。熊本も多いけど宮崎でもよく聞く苗字らしいけどね」
「ふぅぅん、そうなんだ……あっ来た! おーい!」
商店街の向こうから手を振りながら美月が走ってくる。美月は吹奏楽部に所属し、剣道部と同じく毎日朝練があるのでこの時間に登校していた。
「おはよう、優! こちらの方は? ひょっとして、あの噂の……」
「紹介するね! この前話していた噂の舞美おばあちゃんです!」
「祖母の神谷舞美です、宜しくね!」
「初めまして、神酒美月です! お噂は優さんからお聞きしています、どうぞ宜しくお願いします!」
「あのね、美月ん家、とても大きな神社なんだよ! お父さんがその神社の神主さんだよね、美月!」
「そんなに大きくないよ、私が跡継ぎでもないし! それに私、神や術師になんて興味もないしね……そんな事より早く行こう!」
二人の会話を微笑ましく聞いていた舞美。しかし時々後ろから美月の事をじっと見つめる舞美だった。
舞美は二人に学校の事や好きな人の事を根掘り葉掘り聞いていた。すると自分も高校生に戻った様な気持ちになり年甲斐もなくはしゃいでしまっていた。
「じゃあ優、帰りはお母さんから車を借りるようになってるからその頃にまた来るね」
「えっいいの? じゃあ、やたけさんの新作シェイク、テイクアウトで買ってきてよ舞美ばあちゃん! 美月も飲むでしょ? やたけさんの新作シェイク!」
「分かった! 買って来るよ。私もやたけさんのシェイク楽しみにしてたんだ! 美月ちゃんも飲みながらさっきの話の続きを聞かせてよ!」
優と舞美がそう言って誘うと美月は申し訳無さそうな顔をしながら答えた。
「御免なさい、今日塾の日なんで部活を休んで帰宅するんです。本当御免なさい、また今度誘って下さい……」
「えー、ただでさえ頭良いのにこれ以上勉強してどうすんの! 私と勉強どっちが大事なの! みづき!」
「馬鹿! 勉強に決まってるでしょ! 御免ねみづきちゃん! 無理言って」
「あのぉ私みづきじゃありません……みつきです……」
二人のツッコミを遠慮気味に返した美月、それを見た舞美は大笑いしながら叫んだ!
「美月ちゃん! いい! すっごくいい! 超可愛いぃぃ!」
美月は顔を赤らめて俯き笑っていた。
『鴉軍団の襲来』
度々お伝えするが優は剣道部に所属している。中学校の時に仲の良かった友達に誘われ入部したがその友達は早々と辞め、優は続けていると言うよくある事である。決して強くはないが素質はまぁまぁでございます陛下。
そして今日の稽古が終わり門前の来客用駐車場に青井家の赤い車が停まっていてその横で優を見つけた舞美が大きく手を振りながら名前を呼んだ。
「おおおい! 優! こっちだよ!」
他にも迎えに来ている保護者が居る中大きな声で名前を呼ばれた優は嬉しかったけどかなり恥ずかしかった。
「お疲れ様、優。はい、やたけの期間限定のシェイク! 今の時期は紫芋だってさ!」
「うわぁ~冷たい! いただきまぁす! 美味しい! 最高です! ありがとう舞美ばあちゃん! 美月も飲みたかっただろうなぁ新作シェイク……まぁすぐにお店に行くけどね!」
二人を乗せた車はそのまま道を上って行き、頂上にある村山公園の展望所へ向かった。展望所近くの駐車場に他に車はなく、優達だけだった。
車を降りると二人は展望所の階段を昇った。すっかり日も暮れて空の色は紫色、吹く風は冷たく、展望所から見える街の灯りがキラキラ煌めいてとても綺麗だった。
そしてしばらくの沈黙の後、舞美が静かに語り始めた。
「優……あなたに話さなければいけない事が……あるの……」
その言葉を聞いた優は舞美の方をじっと見つめて心の準備をした。
「あのね、私が東城舞美だった頃……神守り……」
そう話し始めた時、突然生暖かい突風が優達目掛けて吹き荒れ、木々がザザザァァと騒ぎ出した。思わず目を閉じた優。風が治まりゆっくり目を開けると舞美が優を抱き寄せ庇うように立ち、木々の方向を睨んでいた。舞美の視線の先……そこにはあの背中に大きな羽がある嘴がとがった鴉の様な者が木々のとっぺんに止まったり羽搏いて空中に浮いたまま何かを叫んでいた。
「ギャァ! マミマミ! オマエトソノコムスメノ 、キヨキココロイタダクゾ!」
舞美は鼻で笑いながらその鴉の様な者にこう叫んだ。
「雑魚が何羽こようがどおって事ないんだよ! そんなに私とやりたいっていうなら相手をしてあげる!」
そう言いながら優に小さな声で呟いた。
「優……私があいつらを引き付けるからその隙に車に乗りなさい……」
そう言うと舞美は目を閉じ『神氣の息』を始めた。そして大きく手を広げ拍を打ち静かに唱えた。
「纏……」
すると舞美の体が眩いばかりに輝き現れたのはあの白髪の女性だった。舞美は展望所からふわりと浮かび上がると腰の刀をすらっと抜き、そのまま真横一文字に振り抜いた。そのとたん舞美の正面に居た鴉、数十羽が胴から真っ二つになり泡のように消え去った。
「すごい…………」
優が驚嘆し呟く。
「優……今です……」
舞美の声にハッとした優、すぐに車の方へ走りドアを開けて飛び乗りドアをロックした。そして後部座席から少しだけ頭を出し舞美が戦っている姿見た。
それは不思議な光景だった。空中に浮かんだその体は青白く輝く。そして白髪、と言うか銀髪と言ってもいい程、煌めきのある髪は風に靡き、右手に持つ妖しい光を放つ刀を一振りするだけで何羽もの鴉が薙ぎ払われ、泡となって消え失せる。
そのうち鴉の数が最初の数の半分以下になった。知能が低い鴉共でも纏った舞美に恐怖を感じ始めていた。
そして舞美が落ち着いた口調で鴉共に言い放った。
「どうしたの……? もう……終わりなの……?」
そう言うと鴉共の動きがピタリと止まった。そしてその群れの真ん中が割れると奥から身体が鴉のふた周り以上大きな、異形の者が姿を現した。
「久しぶりだなあ舞美よ、儂の事、よもや忘れた訳ではあるまい……」
「忘れてたけど……思い出したわ。その異形の顔……お前は……天狗」
「フハッハハハハ! そうか思い出したか!」
「ええ……確か……邪鬼に取り入っておこぼれを頂こうとした……馬鹿な妖かし……めぐみさんから情けを受け、見逃して頂いたそうね……」
「ぐぬぬぬ……言ってはならん事を……しかし今の儂はあの時とはぁ違ぁぁぁう!」
そう叫ぶと左手に持った羽団扇を高くかざした。すると天狗の周りに極寒の冷気が集まり始めた。
舞美はその見覚えのある冷気に驚き身構える。
「この冷気は……?!」




