其之卅弐話 オマエハ トウジョウマミ⁉
「お母さん! 舞美ばあちゃんは部活が終わってから私が駅まで迎えに行くからね!」
次の日の朝、優はとても浮足立っていた。遠く離れた某県、榊市に住む祖母の神谷舞美が人吉市に住む優の元へ遊びに来るからである。そしていつもの通学路、神酒美月との会話。
「おはようぉぉ、優! どうしたの? やけに機嫌が良さそうじゃない、ニヤニヤしちゃってぇ!」
「えっ、わかる? あのね、今日のね、遠くから舞美ばあちゃんが来るんだ! だから私が学校終わってから駅まで迎えに行くんだよ!」
「おばあちゃんってあの不思議な力があるって言っていた人?」
「そうだよ! でも不思議な力ってそんな大袈裟じゃなくてただちょっと他の人が見えない者が見えるだけだよ(私ははっきり見えるけど……)」
「ふぅぅん……私達が見えないものってなんだろう? 何が見えるんだろ! なんか面白そうだと思わない、ねぇ優?」
「さあね、私は全く見えないからそんなの分からないよ! そんな事より早く行こう、ちょっといつもより遅れてるよ!」
優は自分が見える事を、隠し事など一切しない何でも話せる親友の美月に黙っている事に後ろめたさを感じていた。それを誤魔化すように美月の手を握り一緒に駆け出した。
そして学校での一日が始る。
授業中、窓際の席の優は外の景色を見ながらふと、昔の事を思い出していた。それは怖い夢を見た時に助けに来てくれていた右腕に蛇の刺青がある舞美によく似た白髪の女性の事である。その怖い夢は自分が成長するにつれて全く見なくなっていた。そのせいか……自分を助けてくれていた白髪の女性の事や夢の記憶が頭の中から消えてしまっていた。夢か現実か……優自身分からなかった子どもの頃の事。しかし先日橋の上で見た怪しい者、その時聞いたあの言葉の事が気になっていた
「清い心を継ぐ者……お前が欲しい……かぁ……。清い力って何だろう……急に舞美ばあちゃんがここ(人吉)に来るようになった事と……何か関係があるのかなぁ」
そう考えてしまう優であった。
そして放課後、運よく今日の優の部活(剣道部所属)は顧問の先生が自己都合で休みだったので個人での自主練習だけだった。なので軽い稽古を五時半まで行い、それを終えるとすぐに着替えを済ませ駅に向かった。
舞美が通う人吉商業高校は人吉駅の裏にある小高い山の中腹にあり、学校から駅まで歩いて数分しか掛からない所にあった。
駅に着くと人吉城をイメージにして作られているからくり時計が最終の回、午後六時のメロディを奏でていた。舞美が乗った汽車が駅に着くのは午後六時五十分なのでそれまでの時間、優は駅で到着を待つ事になった。
駅には観光客やスーツ姿のサラリーマン、学生、沢山の人達でごった返していた。その中で壁際のベンチが開いていたのでそこに座って待った。『もうすぐ大好きな舞美ばあちゃんに会える』そう思うと我慢できず顔がニヤついてしまう優。周りから見れば変な女の子だったがそのニヤつく顔を、かばんを胸に抱く振りをして必死に隠す優であった。
そして予定の時刻より少し遅れて舞美が乗った汽車がホームに入ってきた。優は改札の前に行き舞美を待った。沢山の乗客が改札を出て来る。背伸びして舞美を探していると
「優ぅぅ!」
沢山の人の中から舞美の声が聞こえた。優が声の聞こえた方へ目線を向けると人込みの中から手がにょきっと出て、こっちに向かって大きく振られている。
「舞美ばあちゃん!」
そう叫びながら優が手を振り返す。ごった返す改札をやっと抜け出す事が出来た舞美。グレーのキャスケットを被りグレーの薄手のコート、黒のパンツに黒のヒール。相変わらずおばあちゃんはおしゃれだなと思っていると舞美が大きく手を広げ走り寄り優を抱きしめる。
「優! 私の優! 会いたかった!」
そして肩をつかみ直して舞美が優の目を見つめながら嬉しそうに語り掛ける。
「私は舞美! あなたは優! 二人合わせてクリィミーマミよ!」
「??????」
舞美が優に会うといつも嬉しそうに言ってくるこの台詞、優には当然何の事か分からない。優の頭の上に苦笑いと共に?が浮かぶ。
「さぁさぁ、行くわよ! 早く行かないとお店閉まっちゃう!」
矢継ぎ早に優の手を握り舞美が走り出す。
「ちょっちょっと! 舞美ばあちゃんどこ行くの?」
「林檎堂に決まってるでしょ! 七時半までなんだから急がないと閉まっちゃうぅ!」
手を握り大きなトランクを引っ張りながらお店とは逆方向へ走り出す舞美。優が舞美の手を引っ張り返しお店の方へ向きを変えた。駅を出て大通りを真っすぐ進み銀行のある交差点を曲がり山田川を渡り紺屋町通りへお肉屋さんを曲がって二百メートル位行ったところにある。ここまで二十五分、どうにか閉店時間までに間に合った。
「これこれ! これを食べないとここ(人吉)に来たって気がしないもんね!」
(危なかったぁ……)
そう優が心の中で呟いた。それは林檎堂に来る途中、上村うなぎ屋に本気で入ろうとしたからである 。晩御飯は母親(舞美の娘)が自宅で用意しているから絶対うなぎ屋に寄らせない様にと母親からきつく言われていた。
家までの帰り道、少し距離はあったがタクシーを使わず歩いて帰る事にした。
「あぁあ、うなぎ食べたかったなぁ。まぁ帰るまでに何回か食べに来るから今日の所は我慢するかなぁ」
二人りんご飴を食べながら他愛のない会話をしていると球磨川を渡る大橋の袂に来たところで優が突然歩みを止めた。
「んっ? どうしたの優?」
舞美が声を掛けると優は怯えた表情で橋の方を見つめていた。優の視線のその先……優には見えていた。前の日と同じように沢山の背中に翼がある口が嘴のような得体のしれない者が欄干の上に座っているのが。その得体のしれない者は一斉に優の方を見て、その表情は薄ら笑みを浮かべていた。
怯えた表情の優を暫く見つめた舞美は『フッ』と薄ら笑みを浮かべ優の手をぎゅっと握り歩き始めた。優は俯き舞美に手を引かれるまま黙って歩いた、とても怖かった。しばらく歩いて行くと橋の真ん中付近で舞美は『ピタリ』と足を止め『がばっ』っと帽子を脱いだ。長い髪が帽子からふぁさっと落ちて風に靡く。すると目の前にいた一匹の人ではない者が驚いた様子で甲高い声を出し叫んだ。
「ギギ……ギャァァァァァァァ⁉ オオォォオマエハ⁉ トトトウジョウマミ⁉ キキキキィィィ、キヨキチカラヲモツモノ⁉ アノジャ、ジャキヲハラッタ ア アノ、トウジョウマミ⁉」
「だったらどうするの……私とやるの⁉」
「ギャァ! マミギャァ! ギャァ! マミギャァ!」
「ぎゃぁぎゃぁ五月蠅いぃ! いいかお前ら! この子に手を出したら私が今すぐお前ら一匹残らず祓ってやるからなぁ! 覚悟しろ!」
そう叫ぶと得体のしれない者達は、雲の子を散らすように一斉に飛び立ち、どこかに行ってしまった。その後舞美は『ふんっ』と鼻で笑い、何事もなかったかのようにりんご飴を食べながら歩き始めた。優は『ぽかぁん』と口が開いたままで先に歩いていく舞美の後姿を見つめていた。しばらく歩いて優が付いてきていない事に気付いた舞美が後ろを振り返り遠くから大きな声で優の名前を呼んだ。
「優! 何してるの! 早く帰るわよ! はははははっ!」
舞美は大笑いながらりんご飴を持った手を振ってその手を夕焼け空にかざした。




