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纏物語  作者: つばき春花
第壱章 五珠の御魂と月下の刀
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其之廿肆話 鬼の決心

  僕が兄者から苦し紛れに放たれた何百年も昔の話。


 その時の僕は、惡力など微々足るもので、その辺の寺坊主に触れただけでも、消えてしまいそうなくらい未熟な邪気の破片だった。


 そんな僕が彷徨い、力尽き、たどり着いた場所は、人里遠く離れた鬱蒼とした森の奥の奥。獣も寄り付かないほどの湿気と大木が茂り、そのせいで地表に光が届かず昼間でも辺りは真っ暗……醜い僕には、相応しい場所だったのかもしれない。


 人や獣にすら憑依する力もなく、このままこの暗くじめじめした場所で朽ち果てていくのを待つばかりだった。


 そして何も考える事をしなくなって幾時が過ぎただろうか、ふと人の気配を感じた僕は、その方向へ急ぎ這って行った。


 すると偶然にも一人の男が、道に迷ったのかこっちに近づいてくる。


 僕は、残りの力を使い人間の赤ん坊の姿に変化し、そしてありったけの力を振り絞り一声上げた。そう、僕は、もう一声上げるのが精一杯な位、弱っていた。これで気づいてもらえなかったらもう僕は、終わりだった……。

 

 すると運よく男は僕の声に気付き、山奥で一人泣いている僕を何の躊躇いもなく、自分の家まで連れ帰ってくれた。


 男は樵を生業にしていた山師だった。連れ合いはいたが子どもはいなかった。


 男の家は貧しかった。でも僕を我が子のように可愛がってくれて、何不住なく育ててくれた。


 幸せな日々が続きいつしか自分は、『鬼』ということを忘れ、人と同じように日が昇れば起きて働き、腹が減れば飯を食べ、日が落ちると寝る。両親と僕にとってささやかで幸せな日々が過ぎていった。


 しかしある時、事が起こった。


 僕が人で言う十六歳になった頃、村人達に変な噂話が広り始めた。それは、村で一番高い山、蛇煌山の麓に鬼が現れ、人を喰らうという噂だった。皆ただの噂と思っていたがその話から何日か後、蛇煌山の麓に畑仕事に行った若者が畑から帰らず、行方知れずになってしまった。


(本当に鬼が出るのか? 兄者か? いや……兄者は結界の中に封じられているはず……僕は鬼だが今まで人を襲ったことはない。もしかしたら僕が無意識のうちに鬼になって人を襲っているのか?)


 そして一人目の行方知れずが出てからすぐの事、今度は村の若い娘が突然、行方知れずになった。その後も近辺の村々から行方知れずが多く出始めた。


 このままにしておけないと思った僕は、皆が寝静まった毎夜丑三つ時、家を抜け出し、行方知れずの原因を探し始めた。


 その時、僕は初めて鬼の力を使った。その力は、遥か遠くの針の穴まで見え、何里も離れた家中にいる人のささやく声も聞き分けられた。


 そして捜索を続けて幾日目の事。分厚い雨雲が空を覆う雨の日だった。南東の方角から低く唸るような声と怯えるような人の声が聞こえてきた。


「た……す……け…………」


 何かに襲われ助けを求めている人の声。 僕は、その声の方角へ向け、一度大きく身をかがめ思いっきり飛び跳ねた。一蹴りで大きな川を越え、二蹴りで目前の山を飛び越え、助けを呼ぶ声が聞こえた場所へ降り立った。


 しかし降り立った場所には人の気配はなく、その代わり後ろから邪悪で悪意に満ちた氣と共に低くしゃがれた声の持ち主が近づいてきた。


「来たか……我が弟……我が分身……人の声に釣られてくるとは……甘いのぉ」


 振り向くとそこに居たのは僕の生みの親、僕の兄にして惡の権化、蛇鬼だった。


 しかし何か様子が変だった。体の半分が焼け爛れ右腕は肩からちぎれ、片足を引きずりながら歩いていた。


 それでも僕が臆してしまうほどの凄まじい悪氣を放っていた。そしてその低くしゃがれた声で兄者は言った。


「我が弟よ……よく来てくれた。私は憎っくき嫗の術によりこの有り様。人や悪霊を喰らうだけでは回復が追い付かない程の有り様……」


 兄者は呪木を使い、御魂から魂氣を奪い、自らの回復を図った。そして長い年月をかけ惡力が回復した兄者は、結界を壊そうとした。


 しかし嫗家が使う結界は、強力な二重の結界で構成されていた。壱の結界を壊すとより強力な弐の結界が発動する仕組みだ。


 其れを知らぬ兄者は、弐の結界で自身では回復できないほどの傷を負った。それでも普通の鬼であれば跡形もなく消えてなくなる程の強力な結界ではあった。


「弟よ、今こそお前が私の役に立つ時が来た。さぁ私のもとに来い! 私と一つになれ。そして憎っくき嫗を滅ぼし、人間どもを食い尽くし、日ノ本を惡の世にしようではないかっ!」  


 その時僕は思った。兄者は人の敵、しいては日ノ本の敵、この世に存在してはならない惡しき者だ、刺し違えてでもここで討つ!と。

 

 しかし僕が身構えると兄者は、不敵な笑みを浮かべながら言い捨てた。


「ほほぉぉ…見事な殺気だな、弟よ…。しかしお前の力で私と刺し違えるなど出来はせぬぞ……止めておけ…」


 まるで僕の考えが読まれているような言い方だった。

 

 僕はその言葉に構わず、ありったけの力で、消し飛んでいる兄者の右腕の方へ手刀を突き立てた。


 電光石火の速さで僕の手刀が兄者の右脇腹に刺さろうとした、その瞬間! 何故か兄者の鋭い角が手刀よりも先に僕の右脇腹に突き刺さりそのまま高々と頭上に持ち上げられたっ!


「ぐはっっ!」


「フッハハハハハハッ! どうした!さっきまでの威勢はっ!所詮お前は私の破片! その鼻くそ程の力で私を倒そうとは片腹痛いわ! さぁぁぁ…このまま食わせてもらうぞ…」


『もう駄目だ……僕は…僕の力では……皆んなに、恩返しも……できないのか……』


 そう思った時、空にかかる分厚い雨雲がぱっくりと割れ、そこから満月の光が差込み、辺りを照らし始めた。


 兄者は  


「うわわわわわぁっ!」


 そう言いながら僕を頭の角に突き刺したまま、慌てふためき始めた。見ると月の光を浴びた兄者の身体から光に焼かるように焦げ臭い煙が上がり始めた。


 その隙に僕は腹に刺さった角を手刀で叩き折り、落ちたところで兄者の腹に手刀を突き立て腹を貫いた!


「グウワアァァァ! 己ぇ! き、貴様! ゆ、許さんぞ! 貴様ぁ! 覚えておれ!」


 そう言うと兄者は腹に刺さった僕の腕を片手で引きちぎり、逃げるように、闇に消えていった。


 この戦いで、僕の身体は大きな傷を受け、歩くのもままならない状態だった。


「帰……らなきゃ……おっ父と……おっ母が……待ってる……か……ら」


 朦朧としながら歩いていると泥濘で足を滑らせ、そこから崖下へ転げ落ちた。何の位落ちただろうか、岩肌に引っ掛かりようやく止まった。


 意識が無くなりそうな僕は、落ちた場所の横に洞窟があるのに気付いた。


 僕は、這って洞窟に辿り着き少し、ほんの少しだけ、休むつもで横になって目を閉じた。


 何の位……眠っていたのか……目が覚めて洞窟から出ると……何故か外の氣がいつもと違って感じられた。


 そして榊の村に帰ると、そこに嘗ての村はなかった。


 代わりに不思議な形の建物が犇めき合って建ち並び、空には鳥ではない巨大なものが轟音を上げながら飛び回り、地面を枡の様な四角い物が蠢き、驚いた事にその中から幾人も出てきた。


 僕は、ほんの少し眠ったつもりだったが外では幾百年の時が過ぎていた。


 そして僕の大好きだった…おっ父も…おっ母も…もうこの世には居なかった。しかし幾百年経っていたけど、不思議と兄者の悪氣は微かに感じられた。


 僕は目覚めて誓った。悪の権化、蛇鬼。必ず見つけ出し、僕がこの手で必ず祓ってやると……。


                                     

                                    つづく……

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